馬車の車輪が石畳を叩く単調な音が、密室となった車内に響き渡る。
向かいの席にはカシリア殿下が静かに腰を下ろし、窓の外を流れる景色に視線を向けている。
私は自身の膝の上で両手をきつく組み、必死に心臓の乱れた鼓動を抑え込んでいた。
窓の外を見るのが怖い。
流れる景色が、私を過去の愚かな罪へと引きずり戻すのではないかという恐怖で、視線を下へ固定するしかない。
エリナ。
太陽よりも眩しく、誰からも愛される彼女の姿が脳裏を過るだけで、息が詰まりそうになる。
彼女と再び顔を合わせることになれば、私は今度こそ完全に崩壊してしまう。
「……あ、あの……」
震える声が、無意識のうちに唇から零れ落ちた。
「なんだ?」
殿下が視線を戻し、静かな声で問いかけてくる。
その声に非難の色はない。
けれど、私は言葉を飲み込んだ。
「い、いいえ……なんでもありません」
もう、これ以上殿下に迷惑をかけてはいけない。
薬に依存し、精神をすり減らした醜い存在の私を、彼はここまで庇護してくれた。
これ以上の我儘は許されない。
これから何が訪れようとも、それが私への最終的な処分であるならば、甘んじて受け入れる覚悟をしなければならないのだ。
馬車が角を曲がるたび、私は自身の居場所が少しずつ推測できてしまうことに怯えていた。
この道幅、この石畳の感触。
馬車は間違いなく、王家学院の方向へ向かっている。
「……?」
なぜ、学院へ?
殿下の意図が全く読めない。
けれど、それを問いただす勇気は、今の私には残されていなかった。
ただ、冷たくなっていく指先を強く握り締め、訪れるであろう破滅の瞬間を待つしかなかった。
馬車の動きが止まり、従者が外から扉を開け放った。
「ついたよ、リリス」
殿下が先に降り立ち、私に向かって手を差し伸べる。
その手を取って外へ出た瞬間、私の視界に広がったのは、予期していた残酷な断罪の場ではなかった。
鮮やかな色彩と、甘く濃厚な香りが満ちる場所。
「……え?」
私は呆然と立ち尽くし、周囲を見回した。
綺麗に手入れされた無数の薔薇が咲き誇る、王家学院のバラ園だ。
「ここ……は……?」
戸惑う私の声に、カシリア殿下は穏やかな表情のまま頷いた。
「オレと君が、初めて会った場所だ」
思考が停止する。
「……? あ、あの……初めて殿下とお会いしたのは、私が十二歳の時の、タロシア公爵家の披露会でのことでは……」
記憶を探るが、私の認識はそこで完全に固定されている。
煌びやかな広間、完璧な礼儀作法。
私が公爵令嬢として必死に振る舞ったあの夜こそが、すべての始まりだったはずだ。
私が混乱を口にすると、殿下は目を細め、静かに首を振った。
「公爵令嬢リリスと、ならば、確かにそうだな」
風が吹き抜け、薔薇の花びらが一枚、私たちの間を舞い落ちる。
「だが、オレの婚約者である君とは、初めてここで会ったんだ」
「……え?」
予想もしなかった言葉が、私の耳の奥で不可解な響きとなって響き渡る。
向かいの席にはカシリア殿下が静かに腰を下ろし、窓の外を流れる景色に視線を向けている。
私は自身の膝の上で両手をきつく組み、必死に心臓の乱れた鼓動を抑え込んでいた。
窓の外を見るのが怖い。
流れる景色が、私を過去の愚かな罪へと引きずり戻すのではないかという恐怖で、視線を下へ固定するしかない。
エリナ。
太陽よりも眩しく、誰からも愛される彼女の姿が脳裏を過るだけで、息が詰まりそうになる。
彼女と再び顔を合わせることになれば、私は今度こそ完全に崩壊してしまう。
「……あ、あの……」
震える声が、無意識のうちに唇から零れ落ちた。
「なんだ?」
殿下が視線を戻し、静かな声で問いかけてくる。
その声に非難の色はない。
けれど、私は言葉を飲み込んだ。
「い、いいえ……なんでもありません」
もう、これ以上殿下に迷惑をかけてはいけない。
薬に依存し、精神をすり減らした醜い存在の私を、彼はここまで庇護してくれた。
これ以上の我儘は許されない。
これから何が訪れようとも、それが私への最終的な処分であるならば、甘んじて受け入れる覚悟をしなければならないのだ。
馬車が角を曲がるたび、私は自身の居場所が少しずつ推測できてしまうことに怯えていた。
この道幅、この石畳の感触。
馬車は間違いなく、王家学院の方向へ向かっている。
「……?」
なぜ、学院へ?
殿下の意図が全く読めない。
けれど、それを問いただす勇気は、今の私には残されていなかった。
ただ、冷たくなっていく指先を強く握り締め、訪れるであろう破滅の瞬間を待つしかなかった。
馬車の動きが止まり、従者が外から扉を開け放った。
「ついたよ、リリス」
殿下が先に降り立ち、私に向かって手を差し伸べる。
その手を取って外へ出た瞬間、私の視界に広がったのは、予期していた残酷な断罪の場ではなかった。
鮮やかな色彩と、甘く濃厚な香りが満ちる場所。
「……え?」
私は呆然と立ち尽くし、周囲を見回した。
綺麗に手入れされた無数の薔薇が咲き誇る、王家学院のバラ園だ。
「ここ……は……?」
戸惑う私の声に、カシリア殿下は穏やかな表情のまま頷いた。
「オレと君が、初めて会った場所だ」
思考が停止する。
「……? あ、あの……初めて殿下とお会いしたのは、私が十二歳の時の、タロシア公爵家の披露会でのことでは……」
記憶を探るが、私の認識はそこで完全に固定されている。
煌びやかな広間、完璧な礼儀作法。
私が公爵令嬢として必死に振る舞ったあの夜こそが、すべての始まりだったはずだ。
私が混乱を口にすると、殿下は目を細め、静かに首を振った。
「公爵令嬢リリスと、ならば、確かにそうだな」
風が吹き抜け、薔薇の花びらが一枚、私たちの間を舞い落ちる。
「だが、オレの婚約者である君とは、初めてここで会ったんだ」
「……え?」
予想もしなかった言葉が、私の耳の奥で不可解な響きとなって響き渡る。
