ガーナー領の中央広場に面した市場は、活気に満ちた人々の熱気に包まれていた。
頭上には色鮮やかな天幕が張られ、石畳の上には様々な品を積んだ荷車が行き交う。
私は、タロシア家の私兵の装束を纏ったカシリア殿下と共に、店舗の視察を続けていた。
殿下は少し後方を歩き、私の背中と領民たちのやり取りを静かに見つめている。
胃の底に沈む金色の薬が、私の視界を圧倒的な色彩で満たし、全ての言葉を滑らかに紡ぎ出させていた。
織物商との税率の交渉を終え、次の店舗へ向かおうとした時、背後からナミスが音もなく近づいてきた。
彼は私の斜め後ろに立ち、体をわずかに傾け、口元を私の耳元へ寄せた。
「リリス様」
周囲の喧騒に掻き消されるほどの低い声。
「先日の医者が、面会を求めてきております。緊急の報告があるとのことです」
ナミスの吐息が耳にかかり、声の硬さから事態の異常性が伝わってくる。
私の呼吸が僅かに止まる。
医者。
私に禁忌の薬を与えた、あの闇組織の男。
もし彼が今ここで接触してくれば、私の全てが崩壊する。
薬への完全な依存、幻聴と絶望に塗れた真の姿が、カシリア殿下の前に晒されることになる。
私は視線を前に向けたまま、顔の筋肉を一切動かさず、完璧な微笑みを維持した。
心臓の鼓動が速くなるのを感じたが、薬の力が即座にその恐怖を甘美な刺激へと変換していく。
私は足を止めず、わずかに首を傾げてナミスにだけ聞こえる声で答えた。
「断りなさい。今は対応できません」
言葉は冷たく、一切の感情を排した命令として紡がれた。
「殿下がおられます。ここで接触を持てば、全ての計画が水泡に帰します。彼には、七日後の夜、例の屋敷で待つように伝えなさい。それ以外の接触は一切許可しませんわ」
私は視界の端で、数歩後ろを歩くカシリア殿下の革靴の動きを確認する。
殿下と私の距離は保たれている。
ナミスは微かに頷き、姿勢を正した。
「畏まりました。すぐに手配いたします」
彼は足音を立てずに後退し、人混みの中へと消えていった。
私は再び前を向き、次の店舗に立つ香辛料の商人へ向けて、完璧な慈愛の表情を作った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
カシリアは、数歩後ろからリリスの背中を見つめていた。
側近のナミスが近づき、耳元で何事かを囁いた直後。
彼女は足を止めることなく、表情一つ変えずに短い指示を与えた。
その横顔には、王都の貴族たちが持つような甘えや躊躇いは一切存在しない。
冷徹なまでの判断力と、即座に状況を支配する圧倒的な指導者の顔。
彼の目には、その一連の動作が、領地の緊急事態に対する的確な対応として映っていた。
自分という王太子の前であっても、一切の動揺を見せず、完全に領地を掌握している。
彼女の放つ絶対的な魅力が、カシリアの思考を強く縛り付けていく。
かつて王宮で見た、ただ美しく従順なだけの令嬢ではない。
泥と汗でできたこの辺境の地で、自らの意志で民を導く真の王妃の姿がそこにあった。
カシリアは革手袋越しに拳を握り込む。
彼女への執着が、彼の胸の奥で熱を持った塊となって膨張し続けていた。
頭上には色鮮やかな天幕が張られ、石畳の上には様々な品を積んだ荷車が行き交う。
私は、タロシア家の私兵の装束を纏ったカシリア殿下と共に、店舗の視察を続けていた。
殿下は少し後方を歩き、私の背中と領民たちのやり取りを静かに見つめている。
胃の底に沈む金色の薬が、私の視界を圧倒的な色彩で満たし、全ての言葉を滑らかに紡ぎ出させていた。
織物商との税率の交渉を終え、次の店舗へ向かおうとした時、背後からナミスが音もなく近づいてきた。
彼は私の斜め後ろに立ち、体をわずかに傾け、口元を私の耳元へ寄せた。
「リリス様」
周囲の喧騒に掻き消されるほどの低い声。
「先日の医者が、面会を求めてきております。緊急の報告があるとのことです」
ナミスの吐息が耳にかかり、声の硬さから事態の異常性が伝わってくる。
私の呼吸が僅かに止まる。
医者。
私に禁忌の薬を与えた、あの闇組織の男。
もし彼が今ここで接触してくれば、私の全てが崩壊する。
薬への完全な依存、幻聴と絶望に塗れた真の姿が、カシリア殿下の前に晒されることになる。
私は視線を前に向けたまま、顔の筋肉を一切動かさず、完璧な微笑みを維持した。
心臓の鼓動が速くなるのを感じたが、薬の力が即座にその恐怖を甘美な刺激へと変換していく。
私は足を止めず、わずかに首を傾げてナミスにだけ聞こえる声で答えた。
「断りなさい。今は対応できません」
言葉は冷たく、一切の感情を排した命令として紡がれた。
「殿下がおられます。ここで接触を持てば、全ての計画が水泡に帰します。彼には、七日後の夜、例の屋敷で待つように伝えなさい。それ以外の接触は一切許可しませんわ」
私は視界の端で、数歩後ろを歩くカシリア殿下の革靴の動きを確認する。
殿下と私の距離は保たれている。
ナミスは微かに頷き、姿勢を正した。
「畏まりました。すぐに手配いたします」
彼は足音を立てずに後退し、人混みの中へと消えていった。
私は再び前を向き、次の店舗に立つ香辛料の商人へ向けて、完璧な慈愛の表情を作った。
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カシリアは、数歩後ろからリリスの背中を見つめていた。
側近のナミスが近づき、耳元で何事かを囁いた直後。
彼女は足を止めることなく、表情一つ変えずに短い指示を与えた。
その横顔には、王都の貴族たちが持つような甘えや躊躇いは一切存在しない。
冷徹なまでの判断力と、即座に状況を支配する圧倒的な指導者の顔。
彼の目には、その一連の動作が、領地の緊急事態に対する的確な対応として映っていた。
自分という王太子の前であっても、一切の動揺を見せず、完全に領地を掌握している。
彼女の放つ絶対的な魅力が、カシリアの思考を強く縛り付けていく。
かつて王宮で見た、ただ美しく従順なだけの令嬢ではない。
泥と汗でできたこの辺境の地で、自らの意志で民を導く真の王妃の姿がそこにあった。
カシリアは革手袋越しに拳を握り込む。
彼女への執着が、彼の胸の奥で熱を持った塊となって膨張し続けていた。
