罪人令嬢は、二度目の人生でも幸せになれない~誰にも愛されていないと信じたまま、私はまた笑う~

窓の外から差し込む蒼白い月光が、隣で眠るリリス様の横顔を浮かび上がらせている。

僕は、眠れなかった。

眠れるはずもなかった。

僕の腕の中で、小刻みに震えながら浅い呼吸を繰り返す彼女の存在が、あまりにも儚く、そして痛々しかったからだ。

リリス様は、まるでひび割れた薄氷のようだ。

かつて王都で見かけた彼女は、誰よりも気高く、美しく、そして強靭な精神を持った「完璧な公爵令嬢」。

それが、リリス・タロシアという存在だったはずだ。

だが今、僕の目の前にいるのは、怯えた小鳥のように身を縮め、見えない恐怖に追われる一人の少女に過ぎない。

「……ん……うぅ……」

リリス様の唇から、苦しげな呻き声が漏れる。

僕は反射的に、彼女の背中を撫でた。

骨が浮き出るほどに痩せてしまった背中。

その感触が、僕の掌を通して心臓を鷲掴みにする。

『ナミス……捨てないで……』

先ほど、彼女は泣きながらそう懇願した。

自身の身体を、最後の切り札として差し出してまで。

どれほどの絶望が、彼女をそこまで追い詰めたのだろうか。

家族に裏切られ、婚約者に見放され、居場所を奪われた果ての、魂の悲鳴。

その元凶が、あの無垢で無知なエリナ嬢と、彼女に心を奪われたカシリア殿下であるという事実に、僕の胸の内で憎悪が渦巻いた。

悪意なき残酷さこそが、最も人を深く傷つけるのだと、彼らは知る由もないだろう。

リリス様は、演じ続けてきたのだ。

愛されるために。

認められるために。

誰一人として味方のいない戦場で、たった一人、完璧な仮面を被り、必死で笑顔を作ってきた。

だが、その代償はあまりにも大きかった。

彼女の精神は今、崩壊の瀬戸際にある。

幻聴。

被害妄想。

極度の依存。

これらは全て、彼女が必死に守ろうとした世界から受けた傷痕だ。

『私は、壊れているの?』

そう問いかけた彼女の瞳の、底知れぬ虚無を思い出す。

あれは、病などという生易しいものではない。

魂が、殺されたんだ。

彼女をここまで追い込んだ全ての人間を、僕は許さない。

たとえそれが、僕が忠誠を誓った主君であろうとも。

「……ご安心ください、リリス様」

僕は彼女の耳元で、祈るように囁いた。

「僕は、ここにいます」

リリス様の呼吸が、少しずつ落ち着きを取り戻し始めた。

僕は彼女の乱れた前髪を、指先でそっと払った。

その額には、冷たい汗が滲んでいる。

このままではいけない。

僕の愛や献身だけでは、彼女の精神を蝕む病魔を追い払うことはできない。

専門的な治療が必要だ。

だが、王都の医師を呼べば、彼女の状態がカシリア殿下に知られてしまう。

そうなれば、壊れた彼女は、婚約破棄されるだろう。

それは、彼女を殺すことと同義だ。

それだけは、阻止しなければならない。

「……探さなければ」

口の堅い、そして腕の立つ医師を。

このガーナー領の近隣か、あるいは闇の世界に通じた者か。

時間はあまり残されていない。

リリス様の心が完全に砕け散ってしまう前に、僕が楔とならなければ。

「……ナミス……」

不意に、リリス様が僕の服を握りしめた。

眠りながらも、僕を求めている。

「はい。ずっと、傍にいます」

僕は彼女の手を包み込み、その甲に誓いの口づけを落とした。