「だが、オレの婚約者である君とは、初めてここで会ったんだ」
「……え? それは……どういう、意味……ですか?」
婚約者の私と、ここで会ったのは、いつのことなのか。
予想もしなかった言葉が、私の耳の奥で不可解な響きとなって反響し続ける。
私の認識では、殿下と初めて接点を持ったのはタロシア公爵家の披露会だ。
それ以外の記憶が存在しない。
でもカシリア殿下はただ優しく微笑み、傍らのベンチを指し示した。
「少し、軽く昼食にしないか」
「……はい」
頭が激しく混乱している。
殿下の話の意図が全く読み取れない。
促されるままに腰を下ろすと、同行していた侍女が静かにテーブルへ銀の盆を置いた。
そこに用意されていたのは、王家の昼食レベルには到底ふさわしくない、ごく小さなケーキだった。
あまりにも小さすぎて、昼食としてはみすぼらしくすら見える。
しかし、それは確かに、私が最も好む果実が添えられたものだった。
殿下は自身の分を要求せず、ただ私が食べるのを優しく見つめている。
その視線に逆らうことはできず、私は命じられるままに、小さなフォークを手にして丁寧に食べ終えた。
「おいしいか」
「はい……美味しいです」
「そうか。……あの日、リリスがここで食べたケーキと、同じ味がしているか」
「……っ!?」
あの日、とは。
脳裏に閃光が走り、一つの記憶が鮮明に蘇り上がった。
それは、私が死に戻りをした翌日のこと。
過去の凄惨な記憶と、変わらぬ冷酷な現実に心が完全に疲れ切り、食堂という交際の場から逃げ出した日。
誰にも見られないよう、わざわざこのバラ園の東屋まで隠れに来て、一人で泣きながら小さなケーキを口に運んでいたあの時のことだ。
「それを……どうして殿下が……!?」
「オレは、物陰から覗いていたからだ」
殿下の瞳が、私の動揺を静かに受け止めている。
「あの頃のオレが心から怯えていたライバル。気高く賢明で、学院で誰よりも眩しく輝いている、そして何もかも完璧な公爵令嬢リリス。その中身が、本当は泣くことすら必死に隠している臆病者だなんて、あの日、初めて知ったんだ」
「そんな……」
殿下が、最初から私のことを、ずっと見ていてくれたというのか。
しかも、殿下が、私のことを恐れていたなんて。
「ああ、無論だ。王太子であるオレは、幼少期から最高峰の教育を受けてきた。だからこそ、常にトップであることを求められている。令嬢ごときに負ければ、激しい恥を感じるからな。……けど、君が声を殺して泣く姿を見て、悟ったんだ。君は生まれつき優れた化物などではない。オレと同じく、常に重い仮面を顔に貼り付けているだけじゃないかと」
殿下も、私と同じだと言うのですか。
「みんなに見せているのは、完璧な公爵令嬢リリス。しかし裏では、すべての痛みを自分一人で飲み込み、泣くことすら必死に隠そうとしている。ただの痩せ我慢が強い、強がりの女の子ではないかと」
「私はただ……そうしなければ……」
そうしなければならないのだ。
私が本性を見せれば、皆が私を嫌悪し、必ず見捨てる。
だから、完璧でなければ生きる価値がなかった。
殿下は軽く笑った。
「ああ、分かっている。確か、九歳までは、ひどく生意気な悪徳令嬢だったな」
「九、九歳の頃!? あ、悪徳令嬢……ど、どうして殿下がそれを……っ!?」
心臓が大きく跳ね上がり、呼吸が止まりそうになる。
それは間違いなく、昔の愚かな私が犯した過去の事実だ。
否定することはできない。
しかし、その過去は公爵家が徹底的に隠蔽し、外部の人間は誰も知らないはずだった。
私自身、誰にも語ったことはない。
どうして、殿下がそこまで知っているのか。
「リリスのことなら、オレは誰よりもたくさん知っているつもりだ。」
