カシリアは両手で顔を覆ったまま、深く息を吸い込み、ゆっくりと顔を上げた。
熱くなった頭を無理やり冷やしていく。
ナミスが打ち明けた事実の重みは、カシリアの心を押し潰してしまいそうなほどだった。
自分の浅はかな嘘が、最愛の女性の心を壊し、禁じられた麻薬に手を出させてしまった。
その取り返しのつかない傷を与えてしまったという事実は、決して消し去ることはできない。
だが、後悔に浸っている時間など、今の彼には一秒たりともない。
リリスのうつ病と薬物依存。
この痛ましい事実が外に、特に王宮内の対立勢力や父である国王カナロアの耳に入れば、彼女の破滅は避けられない。
メニア王国において、心を病んだ女性を王妃として迎えることなど、どんな理屈をこねても正当化できない。
万が一バレてしまえば、王太子であるカシリアの権力をもってしても、婚約破棄という最悪の結末を避けられない。
さらに、タロシア公爵家内部においても、実父であるカストが彼女を庇護しようと試みたところで、利益を重んじる傍系の貴族たちがそれを許容するはずがない。
廃嫡。
そして、修道院への幽閉か、それ以上の暗い結末。
それは、今の脆い彼女にとって、死刑宣告も同然だ。
その破滅の未来だけは、どんな手を使ってでも止めなければならない。
カシリアのまぶたの裏に、ガーナー領での鮮明な記憶がよみがえる。
激しい雨の中、揺れる馬車の中で、彼女の濡れた桜色の髪を布で拭いてやった時の感触。
あの時の無防備な表情と、ほのかに漂っていた甘い香りが、今も彼の記憶に深く刻み込まれている。
あるいは、月明かりの下で、静かな美しさをたたえながら、国を治める冷酷な真実を語った彼女の姿。
あの時のリリスは、薬の力で無理して強がっていただけなのかもしれない。
だが、その奥底にあった、国を憂い、民を導こうとする彼女の知性と気高さは、決して嘘ではないとカシリアは信じている。
オレが壊した。
オレが彼女を泥沼へ突き落とした。
だからこそ、オレが彼女を引き上げ、彼女のすべてを守り抜く。
どんな罪も、どんな汚れも、すべてオレが一緒に背負い、清算してやる。
カシリアの青い瞳から疲労の色が消え去り、そこには王太子としての冷徹な覚悟と、一人の男としての強い執着が宿っていた。
「ナミス」
カシリアの声は、先ほどの悲痛なものからすっかり変わり、絶対的な権力者のものへと変わっていた。
「彼女を脅し、心を削り取っているあの闇組織を放っておくことはできない」
カシリアはテーブルの上の黄金色の錠剤をちらりと見て、言葉を続ける。
「リリスが背負わされている薬代と、これからの必要経費は、すべてオレの個人資産から出す。お前は当面の間、その組織に従うフリをして要求をのめ。決してあいつらを刺激するな」
「殿下……」
ナミスの口から、驚きの声が漏れる。
「同時に、オレの直属の密偵部隊を動かす。お前は彼らと協力して、その闇組織の全貌を内密に、そして徹底的に調べ上げろ。ボスの正体、金の流れ、アジトの場所、すべてだ」
カシリアの言葉に、迷いは微塵もなかった。
「報告は直接オレにしろ。父上への情報漏洩は絶対に許さん。これは、オレとリリス、そしてお前だけの秘密だ」
「承知いたしました」
ナミスは深く頭を下げ、主君の命令を受け入れた。
その声からは、先ほどまでの反抗的な響きは薄れ、同じ目的のために動く実行者としての冷たさが戻っていた。
カシリアは立ち上がり、執務室の奥にある本棚へ向かう。
「さらに、王宮の最高の医療体制を密かに整える。先ほどの老医師はオレが直接抱き込んだ。彼を中心に、リリスが薬から安全に抜け出すための治療計画を立てさせる」
心の崩壊と、薬が切れた時の苦しみ。
それらを同時に治療するためには、極めて専門的な知識と、徹底した情報管理が必要になる。
「彼女から急に薬を取り上げれば、心が完全に壊れてしまう。医師の厳重な管理のもと、少しずつ薬の量を減らし、同時に彼女の心を縛っている鎖を、オレが一つ一つ解きほぐしていく」
カシリアは本棚のガラスに映る自分の顔を見つめ、静かに宣言した。
「リリスは、必ずオレが救う。誰にも、彼女の尊厳を奪わせはしない」
部屋に漂う甘く腐ったような香りは、二人の男が交わした暗い誓いによって、静かに封じ込められていった。
