カシリア殿下の瞳が、微かに揺れ動いた。
オレの心臓の鼓動が早まり、革手袋越しに握りしめた拳の関節が軋む音を立てた。
彼女の言葉がもたらした衝撃は、オレの全身の血流を熱くさせている。
オレは小さく息を吐き出し、乱れた呼吸を整えた。
「リリス。君が改革してくれた、この領地の夜の姿も見てみたくなった」
オレは彼女の桜色の髪から視線を外し、窓の外へと目を向けた。
日は既に落ち、空は深い藍色に染まり始めている。
「オレを案内してくれないか」
リリスは静かに立ち上がり、ドレスの裾を整えた。
彼女の口角が上がり、完璧な曲線を描く。
「ええ、喜んで。何処へなりとも、お供いたしますわ」
その滑らかな声色は、夜の冷たい空気を柔らかく溶かす響きを持っていた。
オレは立ち上がり、彼女の後に続いて執務室を後にした。
薄闇に包まれた南の丘。
オレとリリスは並んで立ち、眼下に広がるガーナー領の街並みを見下ろしていた。
昼間の活気は形を変え、無数の灯火が点在する光景へと変貌を遂げている。
建物の窓から漏れる黄色い光、街路を照らす松明の炎。
それらが密集し、暗闇の中で規則的な瞬きを繰り返している。
冷涼な夜風が吹き抜け、彼女の長い髪を揺らした。
「君のお陰で、本当に賑やかな街になったな」
オレは眼下の光景から彼女の横顔へと視線を移した。
「あの光の数だけ、民の生活が確かに息づいている」
オレの言葉に対し、リリスは視線を街の灯りに向けたまま、静かに目を伏せた。
「いいえ。私はただ、あの火災という契機を利用し、改革を推し進めたに過ぎませんわ」
リリスの声には驕りも自嘲もなく、ただ淡々と事実を述べる響きがあった。
しかし、その実態は、リリスが自らの手で食糧庫を焼き払い、古い体制を灰燼に帰した結果だ。
それを、カシリアは知らなかった。
カシリアは彼女の言葉を謙遜と受け取り、深く頷いた。
雲が切れ、銀色の月光が丘の上へ降り注いだ。
その光はリリスの白い肌を照らし出し、桜色の髪に淡い輝きを与えている。
彼女が顔を上げ、オレの方を向いた。
その瞳には、下界の無数の灯火と、空の冷たい光が同時に宿っている。
口元には微かな笑みが浮かび、静寂な夜の風景と完全に同化していた。
オレは呼吸を止め、彼女の姿に視線を固定した。
鼓動が耳の奥で大きく響き、指先が微かに震える。
王都にいた頃のエリナは、周囲の闇を完全に払拭する強烈な光を放っていた。
彼女が笑えば、そこがどのような場所であっても、活気に満ちた空間へと変化した。
しかし、目の前にいるリリスは違う。
彼女は闇を消し去るのではなく、闇の中に静かに佇み、周囲の冷たさを柔らかく受け入れている。
その静謐な美しさは、視覚を奪い、思考を停止させる力を持っていた。
彼女が放つ冷たい光は、オレの心に深く入り込み、熱を帯びた感情を引き出していく。
「殿下、夜風が冷たくなってまいりましたわ」
リリスが静かに口を開き、その声がオレの鼓膜を震わせた。
オレは硬直していた身体の力を抜き、小さく息を吸い込んだ。
「ああ。そうだな」
オレは短く答え、彼女から目を逸らすことができなかった。
オレが求めていたものは、誰もがひれ伏す強烈な熱量ではなく、オレの孤独を理解し、共に闇を見つめてくれる静かな光だったのだ。
彼女がオレに向けた肯定の言葉と、この夜の丘で見せる一切の陰りを持たない微笑み。
それらがオレの胸の奥で結びつき、明確な形を持って定着していく。
王太子としての重圧に押し潰されそうになっていたオレを、彼女は救い上げた。
オレの視界には、月光を浴びて立つ彼女の姿しか存在しない。