殿下は優しく微笑みを見せた
「……え? それは……どういう、意味……ですか?」
婚約者の私と、ここで会ったのは、いつのことなのか。
予想もしなかった言葉が、私の耳の奥で不可解な響きとなって反響し続ける。
私の認識では、殿下と初めて接点を持ったのはタロシア公爵家の披露会だ。
それ以外の記憶が存在しない。
でもカシリア殿下はただ優しく微笑み、傍らのベンチを指し示した。
「少し、軽く昼食にしないか」
「……はい」
頭が激しく混乱している。
殿下の話の意図が全く読み取れない。
促されるままに腰を下ろすと、同行していた侍女が静かにテーブルへ銀の盆を置いた。
そこに用意されていたのは、王家の昼食レベルには到底ふさわしくない、ごく小さなケーキだった。
あまりにも小さすぎて、昼食としてはみすぼらしくすら見える。
しかし、それは確かに、私が最も好む果実が添えられたものだった。
殿下は自身の分を要求せず、ただ私が食べるのを優しく見つめている。
その視線に逆らうことはできず、私は命じられるままに、小さなフォークを手にして丁寧に食べ終えた。
「おいしいか」
「はい……美味しいです」
「そうか。……あの日、リリスがここで食べたケーキと、同じ味がしているか」
「……っ!?」
あの日、とは。
脳裏に閃光が走り、一つの記憶が鮮明に蘇り上がった。
それは、私が死に戻りをした翌日のこと。
過去の凄惨な記憶と、変わらぬ冷酷な現実に心が完全に疲れ切り、食堂という交際の場から逃げ出した日。
誰にも見られないよう、わざわざこのバラ園の東屋まで隠れに来て、一人で泣きながら小さなケーキを口に運んでいたあの時のことだ。
「それを……どうして殿下が……!?」
「オレは、物陰から覗いていたからだ」
殿下の瞳が、私の動揺を静かに受け止めている。
「あの頃のオレが心から怯えていたライバル。気高く賢明で、学院で誰よりも眩しく輝いている、そして何もかも完璧な公爵令嬢リリス。その中身が、本当は泣くことすら必死に隠している臆病者だなんて、あの日、初めて知ったんだ」
「そんな……」
殿下が、最初から私のことを、ずっと見ていてくれたというのか。
しかも、殿下が、私のことを恐れていたなんて。
「ああ、無論だ。王太子であるオレは、幼少期から最高峰の教育を受けてきた。だからこそ、常にトップであることを求められている。令嬢ごときに負ければ、激しい恥を感じるからな。……けど、君が声を殺して泣く姿を見て、悟ったんだ。君は生まれつき優れた化物などではない。オレと同じく、常に重い仮面を顔に貼り付けているだけじゃないかと」
殿下も、私と同じだと言うのですか。
「みんなに見せているのは、完璧な公爵令嬢リリス。しかし裏では、すべての痛みを自分一人で飲み込み、泣くことすら必死に隠そうとしている。ただの痩せ我慢が強い、強がりの女の子ではないかと」
「私はただ……そうしなければ……」
そうしなければならないのだ。
私が本性を見せれば、皆が私を嫌悪し、必ず見捨てる。
だから、完璧でなければ生きる価値がなかった。
殿下は軽く笑った。
「ああ、分かっている。確か、九歳までは、ひどく生意気な悪徳令嬢だったな」
「九、九歳の頃!? あ、悪徳令嬢……ど、どうして殿下がそれを……っ!?」
心臓が大きく跳ね上がり、呼吸が止まりそうになる。
それは間違いなく、昔の愚かな私が犯した過去の事実だ。
否定することはできない。
しかし、その過去は公爵家が徹底的に隠蔽し、外部の人間は誰も知らないはずだった。
私自身、誰にも語ったことはない。
どうして、殿下がそこまで知っているのか。
「リリスのことなら、オレは誰よりもたくさん知っているつもりだ。」
殿下は優しく微笑みを見せた