熱くなった頭を無理やり冷やしていく。
ナミスが打ち明けた事実の重みは、カシリアの心を押し潰してしまいそうなほどだった。
自分の浅はかな嘘が、最愛の女性の心を壊し、禁じられた麻薬に手を出させてしまった。
その取り返しのつかない傷を与えてしまったという事実は、決して消し去ることはできない。
だが、後悔に浸っている時間など、今の彼には一秒たりともない。
リリスのうつ病と薬物依存。
この痛ましい事実が外に、特に王宮内の対立勢力や父である国王カナロアの耳に入れば、彼女の破滅は避けられない。
メニア王国において、心を病んだ女性を王妃として迎えることなど、どんな理屈をこねても正当化できない。
万が一バレてしまえば、王太子であるカシリアの権力をもってしても、婚約破棄という最悪の結末を避けられない。
さらに、タロシア公爵家内部においても、実父であるカストが彼女を庇護しようと試みたところで、利益を重んじる傍系の貴族たちがそれを許容するはずがない。
廃嫡。
そして、修道院への幽閉か、それ以上の暗い結末。
それは、今の脆い彼女にとって、死刑宣告も同然だ。
その破滅の未来だけは、どんな手を使ってでも止めなければならない。
カシリアのまぶたの裏に、ガーナー領での鮮明な記憶がよみがえる。
激しい雨の中、揺れる馬車の中で、彼女の濡れた桜色の髪を布で拭いてやった時の感触。
あの時の無防備な表情と、ほのかに漂っていた甘い香りが、今も彼の記憶に深く刻み込まれている。
あるいは、月明かりの下で、静かな美しさをたたえながら、国を治める冷酷な真実を語った彼女の姿。
あの時のリリスは、薬の力で無理して強がっていただけなのかもしれない。
だが、その奥底にあった、国を憂い、民を導こうとする彼女の知性と気高さは、決して嘘ではないとカシリアは信じている。
オレが壊した。
オレが彼女を泥沼へ突き落とした。
だからこそ、オレが彼女を引き上げ、彼女のすべてを守り抜く。
どんな罪も、どんな汚れも、すべてオレが一緒に背負い、清算してやる。
カシリアの青い瞳から疲労の色が消え去り、そこには王太子としての冷徹な覚悟と、一人の男としての強い執着が宿っていた。
「ナミス」
カシリアの声は、先ほどの悲痛なものからすっかり変わり、絶対的な権力者のものへと変わっていた。
「彼女を脅し、心を削り取っているあの闇組織を放っておくことはできない」
カシリアはテーブルの上の黄金色の錠剤をちらりと見て、言葉を続ける。
「リリスが背負わされている薬代と、これからの必要経費は、すべてオレの個人資産から出す。お前は当面の間、その組織に従うフリをして要求をのめ。決してあいつらを刺激するな」
「殿下……」
ナミスの口から、驚きの声が漏れる。
「同時に、オレの直属の密偵部隊を動かす。お前は彼らと協力して、その闇組織の全貌を内密に、そして徹底的に調べ上げろ。ボスの正体、金の流れ、アジトの場所、すべてだ」
カシリアの言葉に、迷いは微塵もなかった。
「報告は直接オレにしろ。父上への情報漏洩は絶対に許さん。これは、オレとリリス、そしてお前だけの秘密だ」
「承知いたしました」
ナミスは深く頭を下げ、主君の命令を受け入れた。
その声からは、先ほどまでの反抗的な響きは薄れ、同じ目的のために動く実行者としての冷たさが戻っていた。
カシリアは立ち上がり、執務室の奥にある本棚へ向かう。
「さらに、王宮の最高の医療体制を密かに整える。先ほどの老医師はオレが直接抱き込んだ。彼を中心に、リリスが薬から安全に抜け出すための治療計画を立てさせる」
心の崩壊と、薬が切れた時の苦しみ。
それらを同時に治療するためには、極めて専門的な知識と、徹底した情報管理が必要になる。
「彼女から急に薬を取り上げれば、心が完全に壊れてしまう。医師の厳重な管理のもと、少しずつ薬の量を減らし、同時に彼女の心を縛っている鎖を、オレが一つ一つ解きほぐしていく」
カシリアは本棚のガラスに映る自分の顔を見つめ、静かに宣言した。
「リリスは、必ずオレが救う。誰にも、彼女の尊厳を奪わせはしない」
部屋に漂う甘く腐ったような香りは、二人の男が交わした暗い誓いによって、静かに封じ込められていった。
