朝の光が窓から差し込み、執務机の上に置かれた羊皮紙を白く照らし出していた。
私は羽根ペンを手に取り、インク壺に浸す。
カシリア殿下への定期報告書をしたためる時間だ。
領地の復興状況、税収の見通し、新たな労働力によるインフラ整備の進捗。
頭の中に渦巻く数字と計画が、淀みなく文字へと変換されていく。
嘘と真実を巧妙に織り交ぜた文面は、彼を安心させ、同時に私への評価を高めるための道具だ。
殿下、領地は順調に再生しておりますわ。
私一人で、全てを成し遂げてみせます。
最後の署名を書き終え、私はペンを置いた。
インクが乾くのを待つ間、私は引き出しを開け、小さな硝子瓶を取り出した。
鈍い金色の錠剤が、瓶の底で音を立てる。
昨日、薬を絶とうとして味わった、あの底なしの恐怖と自己嫌悪の泥濘。
私はもう、あの場所へ戻ることはできない。
薬に頼らなければ平穏を保てない己の弱さが、胸の奥で微かな鈍痛を生む。
しかし、その痛みもまた、一粒の薬が瞬時に消し去ってくれることを私は知っている。
一錠、十銀貨。
私に安らぎを与えてくれる、ただ一つの確かな手段。
副作用もなく、思考を明晰にし、私を完璧な存在へと引き上げてくれる魔法。
私は瓶の栓を抜き、迷うことなく一粒を舌に乗せた。
微かな苦味が広がり、やがて胃の底から温かい波が全身へと広がっていく。
視界の端から灰色が退き、世界が再び鮮やかな色彩を取り戻す。
私は深く息を吸い込み、立ち上がった。
領主館の前に用意された馬車に乗り込む。
ナミスが手を差し伸べ、私が席に座るのを確認してから、彼も向かいの席に腰を下ろした。
馬車がゆっくりと動き出す。
車輪が石畳を打つ音が、規則的なリズムを刻む。
窓の外には、活気を取り戻しつつある街の風景が流れていく。
私は窓枠に肘をつき、外の景色を眺めた。
私の視界に映る全てが、愛おしく、美しい。
「良い天気ね、ナミス」
私は彼に視線を向け、微笑みかけた。
ナミスは姿勢を正し、静かに頷く。
「はい、リリス様。風も穏やかで、絶好の日和かと存じます」
彼の声は平坦で、その瞳には微かな翳りが落ちている。
私は首を傾げ、彼の顔を覗き込んだ。
「何か心配事でもあるの? 今日は政務を忘れて、ゆっくりと過ごす約束でしょう」
馬車は街を抜け、緩やかな傾斜の続く南の丘へと差し掛かった。
道の両側には背の低い草木が続き、時折、野鳥のさえずりが聞こえる。
私は持参したバスケットに目を落とした。
厨房に用意させた、冷めた肉の薄切り、白パン、そして果実水。
豪華な食事ではないが、今の私には十分すぎるほどの馳走だ。
「もうすぐ到着いたします」
ナミスの声に、私は顔を上げた。
丘の頂上付近、視界が開けた場所に、白い野菊が群生しているのが見える。
馬車が止まり、ナミスが扉を開けた。
私は彼の手を借りて馬車を降り、足元の草を踏みしめる。
乾いた土と草の匂いが鼻をくすぐる。
ナミスは無言でバスケットを手に取り、花の少ない平坦な場所へと歩を進める。
「とても綺麗な場所ね」
私は大きく息を吸い込み、辺りを見回した。
私は羽根ペンを手に取り、インク壺に浸す。
カシリア殿下への定期報告書をしたためる時間だ。
領地の復興状況、税収の見通し、新たな労働力によるインフラ整備の進捗。
頭の中に渦巻く数字と計画が、淀みなく文字へと変換されていく。
嘘と真実を巧妙に織り交ぜた文面は、彼を安心させ、同時に私への評価を高めるための道具だ。
殿下、領地は順調に再生しておりますわ。
私一人で、全てを成し遂げてみせます。
最後の署名を書き終え、私はペンを置いた。
インクが乾くのを待つ間、私は引き出しを開け、小さな硝子瓶を取り出した。
鈍い金色の錠剤が、瓶の底で音を立てる。
昨日、薬を絶とうとして味わった、あの底なしの恐怖と自己嫌悪の泥濘。
私はもう、あの場所へ戻ることはできない。
薬に頼らなければ平穏を保てない己の弱さが、胸の奥で微かな鈍痛を生む。
しかし、その痛みもまた、一粒の薬が瞬時に消し去ってくれることを私は知っている。
一錠、十銀貨。
私に安らぎを与えてくれる、ただ一つの確かな手段。
副作用もなく、思考を明晰にし、私を完璧な存在へと引き上げてくれる魔法。
私は瓶の栓を抜き、迷うことなく一粒を舌に乗せた。
微かな苦味が広がり、やがて胃の底から温かい波が全身へと広がっていく。
視界の端から灰色が退き、世界が再び鮮やかな色彩を取り戻す。
私は深く息を吸い込み、立ち上がった。
領主館の前に用意された馬車に乗り込む。
ナミスが手を差し伸べ、私が席に座るのを確認してから、彼も向かいの席に腰を下ろした。
馬車がゆっくりと動き出す。
車輪が石畳を打つ音が、規則的なリズムを刻む。
窓の外には、活気を取り戻しつつある街の風景が流れていく。
私は窓枠に肘をつき、外の景色を眺めた。
私の視界に映る全てが、愛おしく、美しい。
「良い天気ね、ナミス」
私は彼に視線を向け、微笑みかけた。
ナミスは姿勢を正し、静かに頷く。
「はい、リリス様。風も穏やかで、絶好の日和かと存じます」
彼の声は平坦で、その瞳には微かな翳りが落ちている。
私は首を傾げ、彼の顔を覗き込んだ。
「何か心配事でもあるの? 今日は政務を忘れて、ゆっくりと過ごす約束でしょう」
馬車は街を抜け、緩やかな傾斜の続く南の丘へと差し掛かった。
道の両側には背の低い草木が続き、時折、野鳥のさえずりが聞こえる。
私は持参したバスケットに目を落とした。
厨房に用意させた、冷めた肉の薄切り、白パン、そして果実水。
豪華な食事ではないが、今の私には十分すぎるほどの馳走だ。
「もうすぐ到着いたします」
ナミスの声に、私は顔を上げた。
丘の頂上付近、視界が開けた場所に、白い野菊が群生しているのが見える。
馬車が止まり、ナミスが扉を開けた。
私は彼の手を借りて馬車を降り、足元の草を踏みしめる。
乾いた土と草の匂いが鼻をくすぐる。
ナミスは無言でバスケットを手に取り、花の少ない平坦な場所へと歩を進める。
「とても綺麗な場所ね」
私は大きく息を吸い込み、辺りを見回した。
