罪人令嬢は、二度目の人生でも幸せになれない~誰にも愛されていないと信じたまま、私はまた笑う~

足りない。

足りない……

足りない!

あと五十金貨!

たった五十金貨が、私の命と尊厳を繋ぎ止める境界線として立ちはだかっていた。

指先が、無意識のうちに革袋の縁をなぞる。

ドレスを解体し、母の思い出を切り刻んでさえ届かなかったこの絶望的な数字を前に、私の脳髄は極限の速度で回転を始めた。

公爵家からの資金援助は不可能。

他領からの正式な融資も不可能。

残された資源は、今私が立っているこの場所そのものしかない。

私は視線を机の端へ移した。

そこには、ガーナー領の全体図が描かれた羊皮紙の地図が広げられている。

私の指先が、地図の南端、他領との境界に近い土地を指し示した。

「ナミス。この南端の土地」

私の声は低く、ひどく乾いていた。

「ここを、他領の商人に売却するわ。表向きは共同開発のための融資という名目で。そして、その裏で支払われる一時金、少なくとも五十金貨を、私の手元に引き入れる」

それは、紛れもない領地資金の横領であった。

領主の代行という権限を悪用し、未来の領地経営に不可欠な土地を切り売りして、私個人の生存のための薬代に充てるという背任行為。

現在すぐには影響が出ないかもしれない。

しかし、数年後、他領の商人に握られたこの土地が、ガーナー領の首を絞める致命的な枷となる。

私は、私を崇拝する領民たちの未来を、金色の薬と引き換えに売り渡すのだ。

私は地図から指を離し、床に跪いたままのナミスを見下ろした。

彼の肩が微かに硬直しているのが分かる。

「ごめんなさい、ナミス」

私の口から、乾いた謝罪の言葉がこぼれ落ちる。

「ナミスの故郷を、私が切り売りすることになる。領民たちの未来を奪う、愚かで身勝手な決断なのは分かっている。でも、私にはもう、これしか手段が残されていないの」

すべてを奪われ、精神の根幹すら薬に依存している私には、高潔な統治者としての誇りなどすでに存在しない。

「ごめんなさい……」

ただ、明日を生き延びるための狂気的な執着だけが、私の体を動かしている。

私は両手を組み合わせ、自らの爪を手の甲に強く食い込ませた。

皮膚の下で血が滲む痛みが、私自身の罪の重さを物理的に証明していた。

石室に、重く冷たい静寂が降り積もる。

ナミスは床に伏せていた顔をゆっくりと上げた。

彼の栗色の瞳には、私の罪深い決断に対する怒りも、軽蔑も存在していなかった。

そこにあるのは、主君をこの残酷な選択に追い込んでしまった己の無力さに対する、底知れない悲哀だけ。

彼は膝をついたまま、私の足元に両手をつき、深く頭を垂れた。

「そうしてください、リリス様」

彼の声は微かに震え、しかし確固たる意志を含んで石室に響いた。

「僕は……リリス様の味方です」