「もう一度言おう」
彼の声は、低く、そして甘い。
「オレは、公爵令嬢リリスなんて、好きにはなれなかった」
「え……?」
「最初から言っただろう。オレの婚約者である君とは、初めてここで会ったんだって」
殿下の親指が、私の頬を優しく撫でる。
「オレを惚れさせたのは、君が必死に作り上げたその仮面じゃない。……君の、その中身だ」
「オレの婚約者は、完璧令嬢ではない」
彼の瞳が、私のすべてを射抜く。
「悲しい時は泣いたり逃げたり、わがままに暴力を振る舞ったりする一面もあるが、統治のために民を欺き、オレの境遇を知ってオレに覇王になれと発破をかける。心が弱くてすぐ折れそうになるが、自信ができれば誰よりも強く輝く」
殿下の顔が近づき、その息遣いが私の肌に触れる。
「そんなリリスが、オレの婚約者なのだ」
信じられない言葉が、私の脳内で処理しきれずに溢れ出した。
熱い涙が止めどなく頬を伝い、視界を歪ませていく。
私の、中身。
前世でも、今度の人生でも、初めて私の中身を認めてくれる人がいた。
強固に凍りついていた心が、内側から熱を帯びて溶け出していくのを感じる。
やっと、理解できた。
前世の私が、必死に仮面を磨き上げ、より完璧であろうと努めた結果、どうして殿下に嫌悪され見放されたのか。
そして、今度の人生で、カシリア殿下がどうしてここまで私に執着し、見捨てずにいてくれるのか。
「本当……ですか……?」
震える声が、涙とともにこぼれ落ちる。
殿下が、この醜く弱々しいありのままの私を好いてくれているなど、夢のようで到底信じられない。
殿下は私を引き寄せ、その大きく温かい腕で優しく抱きしめた。
「ああ、好きだ。完璧な公爵令嬢ではなく、ありのままのリリスが」
殿下の熱が私の身体を包み込む。
その優しさに甘えてしまいたくなる衝動を必死に抑え込み、私は首を振った。
「でも、私の本性は……とても醜いです」
「何が醜いんだ。嫉妬深いところか。それとも、わがままなところか」
それは、私が禁断症状で理性を失い、殿下に対して叫んだ言葉だった。
「それは違うな。いきなり素性の知れない異母姉が現れ、次期公爵だともてはやされる状況だ。そこで怒りや嫉妬を覚えずに、ただ笑って受け入れる公爵令嬢リリスとしてのやり方のほうが、よほど異常に見える」
殿下の大きな手が、私の震える背中を優しく撫でる。
その一定のリズムが、私の奥底に隠していた一番の闇を引きずり出した。
「違います……! 私のわがままで、お母様が半身不随になって……お母様が亡くなって、お父様に寂しい思いをさせて……すべては、私の罪なのです……!」
声が裏返り、嗚咽が漏れる。
私が九歳の頃に犯した、決して許されない罪。
殿下は私の肩を抱いたまま、静かに言葉を返す。
「それで、君は自分の人生のすべてを以て、その罪を償おうとしているんだな。だが、それは本当に、亡き母、お父さんが知って喜ぶことなのか?」
「それは……」
わからない。
愚かな私には、もう自分を殺して完璧を演じ続けることしか、贖罪の方法を知らないのだ。
「わかりません……でも、私がうまく演じきれば、きっとみんなも幸せに……」
「だが、その幸せの輪の中にリリスがいない! そんなものは幸せではない!」
殿下の強い声が、私の言い訳を完全に打ち砕いた。
彼の手が私の背中をさらに強く引き寄せる。
「リリスがオレに教えてくれたじゃないか。オレはオレの意思で王になれと。なぜ、そう教えてくれたリリスには、それができないんだ!」
ガーナー領の視察で、私が彼に向けて放った言葉。
「それは……薬の効果で、口から漏れただけの狂言です……」
「違うな。むしろそれこそが、リリスがずっと隠していた本音なんだろう」
確かに、あの時は薬の作用で理性のタガが外れ、心の中に鬱積していた本音をそのままぶつけてしまった。
賢しらに計算された建前ではなく、私が彼に対して本当に抱いていた熱量。
「オレは、そういう熱を持ったリリスが好きなんだ」
殿下の瞳が、私の瞳を真っ直ぐに射抜く。
「だから頼む。もうオレの前では、その重い仮面を外してくれ」
殿下の腕に力がこもる。
痛いほどにきつく抱きしめられ、私の存在そのものが絶対的に肯定されている。
私の醜さも、過去の罪も、薬に溺れた脆さも、すべてを知った上で、彼は私を放そうとしない。
私が長年かけて築き上げ、自分自身を縛り付けていた呪縛の糸が、彼の熱によって一本、また一本と断ち切られていく。
涙が彼の服を濡らし、私はその胸に顔を埋めた。
