罪人令嬢は、二度目の人生でも幸せになれない~誰にも愛されていないと信じたまま、私はまた笑う~

最初から、この世に「完璧な公爵令嬢」リリスなど存在しなかった。

あれは、私が血を吐くような努力で築き上げた、脆く美しい硝子の城。

命を削り、心を殺し、全てを捧げて作り上げた、完全無欠の幻影に過ぎない。

かつての私は、欲望のままに振る舞う愚かな獣だった。

父の権威を傘に、平民たちのささやかな幸福を靴底で踏み躙る。

彼らが浮かべる屈辱に歪んだ愛想笑いは、当時の私にとって甘美な蜜の味だった。

店の主人が浮かべる無力な怒りも、子供が壊された玩具の前で上げる絶望の泣き声も、すべてが私の空っぽな心を満たす愉悦だった。

両親は、そんな私を「無邪気」だと笑って許した。

だから私は、自分が何者よりも尊いと信じて疑わなかった。

誰かが私の歪みに気づくことなどない。

私はただ、無知で、幸福で、残酷な子供だった。

あの日、『そのこと』が起きるまでは。

世界が反転したあの瞬間、私は知ってしまった。

私が享受してきた極彩色の幸福は、誰かの悲鳴と犠牲の上に咲いた、腐臭を放つ花でしかなかったのだと。

その日から、私は「完璧な令嬢」という名のドレスを纏った。

誰からも愛され、誰をも幸福にする、聖女のような私。

けれど、鏡に映る私は決して聖女にはなれない。

どれほど取り繕っても、どれほど美しく装っても、私の本質は強欲で、利己的なまま。

嘘は真実になれず、私は「完璧」になれない。

結局のところ、私は器ですらなかったのだ。

もし、私が『エリナ』のように、生まれながらに清らかな魂を持っていたなら。

そうであれば、こんな仮面舞踏会のような日々を送る必要もなく、父上もあの女ミカレンに出会うこともなく……母上と三人、穏やかな陽だまりの中で生きられたのでしょうか。

ママ……私は、どうすればよかったの?

意識が泥のような闇に沈んでいく。

「……様、リリス様。起床のお時間です」

ロキナの声が、水底から引き上げるように私を現実に呼び戻す。

「……おはよう、ロキナ」

重い瞼を持ち上げると、窓から差し込む朝陽が目を刺した。

昨夜の悪夢が、粘着質な汗となって肌に張り付いている。

「お顔の色が優れませんが……お加減が悪いのでしょうか?」

ロキナの瞳に映る私が、ひどく頼りなげに見えたのだろう。

彼女の声には不安が滲んでいた。

「いいえ……テストが近くて、少し気が張っているだけよ。心配しないで」

私は慣れ親しんだ仮面を被り、鏡の前で微笑みを作る。

精巧に作られた人形のような、完璧な笑みを。

「左様でございますか……。無理はなさらないでくださいね」

「ええ。ありがとう。朝食は何かしら?」

不安げなロキナの視線を逸らすように、私は努めて明るく尋ねた。

「お嬢様の好物のビーフサンドとミルクティーをご用意いたしました」

「ふふ、嬉しいわ。……父上は?」

口にした瞬間、喉の奥が引きつった。

「公爵様は……昨夜も遅かったようで。今朝もまだお休みになられているかと」

ロキナが言いにくそうに伏し目がちになる。

「そう……わかったわ。お忙しいものね」

期待などしていないはずなのに、胸の奥で何かが冷たく軋む。

私は砂を噛むようにサンドイッチを胃に流し込み、逃げるように屋敷を後にした。

護衛のことなど、言い出せるはずもなかった。

どうせ私に友人などいない。

一人で街を歩くことさえなければ、あの恐怖が蘇ることはないのだから。

けれど、学校という鳥籠もまた、安全な場所ではなかった。

教室に足を踏み入れた瞬間、無数の羽虫が飛び交うような囁き声が、鼓膜を打ち叩く。

私は教科書に視線を落とし、周囲の世界を遮断しようと試みる。

けれど、彼らの声は残酷なほど鮮明に、私の領域を侵食してきた。

「聞いた?昨夜の、路地裏の話」

「平民の娘が攫われて、酷い目に遭ったって……」

「嘘でしょう?王都の真ん中で?」

「本当よ。うちの制服を着ていたらしいわ。可哀想に……」

「汚されたらもう、修道院行きね」

「自業自得じゃないか?色目を使って男を誘い込んだって噂だぜ」

心臓が早鐘を打ち、指先から血の気が引いていく。

彼らは知恵の輪でも解くような手つきで、昨夜の惨劇を弄んでいる。

そこにあるのは同情ではない。

退屈な日常に投じられた、極上のスキャンダルという名の娯楽。

「被害者」が自分たちの知らぬ平民であるという安堵が、彼らの言葉を残酷なほど雄弁にしていた。

誰も、その「平民の少女」の痛みなど想像もしない。

もし自分たちがその場にいたら、という薄っぺらな英雄願望を満たすための舞台装置に過ぎないのだ。

やめて……聞きたくない……

もし、この仮面の下にある真実を知られたら。

被害者が、この「完璧な公爵令嬢」だと知られたら。

好奇の視線は蔑みへと変わり、私は社会的に抹殺されるだろう。

ペンを握る手が震え、インクが紙の上に黒い染みを作る。

昨日の出来事を問われたら、私は果たして平静を保てるだろうか。

いいえ、きっと保てない。

恐怖が喉元までせり上がってくる。

吐き気がする。

チャイムが鳴れば、すぐにここを出よう。

人気のないバラ園の棘の中に身を隠し、嵐が過ぎ去るのを待つのだ。

私は祈るように、時が過ぎるのを待った。