朝、薬を飲み干してからの数時間は、霧が晴れていくようだった。
頭の奥にこびりついていた重い泥が洗い流され、思考の歯車が滑らかに、そして高速で回転を始める。
今まで靄がかかっていたように見えた帳簿の数字が、一つ一つ明確な意味を持つ記号として目に飛び込んでくる。
ペンを走らせる音だけが、静かな執務室に響いた。
複雑に絡み合っていた物流の問題点、人件費の無駄、税収構造の歪み。
それらの解決策が、何の苦もなく次々と頭に浮かび、淀みない筆致で改善案として紙の上に再構築されていく。
数日間、山のように積まれていた書類の束が、嘘のようにみるみる片付いていった。
最後の書類に署名を終えた私は、ふっと息をつき、立ち上がった。
身体が軽い。
窓の外から差し込む陽光が、私を誘っている。
私は執務室の扉を開け、復興作業の喧騒が聞こえる屋外へと足を踏み出した。
木材を運ぶ男たちの掛け声。
金槌が釘を打つ甲高い音。
それら全てが、不快な騒音ではなく、領地が再生していく力強い生命の鼓動として私の耳に届いた。
私はその音の中心へと、自然と歩を進めていた。
建設途中の建物の前で、カシリア殿下の騎士であるザロが、タロシア家の騎士たちと何やら指示を出し合っているのが見えた。
「ご苦労さま、皆さん」
私が声をかけると、彼らは一斉に振り返り、その動きを止めた。
ザロの目が、驚きに見開かれる。
「リリス様……。本日は、その……」
彼は言葉を探すように口ごもった。
「今日のリリス様は、なんだか輝いて見えます」
「ありがとう」
私は微笑んだ。
口角を無理に引き上げるのではない、内側から自然に込み上げてくる笑みだ。
「皆さんが頑張ってくれているおかげよ。領地が日に日によくなっていくのを見ていると、私の気分も晴れてくるわ」
その言葉に、ザロだけでなく、周りにいたタロシア家の騎士たちの顔も、ぱっと明るくなった。
その時、少し離れた場所で資材の確認をしていたガロス卿が、私の姿に気づいて駆け寄ってきた。
彼は兜を脱ぎ、深く頭を下げる。
「リリス様には、感謝の言葉もございません。貴女様が来てくださらなければ、この領地は……」
「とんでもないことですわ」
私は彼の言葉を遮り、穏やかに言った。
「これも、ガロス卿の人望と、皆さんの働きがあってこそ成せること。私は、ほんの少しお手伝いをしたに過ぎません」
完璧な答え。
完璧な微笑。
その場にいた誰もが、私の言葉と姿に安堵し、希望を見出したようだった。
一人、私の背後に影のように佇む男を除いては。
ナミスは、その光景をただ黙って見ていた。
彼の唇は穏やかな弧を描いていたが、その瞳の奥には、誰にも見せない深い痛みの色が沈んでいる。
リリス様が笑っている。
あの、全てを諦めたような虚ろな瞳ではなく、光を宿した瞳で。
彼女が発する言葉の一つ一つが、淀みなく、周囲の人間の心を掴んで離さない。
あの輝き。
あの圧倒的なまでの存在感。
これこそが、僕が知る、本当のリリス・タロシアの姿だった。
だが、その輝きが、一錠の毒薬によってもたらされた偽りのものであるという事実。
その現実が、ナミスの胸を内側から引き裂く。
「この輝かしさこそが、本当のリリス様の姿なんですね」
彼の唇から、ほとんど吐息のような呟きが漏れた。
それは誰に言うでもない、彼自身の心に突き立てられた、鋭い刃のような言葉だった。
頭の奥にこびりついていた重い泥が洗い流され、思考の歯車が滑らかに、そして高速で回転を始める。
今まで靄がかかっていたように見えた帳簿の数字が、一つ一つ明確な意味を持つ記号として目に飛び込んでくる。
ペンを走らせる音だけが、静かな執務室に響いた。
複雑に絡み合っていた物流の問題点、人件費の無駄、税収構造の歪み。
それらの解決策が、何の苦もなく次々と頭に浮かび、淀みない筆致で改善案として紙の上に再構築されていく。
数日間、山のように積まれていた書類の束が、嘘のようにみるみる片付いていった。
最後の書類に署名を終えた私は、ふっと息をつき、立ち上がった。
身体が軽い。
窓の外から差し込む陽光が、私を誘っている。
私は執務室の扉を開け、復興作業の喧騒が聞こえる屋外へと足を踏み出した。
木材を運ぶ男たちの掛け声。
金槌が釘を打つ甲高い音。
それら全てが、不快な騒音ではなく、領地が再生していく力強い生命の鼓動として私の耳に届いた。
私はその音の中心へと、自然と歩を進めていた。
建設途中の建物の前で、カシリア殿下の騎士であるザロが、タロシア家の騎士たちと何やら指示を出し合っているのが見えた。
「ご苦労さま、皆さん」
私が声をかけると、彼らは一斉に振り返り、その動きを止めた。
ザロの目が、驚きに見開かれる。
「リリス様……。本日は、その……」
彼は言葉を探すように口ごもった。
「今日のリリス様は、なんだか輝いて見えます」
「ありがとう」
私は微笑んだ。
口角を無理に引き上げるのではない、内側から自然に込み上げてくる笑みだ。
「皆さんが頑張ってくれているおかげよ。領地が日に日によくなっていくのを見ていると、私の気分も晴れてくるわ」
その言葉に、ザロだけでなく、周りにいたタロシア家の騎士たちの顔も、ぱっと明るくなった。
その時、少し離れた場所で資材の確認をしていたガロス卿が、私の姿に気づいて駆け寄ってきた。
彼は兜を脱ぎ、深く頭を下げる。
「リリス様には、感謝の言葉もございません。貴女様が来てくださらなければ、この領地は……」
「とんでもないことですわ」
私は彼の言葉を遮り、穏やかに言った。
「これも、ガロス卿の人望と、皆さんの働きがあってこそ成せること。私は、ほんの少しお手伝いをしたに過ぎません」
完璧な答え。
完璧な微笑。
その場にいた誰もが、私の言葉と姿に安堵し、希望を見出したようだった。
一人、私の背後に影のように佇む男を除いては。
ナミスは、その光景をただ黙って見ていた。
彼の唇は穏やかな弧を描いていたが、その瞳の奥には、誰にも見せない深い痛みの色が沈んでいる。
リリス様が笑っている。
あの、全てを諦めたような虚ろな瞳ではなく、光を宿した瞳で。
彼女が発する言葉の一つ一つが、淀みなく、周囲の人間の心を掴んで離さない。
あの輝き。
あの圧倒的なまでの存在感。
これこそが、僕が知る、本当のリリス・タロシアの姿だった。
だが、その輝きが、一錠の毒薬によってもたらされた偽りのものであるという事実。
その現実が、ナミスの胸を内側から引き裂く。
「この輝かしさこそが、本当のリリス様の姿なんですね」
彼の唇から、ほとんど吐息のような呟きが漏れた。
それは誰に言うでもない、彼自身の心に突き立てられた、鋭い刃のような言葉だった。