オレの心臓の鼓動が早まり、革手袋越しに握りしめた拳の関節が軋む音を立てた。
彼女の言葉がもたらした衝撃は、オレの全身の血流を熱くさせている。
オレは小さく息を吐き出し、乱れた呼吸を整えた。
「リリス。君が改革してくれた、この領地の夜の姿も見てみたくなった」
オレは彼女の桜色の髪から視線を外し、窓の外へと目を向けた。
日は既に落ち、空は深い藍色に染まり始めている。
「オレを案内してくれないか」
リリスは静かに立ち上がり、ドレスの裾を整えた。
彼女の口角が上がり、完璧な曲線を描く。
「ええ、喜んで。何処へなりとも、お供いたしますわ」
その滑らかな声色は、夜の冷たい空気を柔らかく溶かす響きを持っていた。
オレは立ち上がり、彼女の後に続いて執務室を後にした。
薄闇に包まれた南の丘。
オレとリリスは並んで立ち、眼下に広がるガーナー領の街並みを見下ろしていた。
昼間の活気は形を変え、無数の灯火が点在する光景へと変貌を遂げている。
建物の窓から漏れる黄色い光、街路を照らす松明の炎。
それらが密集し、暗闇の中で規則的な瞬きを繰り返している。
冷涼な夜風が吹き抜け、彼女の長い髪を揺らした。
「君のお陰で、本当に賑やかな街になったな」
オレは眼下の光景から彼女の横顔へと視線を移した。
「あの光の数だけ、民の生活が確かに息づいている」
オレの言葉に対し、リリスは視線を街の灯りに向けたまま、静かに目を伏せた。
「いいえ。私はただ、あの火災という契機を利用し、改革を推し進めたに過ぎませんわ」
リリスの声には驕りも自嘲もなく、ただ淡々と事実を述べる響きがあった。
しかし、その実態は、リリスが自らの手で食糧庫を焼き払い、古い体制を灰燼に帰した結果だ。
それを、カシリアは知らなかった。
カシリアは彼女の言葉を謙遜と受け取り、深く頷いた。
雲が切れ、銀色の月光が丘の上へ降り注いだ。
その光はリリスの白い肌を照らし出し、桜色の髪に淡い輝きを与えている。
彼女が顔を上げ、オレの方を向いた。
その瞳には、下界の無数の灯火と、空の冷たい光が同時に宿っている。
口元には微かな笑みが浮かび、静寂な夜の風景と完全に同化していた。
オレは呼吸を止め、彼女の姿に視線を固定した。
鼓動が耳の奥で大きく響き、指先が微かに震える。
王都にいた頃のエリナは、周囲の闇を完全に払拭する強烈な光を放っていた。
彼女が笑えば、そこがどのような場所であっても、活気に満ちた空間へと変化した。
しかし、目の前にいるリリスは違う。
彼女は闇を消し去るのではなく、闇の中に静かに佇み、周囲の冷たさを柔らかく受け入れている。
その静謐な美しさは、視覚を奪い、思考を停止させる力を持っていた。
彼女が放つ冷たい光は、オレの心に深く入り込み、熱を帯びた感情を引き出していく。
「殿下、夜風が冷たくなってまいりましたわ」
リリスが静かに口を開き、その声がオレの鼓膜を震わせた。
オレは硬直していた身体の力を抜き、小さく息を吸い込んだ。
「ああ。そうだな」
オレは短く答え、彼女から目を逸らすことができなかった。
オレが求めていたものは、誰もがひれ伏す強烈な熱量ではなく、オレの孤独を理解し、共に闇を見つめてくれる静かな光だったのだ。
彼女がオレに向けた肯定の言葉と、この夜の丘で見せる一切の陰りを持たない微笑み。
それらがオレの胸の奥で結びつき、明確な形を持って定着していく。
王太子としての重圧に押し潰されそうになっていたオレを、彼女は救い上げた。
オレの視界には、月光を浴びて立つ彼女の姿しか存在しない。