彼の声は、低く、そして甘い。
「オレは、公爵令嬢リリスなんて、好きにはなれなかった」
「え……?」
「最初から言っただろう。オレの婚約者である君とは、初めてここで会ったんだって」
殿下の親指が、私の頬を優しく撫でる。
「オレを惚れさせたのは、君が必死に作り上げたその仮面じゃない。……君の、その中身だ」
「オレの婚約者は、完璧令嬢ではない」
彼の瞳が、私のすべてを射抜く。
「悲しい時は泣いたり逃げたり、わがままに暴力を振る舞ったりする一面もあるが、統治のために民を欺き、オレの境遇を知ってオレに覇王になれと発破をかける。心が弱くてすぐ折れそうになるが、自信ができれば誰よりも強く輝く」
殿下の顔が近づき、その息遣いが私の肌に触れる。
「そんなリリスが、オレの婚約者なのだ」
信じられない言葉が、私の脳内で処理しきれずに溢れ出した。
熱い涙が止めどなく頬を伝い、視界を歪ませていく。
私の、中身。
前世でも、今度の人生でも、初めて私の中身を認めてくれる人がいた。
強固に凍りついていた心が、内側から熱を帯びて溶け出していくのを感じる。
やっと、理解できた。
前世の私が、必死に仮面を磨き上げ、より完璧であろうと努めた結果、どうして殿下に嫌悪され見放されたのか。
そして、今度の人生で、カシリア殿下がどうしてここまで私に執着し、見捨てずにいてくれるのか。
「本当……ですか……?」
震える声が、涙とともにこぼれ落ちる。
殿下が、この醜く弱々しいありのままの私を好いてくれているなど、夢のようで到底信じられない。
殿下は私を引き寄せ、その大きく温かい腕で優しく抱きしめた。
「ああ、好きだ。完璧な公爵令嬢ではなく、ありのままのリリスが」
殿下の熱が私の身体を包み込む。
その優しさに甘えてしまいたくなる衝動を必死に抑え込み、私は首を振った。
「でも、私の本性は……とても醜いです」
「何が醜いんだ。嫉妬深いところか。それとも、わがままなところか」
それは、私が禁断症状で理性を失い、殿下に対して叫んだ言葉だった。
「それは違うな。いきなり素性の知れない異母姉が現れ、次期公爵だともてはやされる状況だ。そこで怒りや嫉妬を覚えずに、ただ笑って受け入れる公爵令嬢リリスとしてのやり方のほうが、よほど異常に見える」
殿下の大きな手が、私の震える背中を優しく撫でる。
その一定のリズムが、私の奥底に隠していた一番の闇を引きずり出した。
「違います……! 私のわがままで、お母様が半身不随になって……お母様が亡くなって、お父様に寂しい思いをさせて……すべては、私の罪なのです……!」
声が裏返り、嗚咽が漏れる。
私が九歳の頃に犯した、決して許されない罪。
殿下は私の肩を抱いたまま、静かに言葉を返す。
「それで、君は自分の人生のすべてを以て、その罪を償おうとしているんだな。だが、それは本当に、亡き母、お父さんが知って喜ぶことなのか?」
「それは……」
わからない。
愚かな私には、もう自分を殺して完璧を演じ続けることしか、贖罪の方法を知らないのだ。
「わかりません……でも、私がうまく演じきれば、きっとみんなも幸せに……」
「だが、その幸せの輪の中にリリスがいない! そんなものは幸せではない!」
殿下の強い声が、私の言い訳を完全に打ち砕いた。
彼の手が私の背中をさらに強く引き寄せる。
「リリスがオレに教えてくれたじゃないか。オレはオレの意思で王になれと。なぜ、そう教えてくれたリリスには、それができないんだ!」
ガーナー領の視察で、私が彼に向けて放った言葉。
「それは……薬の効果で、口から漏れただけの狂言です……」
「違うな。むしろそれこそが、リリスがずっと隠していた本音なんだろう」
確かに、あの時は薬の作用で理性のタガが外れ、心の中に鬱積していた本音をそのままぶつけてしまった。
賢しらに計算された建前ではなく、私が彼に対して本当に抱いていた熱量。
「オレは、そういう熱を持ったリリスが好きなんだ」
殿下の瞳が、私の瞳を真っ直ぐに射抜く。
「だから頼む。もうオレの前では、その重い仮面を外してくれ」
殿下の腕に力がこもる。
痛いほどにきつく抱きしめられ、私の存在そのものが絶対的に肯定されている。
私の醜さも、過去の罪も、薬に溺れた脆さも、すべてを知った上で、彼は私を放そうとしない。
私が長年かけて築き上げ、自分自身を縛り付けていた呪縛の糸が、彼の熱によって一本、また一本と断ち切られていく。
涙が彼の服を濡らし、私はその胸に顔を埋めた。
