罪人令嬢は、二度目の人生でも幸せになれない~誰にも愛されていないと信じたまま、私はまた笑う~

カシリアは執務室の窓辺に立ち、眼下に広がる練兵場を見下ろしていた。

秋の乾いた風が砂塵を巻き上げる中、二つの影が激しく交錯している。

金属と金属がぶつかり合う甲高い音が、ガラス越しに微かに響いてきた。

帝国の第三王子コリンダと、我が国の「剣術指南役」エリナ。

本来ならば水と油、あるいは火と火薬のように反発し合うはずの二人が、今は毎日のように剣を交えている。

エリナが低い姿勢から飛び込み、手にした模擬剣ではなく、左手の砂をコリンダの顔面に投げつけた。

卑怯、下劣、騎士道精神の欠如。

観覧席の貴族たちが眉をひそめるような行為だが、コリンダは瞬時に顔を背けてそれを躱し、逆に嬉々として剣を振り下ろした。

エリナはそれを地面を転がるようにして避け、コリンダの膝裏を蹴りつける。

泥にまみれ、汗を流し、獣のように噛み合う二人。

その光景には、洗練された宮廷剣術にはない、生々しい命のやり取りがあった。

「面白いな、この二人」

カシリアは口元に薄い笑みを浮かべ、グラスの水を煽った。

当初、コリンダ王子は敗北の屈辱にまみれ、エリナを殺しかねないほどの殺気を放っていた。

だが、拳を交わし、互いの技量を肌で感じるうちに、その感情の質が変わってきたようだ。

憎悪ではなく、好敵手への執着。

あるいは、言葉など不要な、野生動物同士の求愛にも似た共鳴。

エリナの、あの汚れなき実戦主義が、コリンダの飾り立てられたプライドを剥ぎ取り、本能を刺激したのだろう。

コリンダがエリナの腕を掴み、エリナがコリンダの足を払う。

二人は倒れ込みながらも笑っているように見えた。

外交のテーブルの上では決して築けない、血と汗による信頼関係。

これは、メニア王国にとっても計算外の、だが喜ばしい成果だった。

カシリアの視線は、砂塵の中で輝くエリナの笑顔から、遠く北の空へと移った。

そこには、愛する婚約者がいるはずだ。

リリス。

完璧で、美しく、そして脆い硝子細工のような少女。

彼女は今頃、ガーナー領で健気に経営に尽力していることだろう。

送られてくる手紙には、領民への慈愛と、オレへの感謝が綴られている。

彼女は変わった。

あの冷たい人形のような仮面の下に、熱い心と、為政者としての強さを秘めていたのだ。

エリナとコリンダのように、ぶつかり合い、泥にまみれることはないかもしれない。

だが、オレとリリスもまた、違う形で心を通わせることができるはずだ。

互いの弱さを認め合い、支え合う、真のパートナーとして。

「オレとリリスも、いずれこういう感じになれるだろう」

カシリアは窓ガラスに映る自分の顔に向かって呟いた。

リリスが戻ってきたら、今度こそ全てを打ち明けよう。

エリナのこと、オレの弱さ、そして彼女への愛を。

彼女ならば、きっと受け入れてくれる。

あの手紙に書かれていたような、慈愛に満ちた言葉で。

その時、執務室の扉が激しく叩かれた。

返事を待たずに飛び込んできたのは、近衛兵の一人だった。

息を切らせ、顔を紅潮させている。

「殿下! 申し上げます!」

「騒々しいぞ。何事だ」

カシリアは眉を寄せ、振り返った。

兵士は直立し、震える声で告げた。

「急使が参りました! ザロ殿の使いです!」

「ザロから?」

定期連絡にしては早すぎる。

何かあったのか。

「リリス嬢が……リリス・タロシア様が、王都へ向かっておられます! 至急、殿下にお伝えしたい儀があると……!」

「リリスが……?」

カシリアは目を見開いた。

予定よりもずっと早い帰還。

そして「至急伝えたい儀」という言葉の響き。

それは、完了報告だろうか。

それとも、寂しさに耐えかねて戻ってきたのだろうか。

どちらにせよ、彼女に会える。

カシリアの胸に、甘い期待が広がった。

「すぐに迎えの準備をせよ。……王宮の門を開けておけ」