罪人令嬢は、二度目の人生でも幸せになれない~誰にも愛されていないと信じたまま、私はまた笑う~

カシリアは執務室の窓辺に立ち、夜の闇に沈む王都の街並みを見下ろしていた。

冷たいガラス越しに伝わる外気でも、彼の内側に渦巻く重い熱を冷ますことはできない。

背後では、背筋を伸ばして控えるザロの規則的な息遣いだけが響いていた。

「ザロ。ガーナー領でのリリスの様子について、何か変わったことはなかったか」

カシリアは外に視線を向けたまま、低く沈んだ声で尋ねた。

その声には、隠しきれない焦りと疲れが滲んでいる。

ザロの表情がわずかに引き締まった。

「いいえ、特には。リリス様は常に気丈に振る舞われ、領民の救済と領地の立て直しに尽力しておられました。体調を崩されることはありましたが、それ以外に変わったご様子は……」

ザロの言葉には嘘がなく、彼自身が見たままをありのままに述べているに過ぎない。

彼には、リリスが抱え込んでいた深い闇を覗き込む権限も、きっかけも与えられていなかったのだ。

「そうか。……下がれ」

カシリアの短い命を受け、ザロは一礼して部屋を出た。

重い扉が閉まる音が、室内に鈍く響く。

カシリアは深く息を吐き出し、眉間を指で揉みほぐした。

ザロの話からは、リリスを救うための糸口は見つからない。

彼女の心を壊し、あそこまで痛ましく自分を追い詰めさせた原因を突き止めなければ、彼女を本当に救うことはできないのだ。

そのためには、彼女自身が必死に隠そうとしている深い闇の正体を、自分の手で暴く必要があった。

カシリアは公爵家や外部からの口出しを完全に避けるため、自ら動く決断をした。

リリスの誇りを守るためには、侍女や使用人に探らせるわけにはいかない。

彼は執務室を抜け出し、リリスが王宮に到着した際に使った馬車が置かれている車庫へと足を運んだ。

静まり返った車庫の中、冷気が石畳から立ち昇っている。

カシリアはカンテラの灯りを頼りに、馬車の中に残されたリリスの私物や手荷物を一つ一つ確認していった。

着替えの衣服、筆記用具、そして革製の小さな鞄。

その鞄の留め具を外し、中を探った時、カシリアの指先が硬いガラスの感触に触れた。

布の間に隠すようにして押し込まれていた、いくつもの小瓶。

カシリアはそれらを取り出し、カンテラの光に透かしてみた。

小瓶の中には、鈍い黄金色に光る小さな錠剤がぎっしりと詰まっている。

その一つを取り出し、ラベルのない瓶をしげしげと見つめる。

カシリアの脳裏に、かつて王国の裏社会を調べた時の知識が蘇った。

貴族の闇に密かに紛れ込み、多くの人間を廃人に追い込んでいるとされる違法な麻薬。それも、最も新しく質の高い最高級品だ。

恐ろしいほどの依存性を持ち、飲んだ者を無理やり夢見心地にさせる悪魔の果実。

『幸せの実』。

「馬鹿な……」

カシリアの掌から、小瓶が滑り落ちそうになる。

握り直す指先に、止められない震えが走った。

リリスが。

あの気高く、潔癖なまでに完璧な姿を保っていたリリスが、こんなひどい毒物に手を出していたというのか。

この甘い毒を飲むことで、まやかしの幸せを買っていたという事実。

ぞっとするような感覚がカシリアの背筋を駆け上がり、やがてそれは極めて冷たい、激しい怒りへと変わっていった。

ガーナー領は、王都から遠く離れた辺境だ。

公爵令嬢であるリリス一人の力で、これほど純度の高い違法な薬を大量に手に入れられるはずがない。

誰だ。

誰が彼女にこれを与えた。

誰が、極限まで弱りきった彼女の心につけ込み、この悪魔の果実をそそのかしたのだ。

カシリアの視線が、黄金色の錠剤に釘付けになる。

その裏に潜む悪意の正体が、彼の中でだんだんとはっきりと形を帯び始めていた。

考えを巡らせるうち、カシリアの頭の中にひとつの答えが浮かび上がる。

ガーナー領という閉ざされた環境で、リリスの最もそばに寄り添い、彼女の行動に口を出せる人物。

そして、この王宮まで彼女を護衛してきた、かつての自分の腹心。

ガーナー領領主の息子、ナミス・ガーナー。

彼が仲介していなければ、この薬がリリスの手に渡るはずがない。

カシリアは小瓶を強く握り締め、その硬い感触を確かめながら、静かに息を吸い込んだ。

冷たい怒りが彼の全身を支配し、もう少しの迷いもなくなっていた。

カシリアは足早に車庫を後にし、自分の執務室へと戻る。

扉の前に控えていた近衛兵が、主の尋常ではない気配を感じ取って背筋を伸ばした。

「……入れ」

カシリアは低く、しかしよく通る声で命じた。

近衛兵がすぐに反応し、部屋の中へ足を踏み入れる。

「はっ」

「ナミスを呼べ。一人でだ。他の者は下がらせろ」