罪人令嬢は、二度目の人生でも幸せになれない~誰にも愛されていないと信じたまま、私はまた笑う~

豪奢な天鵞絨の絨毯が敷かれた、光の届かぬ密室。

重厚な黒檀の机越しに、外套を纏った闇医者が深く頭を垂れていた。

蝋燭の炎が微かに揺れ、高価なビロードの椅子に深く腰掛ける男の顔に深い影を落としていた。

男の指先には大粒のルビーの指輪が光り、その身を包む仕立ての良い衣服は彼が貴族階級に属することを示している。

対岸には、ガーナー領から戻ったばかりの闇医者が、深く頭を下げて立っていた。

「……一年分、だと」

幹部の男は、低く押し殺した声で医者の報告を反芻する。

医者は顔を上げず、両手を前で組み合わせたまま、小刻みに肩を震わせた。

「はい。一介の小貴族の娘と名乗っておりましたが、一錠十銀貨の薬を三百六十錠、躊躇いもなく要求いたしました」

幹部は目を細め、指先で卓の表面を静かに叩く。

規則的な硬い音が、冷え切った室内に響いた。

小貴族の娘が考えずに捻出できる金額ではない。

ガーナー領という辺境の地で、それほどの財力を動かせる若い女性。

幹部の脳裏に、一つの名前が浮上する。

タロシア公爵家、リリス・タロシア。

先日の豊穣の感謝祭での火災以降、ガーナー領の全権を掌握し、異常な速度で領地を復興させていると噂される令嬢。

もし、あの薬の中毒者が彼女自身であった場合、事態は完全に二極化する。

王家と公爵家に薬の件が露見すれば、即座に国家の正規軍が動き、この組織に関わる全ての人間が一族もろとも灰にされる。

しかし、彼女が自身の精神の崩壊と薬物への依存を隠匿したいと望むなら。

公爵家の、そして未来の王妃が持つ無尽蔵の財が、永続的に組織へ流れ込むことになる。

沈黙が部屋を支配した。

幹部の額に冷たい汗が滲む。

恐怖と欲望が、彼の精神を鋭く切り刻む。

「……僕が、直接赴く」

幹部は立ち上がり、重いマントを翻した。

「購入者の正体と、その精神状態を僕の目で確かめる。馬車を用意しろ」

王宮の高層階、カシリアの執務室は午後の日差しに満たされていた。

白大理石の床が光を反射し、彫刻の施された高い天井を明るく照らしている。

机の中央には、ガーナー領から届いた分厚い報告書の束が置かれていた。

カシリアは羽根ペンを置き、最後のページに目を通す。

税収の増加、労働者の再配置、市場の完全な自由化。

綿密に計算された数字の羅列と、淀みのない文字の連なり。

それらは全て、リリス・タロシアの並外れた政治手腕を証明している。

カシリアは背もたれに体を預け、長く息を吐き出した。

彼女はやはり、次期王妃にふさわしい完璧な令嬢だ。

王都での数々の事件で心が疲れ果てていた彼女も、辺境の静けさの中で本来の輝きを取り戻したに違いない。

カシリアは机上の引き出しから、リリスの私信を取り出した。

整った筆致で書かれた、自分への忠誠と領地運営への意欲。

その文面をなぞるうち、カシリアの胸の奥に、彼女の桜色の髪と静かな微笑みが鮮明に蘇る。

彼女の顔が見たい。

今、彼女がどのような表情で政務を執り、領民を導いているのか。

この目で直接確かめたいという欲求が、彼の思考を満たしていく。

カシリアは立ち上がり、扉の傍に控える親衛隊員のザットへ視線を向けた。

「ザット、視察の準備を整えろ」

ザットは姿勢を正し、深く一礼する。

「畏まりました。行き先はどちらになさいますか」

カシリアは窓の外、南の空を見つめ、口角をわずかに上げた。

「ガーナー領へ向かう。リリスに会いに行くぞ」