罪人令嬢は、二度目の人生でも幸せになれない~誰にも愛されていないと信じたまま、私はまた笑う~

馬車の車輪が、ガーナー領の乾燥した土を規則正しい音で踏みしめている。

西の空から差し込む橙色の光が、窓枠を切り取って座席に落ちていた。

向かいの席に座るカシリア殿下は、組んだ両手を見つめたまま、重い息を一つ吐き出した。

「リリス。急なことだが、明日の朝、王都へ戻らねばならなくなった」

彼の声は低く、車内の狭い空間に反響した。

「ラペオ帝国との国境付近で、新たな軍の動きが確認されたと早馬が来た。王太子として、至急軍議に出席する義務がある」

カシリアの金色の瞳が、真っ直ぐにリリスを捉える。

その目には、深い名残惜しさと、リリスをこの辺境に残していくことへの強い憂いが浮かんでいた。

けど、リリスの胸の奥に、別離の悲哀は微塵も存在しない。

いずれ彼から婚約破棄を宣告され、エリナがその隣に立つ日が来る。

その結末は確定しており、私の人生において彼はすでに異物となっている。

胃の底に沈む金色の錠剤が、私の血流に甘美な熱を送り込み、思考の全てを極彩色に染め上げている。

私は顔の筋肉を緩め、眉尻をわずかに下げて、完璧な憂いと慈愛の表情を作り上げた。

「左様でございますか。殿下との日々がこれで終わってしまうことは、誠に寂しゅうございます」

私は視線を伏せ、声の調子を静かに落とした。

「ですが、殿下はメニア王国の未来を背負う方。どうか私のことはお気になさらず、王太子としての責務を全うしてくださいませ。私はこのガーナー領で、殿下がお守りになる国の一部を、命に代えても守り抜きますわ」

私の言葉は、一切の淀みを持たず、静謐な空気を震わせた。

カシリアの喉仏が、大きく上下に動いた。

カシリアの手が伸び、リリスの膝の上で重ねられていた両手を強く包み込む。

革手袋越しに伝わる彼の体温と力強い圧迫。

「リリス……」

カシリアの声には、抑えきれない熱情が混じっていた。

自身がリリスを辺境に追いやった原因を作ったにもかかわらず、リリスは一切の不満を漏らさず、彼の王太子としての立場を完全に肯定している。

「必ず、君を王都へ迎えに行く。それまで、どうか待っていてくれ」

カシリアはリリスの手を握る力をさらに強め、金色の瞳に揺るぎない決意の光を灯した。

リリスは静かに頷き、彼の目を見つめ返して微笑んだ。

「はい。殿下のお迎えを、いつまでもお待ちしておりますわ」

リリスの表情は、彼が理想とする『完璧な王妃』の姿そのものであった。

彼の手が離れ、馬車は再び静寂を取り戻した。

窓の外の景色が徐々に暗さを増していく中、リリスの内心は歓喜の波に満たされていた。

明日の朝、彼がこの地を去る。

それは、私を縛る王家の視線が完全に消え去ることを意味する。

彼の不在がもたらす絶対的な自由。

誰の目を気にすることなく、ナミスと共にこの領地を統治し、廃墟の庭園で二人きりの時を過ごすことができる。

ナミスが私を慈しみ、私のすべてを受け入れてくれるあの静かな夜が戻ってくる。

そして何より、

あの闇医者が再びこの地を訪れる。

金色の錠剤、十銀貨で買える無限の多幸感。

その追加の調達が確実なものとなり、私はもう二度と、あの冷たく暗い絶望の淵に突き落とされる恐怖を味わわずに済む。

私の思考は、その甘美な未来への期待だけで完全に満たされていた。