罪人令嬢は、二度目の人生でも幸せになれない~誰にも愛されていないと信じたまま、私はまた笑う~

陽光が白いレースのカーテンを透過し、療養室の柔らかな絨毯の上に淡い幾何学模様を描き出している。

カシリアは静かに扉を閉め、豪奢な天蓋付きの寝台に歩み寄った。

枕元に用意された銀の盆には、朝方に老医師が処方した半錠の幸せの実と、適量の鎮静剤を溶かした水の入ったグラスが空になって置かれている。

ここ数日、発作は起きていない。

リリスは乱れることなく、静かな呼吸を保って日々を送っていた。

「気分はどうだい、リリス」

カシリアは寝台の脇に用意された椅子に腰を下ろし、声をかける。

シーツの海に沈んでいたリリスが、ゆっくりと首を巡らせた。

桜色の長い髪が枕の上でさらりと滑り落ち、微かに甘い花の香りがカシリアの鼻先を掠める。

彼女の顔に、非の打ち所のない微笑みが浮かんだ。

「お気遣い痛み入ります、殿下。おかげさまで、体調は随分と良くなりましたわ」

その声色は澄み切っており、発音も流麗そのものだった。

「食事は取れたか。何か食べたいものがあれば、すぐに料理長に作らせるが」

「十分な量のお食事をいただいております。料理長にも、感謝をお伝えくださいませ。殿下から賜る恩恵の数々に、私はいかにお返しすればよいか分かりません」

完璧な受け答え。

礼儀を重んじる公爵令嬢として、一分の隙もない言葉の羅列。

だが、カシリアの胸の奥底に、氷の刃を滑らせたような冷たい違和感が走る。

彼女の紫の瞳を見つめ返しても、そこには一切の感情の起伏が観測できなかった。

カシリアが言葉を探して沈黙すると、リリスは再び静かに視線を外した。

彼女の瞳が向かう先は、いつも同じ場所だ。

切り取られた四角い窓の向こう側に広がる、青い空と流れる雲。

「……外が、気になるのか」

カシリアの問いかけに、彼女は微かに肩を揺らし、再び完璧な弧を描く唇で微笑んだ。

「いいえ。ただ、空が綺麗だと思いましたの。殿下がお仕事でお忙しい中、こうして時間を割いてくださることに、申し訳なさを感じておりました」

喜びも、悲しみも、恐れすらも存在しない。

過呼吸を起こして自らの罪を告白し、カシリアの胸で泣き崩れたあの夜の彼女とは、全く別の生き物のようだった。

今、目の前の寝台に横たわっているのは、魂を抜き取られ、ただ美しく呼吸を繰り返す精巧な硝子の人形。

触れれば温かい。

言葉を交わせば返ってくる。

しかし、彼女の心は、この療養室のどこにも存在していない。

カシリアは逃げるように療養室を後にし、薄暗い廊下の片隅で待機していた老医師の元へ足を向けた。

「……様子が、おかしい」

カシリアは壁に背を預け、低く押し殺した声で告げた。

「薬のおかげで肉体の震えは止まった。だが、リリスはただ笑うだけだ。オレが何を言っても、教科書通りの模範解答しか返ってこない。あれは、生きていると言えるのか」

カシリアの問いに、老医師は深く刻まれた眉間の皺をさらに寄せた。

「肉体的な離脱症状はコントロールできております。しかし、精神的な部分が極めて深刻な状態です」

医師は手元のカルテに視線を落とし、重苦しい声で続けた。

「リリス様は、ご自身を殺しておられます」

カシリアの呼吸が数秒間停止した。

「殺しているとは、どういう意味だ」

「強烈な自己嫌悪と、罪悪感からの逃避です。彼女は自分が罪深い存在であるという事実から目を背けるため、周囲が求める『完璧な公爵令嬢』という仮面を皮膚に縫い付けてしまったのです」

医師の言葉は、カシリアの抱いていた違和感の正体を明確な輪郭として描き出した。

「今のリリス様は、魂を深く隔離し、外部からの刺激を完全に遮断しています。このままでは、薬への依存から抜け出すどころか、一生涯、虚ろな器として生き続けることになります」

老医師の宣告は、最も冷酷な真理を含んでいた。

カシリアは石造りの壁に背を預け、固く拳を握り締めた。

現状のままリリスを王宮の奥底に隠し続けることは不可能に近い。

過労による療養という名目も、時間が経てば父王カナロアやタロシア公爵の疑念を呼ぶ。

彼女が公の場に復帰する日が来るのであれば、その時は生きた魂を持ったリリス・タロシアでなければならないのだ。

カシリアは深く息を吸い込み、何かの決意をした。