罪人令嬢は、二度目の人生でも幸せになれない~誰にも愛されていないと信じたまま、私はまた笑う~

「ごめん。リリス、少し時間はいいか」

喧騒を切り裂くように、背後から凛とした声が響いた。

振り返ると、そこにはカシリア殿下が立っていた。

普段、俗世を嫌い、専用の休憩室から降りてくることのない彼が、なぜここに?

一瞬の静寂の後、食堂は爆発したような歓声に包まれた。

「きゃあ!殿下!お食事ですか?」

「もうすぐ私の誕生日なのです、ぜひご招待を!」

「殿下、ミルクティーはいかがですか?」

さっきまで私を囲んでいた令嬢たちが、今度は色めき立って殿下に群がる。

その変わり身の早さは、滑稽なほど鮮やかだった。

「すまないが、私はリリスに用がある」

殿下の声は、氷のように冷たく、彼女たちの熱を遮断した。

「ええっ?リリス様と?」

「やはり、お二人は……」

ざわめきが波紋のように広がる中、殿下は私だけを見据えて言った。

「リリス。3ヶ月後のラペオ帝国歓迎会の件だ。まだ詰め切れていない部分があるだろう」

「……はい?」

一瞬戸惑ったが、すぐに察した。

これは助け舟だ。

「ええ……そうでしたわね。ちょうど食事も済んだところです」

私は彼が差し出した蜘蛛の糸を掴み、立ち上がった。

「テストの結果に関わらず、彼女は生徒会の重鎮だ。相談したいことがある」

殿下は周囲に対し、言い訳めいた説明を短く投げると、踵を返した。

「そういうわけですので、皆様。また後ほど」

私は愛想笑いを浮かべ、逃げるように彼の背中を追った。

***

二人きりになっても、殿下は振り返らなかった。

前世と同じ、冷たく遠い背中。

けれど、彼はわざわざ食堂まで降りてきて、私を救い出してくれた。

前世では一度もなかったことが、なぜ今?

疑問と期待が入り混じる中、私は早足で彼に追いついた。

「殿下、ありがとうございます。助かりました」

「気にするな。ついでだ」

彼は歩調を緩めず、淡白に答えた。

昨夜、手を握ってくれたあの温もりは、やはり幻だったのだろうか。

今の彼は、いつもの冷徹な王太子の顔をしている。

沈黙が痛い。

このままでは、せっかく作ってくれた「歓迎会の相談」という名目が嘘になってしまう。

王家休憩室へ通されると、そこにはザロとザットが控えていた。

「掛けたまえ」

殿下に促され、私は向かいの席に座る。

出された紅茶からは、微かにベルガモットの香りが漂っていた。

「……ラペオ帝国の第三王子が、来月入学してくる」

殿下が切り出した。

「表向きは留学だが、実質は帝国の学術水準向上のための人質のようなものだ。だが、向こうもタダで来るつもりはないだろう。国力を誇示しにくるはずだ」

私は黙って頷いた。

知っている。

前世の記憶が鮮明に蘇る。

ラペオ帝国第三王子、コリンダ。

武を尊ぶ彼は、入学式で突如として剣術試合を申し込み、我が国の貴族たちを挑発するのだ。

そして前世では、平民のエリナが彼を打ち負かし、一躍英雄となった。

あれは、エリナが最も輝き、殿下の心を射止めた決定的な瞬間だった。

もし、私が先手を打てば?

エリナの言葉を、私が先に殿下に伝えれば、未来は変わるのだろうか。

私は膝の上で拳を握りしめ、賭けに出た。

「……殿下。ラペオ帝国は武を尊ぶ国です。特にコリンダ王子は『百年に一人の剣の天才』と呼ばれ、常に好敵手を探していると聞きます」

「……なに?」

殿下の眉がぴくりと動く。

「剣で語り合うのが彼らの流儀。もしかすると、入学式で剣術試合を申し込んでくるかもしれません」

「剣術……?リリス、なぜそれを知っている?」

「父から聞いた、ただの雑学ですわ」

嘘だ。

父はそんなことに興味はない。

これは、前世でエリナが殿下に語っていた言葉そのままだ。

私はプライドを捨て、あの日エリナが殿下に見せていた輝きを、盗んだのだ。

これで、殿下は私を見直してくれるはず。

そう期待して顔を上げると――

殿下の表情は、曇っていた。

喜びでも、感嘆でもない。

微かに歪んだ眉間。

強張った口元。

それは紛れもなく「不快」の表情だった。

なぜ?

前世でエリナが同じことを言った時、殿下はあんなにも優しく、心からの笑顔を見せていたのに。

「なるほど、それはいい案だ」と、嬉しそうにエリナの頭を撫でていたのに。

私が同じ「正解」を口にしても、返ってくるのは冷たい拒絶だけなの?

胸の奥が、冷たく軋む。

私がリリスだから?

優秀すぎて、可愛げがないから?

それとも、この世界の「正解」は、最初から『エリナ』にしか許されていないの?

「……リリスの言う通りかもしれないな」

長い沈黙の後、殿下はポツリと言った。

「我が国の学院には剣術の課程がない。そこを突かれる可能性は高い。……準備が必要だ」

声には抑揚がなく、まるで自分自身への苛立ちを噛み殺しているようだった。

「ご忠告、感謝する」

事務的な礼の言葉。

私の心は、音を立てて冷えていった。

不安、屈辱、そして絶望。

私は震える手でティーカップを持ち上げ、冷めかけた紅茶を一口含んだ。

苦い。

どれだけ努力しても、どれだけ知恵を絞っても、私は決してあの温かい笑顔を手に入れられないのだと、突きつけられたようだった。