罪人令嬢は、二度目の人生でも幸せになれない~誰にも愛されていないと信じたまま、私はまた笑う~

僕はリリス様の執務室の前に立ち、木製の重い扉を見つめていた。

あの古い屋敷での取引から、数日が経過している。

薬の量を半錠に減らすという過酷な決断を下したあの日から、リリス様は執務室と寝室の往復のみで日々を過ごされるようになった。

食事の席でも、視察の場でも、かつて彼女を彩っていた極彩色の輝きは完全に失われている。

代わりに彼女を支配しているのは、ただひたすらに書類に向かい、領地管理という実務に己のすべてを費やす冷徹なまでの執念だった。

僕は扉を開け、静かに室内へと足を踏み入れた。

部屋の中は薄暗く、空気がひどく重く冷え切っている。

机の上に積まれた羊皮紙の山に囲まれ、彼女は羽ペンを握ったまま動きを止めていた。

リリス様は椅子に深く腰掛け、顔を窓の方へ向けていた。

厚い硝子越しに、灰色の空と中庭の枯れた風景が広がっている。

彼女の視線は特定の何かを捉えているわけではなく、ただ虚空を彷徨い、瞬きすら忘れたかのように固定されていた。

頬の肉は削げ、かつての艶やかな肌には疲労の色が色濃く刻まれている。

口元は固く引き結ばれ、微笑みの痕跡すら見出すことはできない。

僕は数歩近づき、斜め後ろに立った。

彼女の細い肩が、浅い呼吸に合わせて微かに上下している。

その痛々しい姿を見るたび、僕の胸の奥で鋭い痛みが走る。

薬の量を減らし、精神の均衡を保つために彼女は自らの感情を殺し、心を石のように硬く閉ざしてしまった。

外の空気を吸い、自由に歩き回りたいという本能的な欲求すら、今の彼女には残されていない。

魂が抜け落ちたかのようなその横顔は、僕の無力さを残酷なまでに突きつけてくる。

僕は視線を落とし、剣の柄を握る右手に力を込めた。

革手袋が擦れる鈍い音が、静寂の室内に響く。

このままでは、彼女の精神は完全に干上がり、崩壊してしまう。

薬に再び依存させるわけにはいかない。

十倍に跳ね上がったあの金色の錠剤は、彼女から尊厳と財を奪い尽くす猛毒に過ぎない。

だが、薬に頼らずとも、彼女の冷え切った血流を温め、閉ざされた視界に少しでも光を取り戻させる方法が何かあるはずだ。

僕は何ができるのか。

カシリア殿下や王都の貴族たちが押し付けた重圧から彼女を解放し、ただ一人の人間として呼吸を取り戻させる手段。

僕は過去の記憶を辿り、王家親衛隊としての訓練の日々や、このガーナー領での兵士たちの日常を脳内で反復させた。

その時、一つの情景が脳裏に閃いた。

厳しい訓練や実戦の重圧に晒された騎士たちが、休息の日に好んで行うこと。

冷たい風を顔に受け、大地を蹴り、己の肉体と鼓動だけを感じる時間。

乗馬。

閉鎖された空間から抜け出し、広大な自然の中を駆け抜ける行為は、思考のノイズを強制的に振り払い、純粋な身体の躍動だけを意識させる。

今のリリス様に必要なのは、書類の数字でも、領民からの称賛でもない。

ただ風を切り、自らの意志で前に進んでいるという単純な身体的実感だ。

僕は顔を上げ、窓辺を見つめる彼女の背中に向かって口を開いた。

声のトーンを落とし、静かに、しかし確かな意志を込めて言葉を紡ぐ。

「リリス様。本日の政務は、ここまでになさいませんか」