時が、無慈悲に流れている。
あっという間に2日が過ぎた。
重い木製の扉が開かれ、ナミスが石室へと足を踏み入れた。
彼の革製の外套は土埃に塗れ、端正な顔は土気色に沈んでいる。
唇の表面は乾燥してひび割れ、微かに赤黒い血が滲んでいた。
視線は床に向けられたまま固定され、歩みを進める足取りはひどく重い。
彼は扉を閉める動作を忘れ、私の数歩手前で両膝を冷たい石床に打ち付けた。
「どうだったのかしら。隣街の宝石商は、私の宝石を気に入ってくれた?」
私の問いに対し、ナミスは顔を上げず、顎を胸元に引き寄せた。
彼は外套の内側に手を入れる。
表面が擦れた小さな革袋を取り出し、震える手で床に置いた。
「……申し訳、ありません」
ナミスが上半身を前に倒し、額を石床に擦り付けた。
「借金と宝石の販売で……これだけしか、手に入りませんでした」
「え……?」
私は寝台から立ち上がり、彼が置いた革袋を拾い上げる。
革の紐を解き、中身を机の上に広げた。
硬い金属音が石室に反響する。
視界に入る金色の硬貨の数を、指先で弾きながら数えていく。
二百五十枚。
三百枚には届いていない。
「あの宝石は、父様が帝国の商人から買い付けた最高級品よ。あんなに大きくて、傷一つない純度で。一錠金貨五十枚、いいえ、百枚だって……」
「だからです」
ナミスが、床に額を押し付けたまま低い唸り声を上げた。
「だからこそ……売れなかったのです」
彼は顔を上げないまま、隣街での事実を語り始めた。
「どの店も、石を見た瞬間に息を呑みました。そして、次に顔の筋肉を引き攣らせました」
私が彼に託した大きなサファイアや主石は、大貴族や王室が所有する水準の品。
地方の貴族でさえ一生目にする機会のない代物である。
それを、身分を隠した泥だらけの男が持ち込んだのだ。
「こんな国宝級の石、扱えるわけがない。盗品だろう。王家の宝物庫から盗んだのか。そう言われ、衛兵を呼ばれそうになりました」
あまりにも価値が高すぎた。
証明書もなく、正規の流通経路を通さず、ただの石として売るには、あの宝石はあまりにも高貴すぎたのだ。
その圧倒的な輝き自体が、犯罪の証拠として人々を怯えさせた。
「何軒も回りました。裏通りの故買屋でさえ、首を横に振りました。これに関わったら首が飛ぶ、と」
ナミスは両手で拳を握りしめ、石床を殴りつけた。
硬い鈍音が響き、彼の指の関節から血が滲む。
「結局……小さな、飾りの石だけを。足元を見られて、安値で買い叩くしかありませんでした」
大きなサファイアや、母の思い出が詰まった主石は、換金されることなく彼の荷袋の奥で眠っている。
価値がありすぎて、無価値となる。
私は完璧すぎて誰にも理解されず、王都から孤立した。
私の宝石もまた、完璧すぎて、誰の手にも渡らなかったのだ。
「……リリス様、僕を……罰してください」
ナミスの目から水滴がこぼれ、石床に黒い染みを作っていく。
「リリス様の騎士失格です。ご期待に応えられず、救うこともできず。こんな、端金しか……」
私は机から離れ、数歩歩いて彼の前に跪いた。
膝が冷たい床に触れる。
右手を伸ばし、彼の汚れた頬に掌を添え、無理やり顔を上げさせた。
私の指先には、ドレスから宝石を解体した際についた細かい傷と、乾いた血の跡が残っている。
その指先が、ナミスの頬に赤い筋を引いた。
「……ナミス」
私の声は平坦で、感情の起伏を欠いている。
「泣かないで。ナミスは悪くないわ」
彼は悪くない。
悪いのは、この事実を想定できなかった私の計算の甘さだ。
「あと、五十枚くらいだけじゃない」
私は口角を上げ、頬の筋肉を引き伸ばした。
目元は動かず、ただ物理的な笑顔の形を構築する。
左手で、机の上から革袋を掴み取る。
二百五十枚の金貨が擦れ合う音が、耳の奥で硬く響く。
金属の冷たさが、革越しに私の掌の温度を奪っていく。
期限は目の前に迫っている。
「ドレスを売っても駄目なら、次は、何を売ればいいのかしら」
