罪人令嬢は、二度目の人生でも幸せになれない~誰にも愛されていないと信じたまま、私はまた笑う~

私の声が、薔薇の香りが漂う廊下に響き渡る。

目の前いっぱいに広がる深紅の花びらと揺れるロウソクの炎の中で、頭が真っ白になっていたその時、奥の重い扉が開く音が耳に届いた。

カシリア殿下が姿を見せる。

彼はいっぱいの白い百合と青い飛燕草を束ねた、大きな花束を両手に抱えていた。

私はてっきり、彼から冷たい目を向けられ、ひどく責められるものだとばかり思っていた。

けれど、私の目に映る彼の顔には、怒りも冷たさも少しもなかった。

彼は目を少し見開いて、心の底から嬉しそうな表情を浮かべている。

私の数歩手前で立ち止まると、花束を両手でそっと私の方へ差し出してくれた。

「リリス。よく戻ってきた」

カシリア殿下の声は低く穏やかで、優しく私の耳に届いた。

そこには、義務感も冷たさも欠片もない。

瞳の奥には、真っ直ぐで誠実な光が宿っている。

それはお芝居なんかじゃなく、私の帰りを心から喜んでくれている証拠だった。

私は思わず両手を伸ばし、差し出された花束を受け取った。

腕にずっしりとした重みが伝わってくる。

その重さは、彼が私に向けてくれている思いがけない愛情の重さのようで、私の胸をぎゅっと締め付けた。

今の状況は、私が思い描いていた計画とは何もかもが違っている。

「すまない、リリス。十分な支援金を送ったつもりだったが、自然発火という事態は想定外だった」

カシリア殿下は一歩前に出ると、花束を抱える私の右手に自分の手をそっと重ねた。

彼の指先が、私の手の甲をゆっくりと撫でる。

彼の手の温もりが、私の冷たい肌にじんわりと伝わってきた。

「もともと、君にゆっくりと休んでもらうための辺境行きだったんだ。それなのに、あんな苦労をさせてしまって、本当に申し訳ない」

彼の口から謝罪の言葉が出るたびに、私の心臓がドキドキとはねる。

何かが決定的に間違っている。

私の筋書きでは、彼が私を冷たく突き放し、私はその冷酷さと罪悪感につけこんで、たくさんのお金を要求するはずだったのだ。

こんな風に私を丸ごと包み込むような優しさと謝罪は、千二百枚の金貨を手に入れるための計画を根底から台無しにしてしまう。

「君からの報告書は、何度も読み返したよ。やっぱり、君はすごいな。ガーナー領の立て直しを見事にやってのけたじゃないか」

カシリア殿下は私の手を握ったまま、顔を近づけてきた。

「支援金の消費をあれほど抑えてなお、これほどの復興効果を上げるとは。オレには絶対に無理だよ。ありがとう、リリス。君はオレの誇りだ」

誇り。

その言葉を耳にした瞬間、頭の奥がビリッと痺れるような気がした。

私が彼の誇り。

エリナを引き立てるための、使い捨ての道具などではない。

目の前が一瞬だけチカチカと輝く。

胃の底に残っている金色の薬の成分が、私の体に無理やり働きかけた。

「あ、ありがとうございます……殿下」

心の中の激しい戸惑いとは裏腹に、私の顔は勝手に動き、完璧で優しい微笑みを作ってみせた。

公爵令嬢としての綺麗な声が、自然と唇からこぼれ落ちる。

口から出た言葉とは反対に、私の頭の中はひとつの大きな矛盾に直面していた。

彼は今、「十分なお金を送った」「支援金の消費を抑えて」と言った。

けれど、私はガーナー領でカシリア殿下の名前で送られてきたお金を、全部使い切っている。

それどころか、全く足りていなかったのだ。

私の指先が、彼の大きな手の中でわずかに震え始める。

「で、殿下は……支援金のこと……ご存じないのですか?」

声の震えを隠しきれず、言葉が少し途切れてしまう。

カシリア殿下は目を瞬かせて、少しだけ首をかしげた。

「ん? 支援金がどうしたんだ?」

彼の不思議そうな声が、私の胸の奥を鋭く突き刺した。

彼は、今になっても知らないのだ。

ガーナー領に届いた、あの信じられないほど少なかった支援金のことを。

ガロス卿が絶望し、私が領民の家を燃やす決断をする原因になった、あの金額を。

頭の中で慌てて色々なことを結びつけ、ただひとつの残酷な真実にたどり着く。

カシリア殿下自身は、私に十分な資金を用意したと思い込んでいる。

それを途中で横取りし、大幅に減らして辺境へ送った人物。

カナロア国王陛下。

すべての情報を隠し、カシリア殿下に嘘をついていたのは、国王陛下その人だったのだ。

カシリア殿下から見れば、私は十分な資金をもらい、ちょっとした事故を乗り越えて見事に領地を復興させた、優秀な婚約者として映っている。

火事を起こし、幻聴に苦しみ、薬に頼りながらやり遂げたあの狂気のような復興劇が、彼の中では綺麗な美談になっているのだ。

私が信じていた前提が、すべて崩れ去ってしまった。

「……リリス?」

カシリア殿下が眉をひそめ、私の顔を覗き込んでくる。

「顔色が悪いぞ。やっぱり、長旅の疲れが出たのかな?」

彼の瞳には、純粋な心配の色が浮かんでいる。

胃の奥から、ぎゅっと締め付けられるような気持ち悪さがこみ上げてきた。

私は花束を持つ手に力を込め、もう一度無理やり笑顔を作る。

「い、いいえ。……殿下の優しさに、胸がいっぱいになってしまって……」

私は言葉を絞り出した。

自分の心を傷つけるような、全くの嘘の言葉を。

物語の結末は、私が考えていた方向とはすっかり違う方へと進んでしまっていた。