罪人令嬢は、二度目の人生でも幸せになれない~誰にも愛されていないと信じたまま、私はまた笑う~

翌朝、窓の隙間から差し込む陽光が、乱れたシーツを白く照らし出した。

私は重い瞼を持ち上げた。

視界に映るのは、豪奢な天蓋ではなく、質素な天井の梁と、すぐ側にあるナミスの胸元だった。

昨夜、泣き疲れて意識を手放すまで、彼は私を抱きしめ続け、そして朝を迎えた今もなお、その腕は私を繋ぎ止めていた。

温かい。

カシリア殿下の隣で感じるような、緊張を強いる眩しさはない。

ここにあるのは、泥の中で凍えた身体を芯から温めるような、重厚で静かな熱だけだ。

私は顔をナミスの胸に埋めた。

鼓動が伝わってくる。

一定のリズムで、私の存在を肯定するように脈打つ音。

生きていてもいいのだと、許されている気がした。

ナミスが動いた。

「……おはようございます、リリス様」

頭上から降る声は、寝起き特有の掠れを帯びていたが、変わらぬ優しさに満ちていた。

彼は私を突き放さず、乱れた髪を大きな手で梳いた。

その指先の感触に、私は猫のように目を細め、もっと触れてほしいと無意識に身体を擦り寄せた。

今の私は、完璧な公爵令嬢ではない。

ただの、愛を乞う惨めな生き物だ。

けれど、ナミスはそんな私を嫌悪しなかった。

ナミスは私を寝台に座らせると、まるで幼児をあやすように甲斐甲斐しく世話を焼き始めた。

温かいスープを含ませたスプーンが、私の口元に運ばれる。

「口を開けてください」

私は素直に従い、スープを嚥下した。

喉を通る熱が、空虚な胃袋に染み渡る。

本来なら、侍女のロキナがすべきことだ。

あるいは、自分の手で優雅に食事を摂るのが貴族のたしなみだ。

だが、今の私にはスプーン一本を持つ気力さえも重い。

それを察してか、ナミスは何も言わずに私の手足となり、支えてくれる。

顔を拭き、髪を整え、着替えさえも手伝おうとする彼の手つきは、どこまでも慎重で、神聖なものに触れるようだった。

恥ずかしさは微塵もない。

むしろ、彼に全てを委ね、管理されることに、安堵を覚えていた。

家族は、私が「完璧」でなければ愛してくれなかった。

カシリア殿下は、私が「都合の良い婚約者」でなければ目を向けてくれなかった。

彼らの愛は、常に条件付きの契約だった。

けれど、ナミスは違う。

私がインクに塗れ、悪意を吐き出し、泣き喚く醜態を晒しても、こうして傍にいてくれる。

私が汚れていればいるほど、彼は深く私を愛してくれるのではないか。

そんな歪んだ期待が、胸の内で甘く疼いた。

窓の外では、復興に沸くガーナー領の活気が、遠いざわめきとして響いている。

あそこで働く人々は、私が放火犯だとは知らず、「聖女」と崇めている。

その欺瞞に吐き気を催しそうになった時、ナミスが私の冷たい手を両手で包み込んだ。

「リリス様は……一人ではありません」

彼は私の罪を知っている。

カシリア殿下には、決して言えない言葉だ。

殿下は光の住人であり、エリナのような無垢な輝きを愛する方だから。

私のような、影と嘘で塗り固められた女は、彼に相応しくない。

もう、いいではないか。

届かない星に手を伸ばして傷つくのは、もう疲れた。

私はナミスの瞳を見つめた。

そこには、私だけが映っている。

エリナでも、母様でもなく、今の、愚かで弱いリリスだけが。

「ねえ、ナミス」

私は彼の指に自分の指を絡ませ、縋るように言葉を紡いだ。

「私は……婚約破棄されるかもしれない」

声に出すと、不思議と恐怖はなかった。

むしろ、肩の荷が下りるような開放感があった。

王太子妃の座も、公爵家の名誉も、もうどうでもいい。

私が欲しいのは、地位や名声ではなく、ただ一つの確かな「居場所」だけだ。

「だから、ナミスは……」

「私だけの騎士になってくれない?」

王国の騎士でも、カシリア殿下の忠臣でもなく。

ただ一人、リリス・タロシアという罪人のために剣を振るい、盾となり、そして最後まで傍にいてくれる騎士に。

世界中が私を断罪し、石を投げつけても、ナミスだけは私を守り抜いてくれると、そう信じたかった。

信じさせてほしかった。