あっという間に2日が過ぎた。
重い木製の扉が開かれ、ナミスが石室へと足を踏み入れた。
彼の革製の外套は土埃に塗れ、端正な顔は土気色に沈んでいる。
唇の表面は乾燥してひび割れ、微かに赤黒い血が滲んでいた。
視線は床に向けられたまま固定され、歩みを進める足取りはひどく重い。
彼は扉を閉める動作を忘れ、私の数歩手前で両膝を冷たい石床に打ち付けた。
「どうだったのかしら。隣街の宝石商は、私の宝石を気に入ってくれた?」
私の問いに対し、ナミスは顔を上げず、顎を胸元に引き寄せた。
彼は外套の内側に手を入れる。
表面が擦れた小さな革袋を取り出し、震える手で床に置いた。
「……申し訳、ありません」
ナミスが上半身を前に倒し、額を石床に擦り付けた。
「借金と宝石の販売で……これだけしか、手に入りませんでした」
「え……?」
私は寝台から立ち上がり、彼が置いた革袋を拾い上げる。
革の紐を解き、中身を机の上に広げた。
硬い金属音が石室に反響する。
視界に入る金色の硬貨の数を、指先で弾きながら数えていく。
二百五十枚。
三百枚には届いていない。
「あの宝石は、父様が帝国の商人から買い付けた最高級品よ。あんなに大きくて、傷一つない純度で。一錠金貨五十枚、いいえ、百枚だって……」
「だからです」
ナミスが、床に額を押し付けたまま低い唸り声を上げた。
「だからこそ……売れなかったのです」
彼は顔を上げないまま、隣街での事実を語り始めた。
「どの店も、石を見た瞬間に息を呑みました。そして、次に顔の筋肉を引き攣らせました」
私が彼に託した大きなサファイアや主石は、大貴族や王室が所有する水準の品。
地方の貴族でさえ一生目にする機会のない代物である。
それを、身分を隠した泥だらけの男が持ち込んだのだ。
「こんな国宝級の石、扱えるわけがない。盗品だろう。王家の宝物庫から盗んだのか。そう言われ、衛兵を呼ばれそうになりました」
あまりにも価値が高すぎた。
証明書もなく、正規の流通経路を通さず、ただの石として売るには、あの宝石はあまりにも高貴すぎたのだ。
その圧倒的な輝き自体が、犯罪の証拠として人々を怯えさせた。
「何軒も回りました。裏通りの故買屋でさえ、首を横に振りました。これに関わったら首が飛ぶ、と」
ナミスは両手で拳を握りしめ、石床を殴りつけた。
硬い鈍音が響き、彼の指の関節から血が滲む。
「結局……小さな、飾りの石だけを。足元を見られて、安値で買い叩くしかありませんでした」
大きなサファイアや、母の思い出が詰まった主石は、換金されることなく彼の荷袋の奥で眠っている。
価値がありすぎて、無価値となる。
私は完璧すぎて誰にも理解されず、王都から孤立した。
私の宝石もまた、完璧すぎて、誰の手にも渡らなかったのだ。
「……リリス様、僕を……罰してください」
ナミスの目から水滴がこぼれ、石床に黒い染みを作っていく。
「リリス様の騎士失格です。ご期待に応えられず、救うこともできず。こんな、端金しか……」
私は机から離れ、数歩歩いて彼の前に跪いた。
膝が冷たい床に触れる。
右手を伸ばし、彼の汚れた頬に掌を添え、無理やり顔を上げさせた。
私の指先には、ドレスから宝石を解体した際についた細かい傷と、乾いた血の跡が残っている。
その指先が、ナミスの頬に赤い筋を引いた。
「……ナミス」
私の声は平坦で、感情の起伏を欠いている。
「泣かないで。ナミスは悪くないわ」
彼は悪くない。
悪いのは、この事実を想定できなかった私の計算の甘さだ。
「あと、五十枚くらいだけじゃない」
私は口角を上げ、頬の筋肉を引き伸ばした。
目元は動かず、ただ物理的な笑顔の形を構築する。
左手で、机の上から革袋を掴み取る。
二百五十枚の金貨が擦れ合う音が、耳の奥で硬く響く。
金属の冷たさが、革越しに私の掌の温度を奪っていく。
期限は目の前に迫っている。
「ドレスを売っても駄目なら、次は、何を売ればいいのかしら」
