罪人令嬢は、二度目の人生でも幸せになれない~誰にも愛されていないと信じたまま、私はまた笑う~

拒絶される恐怖に、私は目を閉じた。

汚らわしいと罵られるか、あるいは憐れみと共に突き放されるか。

そのどちらかだと覚悟していた。

けれど、訪れたのは衝撃だった。

「――ッ!」

短い呼気が漏れる。

ナミスは私の手を取り、そのまま強く、乱暴なほどに私を引き寄せたのだ。

私の顔が彼の硬い胸板に押し付けられ、太い腕が背中に回される。

きつく、苦しいほどに締め上げられる。

肋骨が悲鳴を上げ、肺から空気が絞り出されるような圧迫感。

それは抱擁というよりも、拘束に近い強さだった。

「痛い……ナミス……痛い、わ……」

「痛みますか」

頭上から降ってくる声は、低く、震えていた。

「はい……」

「なら、それはリリス様が生きている証拠です」

彼は力を緩めようとはしなかった。

むしろ、さらに深く、私を自身の身体に埋め込もうとするかのように腕に力を込める。

骨と骨が軋み合う痛み。

けれど、不思議と不快ではなかった。

その痛みこそが、私の輪郭をはっきりと形作ってくれる気がしたからだ。

ここにいる。

私は、ここにいる。

幻聴でも、幽霊でもなく、痛みを感じる肉体を持った人間として、ナミスの腕の中に閉じ込められている。

「リリス様。……リリス様は、ここにいます」

彼の心臓の音が、私の鼓動と重なるほど近くで響いていた。

激しく、熱く。

それは言葉よりも雄弁に、彼が私を求めていることを伝えていた。

ただの性欲ではない。

もっと根源的な、魂の渇望としての執着。

私が彼を必要としているのと同じくらい、彼もまた、私を必要としているのだという事実が、痛みを伴って伝わってくる。

ようやく、ナミスの腕がわずかに緩んだ。

けれど、私を逃がしはしない。

彼は私の肩を掴み、至近距離から私の瞳を覗き込んだ。

その瞳には、暗い欲望の炎が見えたが、それを理性という鎖で厳重に縛り付けているのがわかった。

「抱いてほしいと、おっしゃいましたか」

「……ええ。私には、もうそれしか……」

「駄目です」

短い拒絶。

私の身体が強張り、絶望で冷え切りそうになった瞬間、彼は首を横に振った。

「今は、まだ早すぎます」

「早いの……? もう、手遅れなのに?」

「いいえ。リリス様の心が、病に侵されているからです」

ナミスは片手を私の頬に添えた。

その手は、先ほどの力強さとは対照的に、驚くほど優しかった。

「リリス様は今、恐怖に追われて自分を傷つけようとしているだけだ。……そんな状態でリリス様に触れれば、僕はただの獣になってしまう」

「それでもいい。獣でもいいの。ナミスなら……」

「僕が許しません」

彼は強い口調で遮った。

「僕はリリス様の騎士です。……リリス様が誇りを取り戻し、心からの笑顔を見せてくれるその日まで、僕はリリス様の清らかさを守り抜く。それが、僕の愛し方です」

清らかさ。

そんなものは、とうに失ったと思っていた。

嘘と欺瞞、放火と裏切りで塗り固められた私に、守るべき清廉さなど残っていないはずだ。

けれど、ナミスの瞳に映る私は、まるで聖女のように美しく見えた。

彼だけが、泥の中に埋もれた私の魂の欠片を、宝石のように大切に扱ってくれている。

涙が溢れた。

止まらなかった。

悲しいわけではない。

ただ、張り詰めていた糸が切れ、感情が奔流となって決壊したのだ。

「あ……うぅ……っ」

「泣かないでください」

ナミスが顔を寄せ、私の頬を伝う涙を、その唇で吸い取った。

熱い感触。

目尻に、頬に、そして震える唇の端に、彼はおずおずと、けれど慈しむように口づけを落としていく。

それは性的な行為というよりも、傷口を清める儀式のようだった。

「リリス様。……聞いてください」

彼は私の額に自分の額を押し付け、熱っぽい吐息と共に囁いた。

「リリス様の価値は、この美しい身体にあるのではありません」

「……じゃあ、なに? 私には、何があるの……?」

「リリス様の弱さも、強さも、罪も、優しさも。……その全てを含んだ、リリスという存在そのものです」

彼は私の手を、自分の胸に強く押し当てた。

「この身体が朽ちても、リリス様が老婆になっても、あるいは全てを失って乞食に身をやつしたとしても……僕にとってのリリス様の価値は、何一つ変わりません」

「嘘よ……そんなの……」

「嘘ではありません。……僕の命を賭けて、誓います」

その言葉は、甘い愛の囁きよりも重く、私の胸の空洞を満たしていった。

肉体という器ではなく、中身を愛されている。

その事実は、私が長年抱え続けてきた「完璧でなければ愛されない」という呪いを、音を立てて砕いていくようだった。

「……ナミス」

「はい」

「寒い、の……。もっと、温めて……」

行為をねだる言葉ではない。

ただ、彼の熱を求めていた。

ナミスは微かに微笑み、私を抱きかかえると、ゆっくりと寝台に横たわらせた。

そして、彼自身も靴を脱ぎ、躊躇いながらも私の隣に入り込んできた。

狭いシングル寝台。

二人の身体は密着し、逃げ場はない。

けれど、そこにはもう恐怖も不安もなかった。

彼は背後から私を抱きしめ、私の首筋に顔を埋めた。

大きく、温かい身体。

彼の心臓の音が、背中越しに伝わってくる。

「……こうして、朝まで。……ただ、傍にいます」

「うん……」

ナミスの腕が、私のお腹のあたりで組まれる。

それは強固な盾のようであり、私を世界から守る結界のようでもあった。

彼の体温が、冷え切っていた私の手足を、内臓を、そして凍りついた心を、じわりじわりと溶かしていく。

悪意ある幻聴はもう聞こえない。

聞こえるのは、ナミスの寝息と、窓の外を吹く風の音だけ。

私は彼の手の上に自分の手を重ね、指を絡ませた。

繋がっている。

ただそれだけのことが、今の私には何よりの救いだった。

「おやすみなさい、リリス様」

「おやすみ……ナミス……」

意識が闇に沈んでいく。

それはかつてのような絶望の闇ではなく、温かく、優しい安息の夜だった。