罪人令嬢は、二度目の人生でも幸せになれない~誰にも愛されていないと信じたまま、私はまた笑う~

ナミスは懐から白いハンカチを取り出した。

リリスの頬に散ったインクの飛沫に、その布を静かに当てる。

荒れた肌に触れる柔らかな感触。

彼は一言も発さず、ただ丁寧に、私の顔を汚す黒い染みを拭い取っていく。

それは汚れを落とす作業というよりも、壊れた器を修復する、厳かな儀式のようだった。

指先から、掌から、私の輪郭を確かめるような熱が伝わる。

黒く染まったハンカチは、私が吐き出した嘘と、隠しきれなかった本音の残骸を吸い込んでいく。

「……汚れるわ、ナミス」

私の声は掠れ、風前の灯火のように震えていた。

「構いません」

彼は短く答え、今度は私の手を取った。

インクで爪の間まで黒ずんだ指を、一本一本、愛おしむように拭う。

カシリア殿下であれば、きっと眉をひそめ、すぐに侍女を呼んだだろう。

父様であれば、悲しげな顔をして見ないふりをしただろう。

けれど、ナミスは直視する。

この醜く、薄汚れた私の手を、まるで宝石か何かのように扱い、その汚れごと受け入れている。

距離が近い。

呼吸が触れ合うほどの距離で、私は彼の瞳の中に、安堵して力を失っていく自分の顔を見た。

張り詰めていた糸が、ぷつりと切れる音がした。

もう、何も演じなくていい。

聖女の仮面も、完璧な令嬢の演技も、この黒いインクと共に拭い去られてしまったのだから。

視界がふわりと揺れた。

ナミスが、身体を屈め、私を膝裏と背中から抱き上げたのだ。

抵抗する気力など、欠片も残っていなかった。

私は幼児のように彼の首に腕を回し、その胸に重さを預けた。

「……部屋へ、お連れします」

車椅子生活を送っていたとは思えないほど、彼の足取りは力強く、安定していた。

いや、あるいは痛みを堪えているのかもしれない。

けれど、その痛みさえも、私と分かち合う罪の一部であるかのように、彼は眉一つ動かさない。

廊下の冷たい空気が肌を撫でるが、彼の体温が防壁となって私を守っている。

カシリア殿下の腕の中は、いつだって眩しかった。

光に満ちていて、私はその光に焦がれないよう、必死で背伸びをしていなければならなかった。

だが、ここは違う。

薄暗く、泥臭く、底知れない安心感がある。

光の届かない場所でだけ許される、抱擁。

私はその温もりに顔を埋め、深く息を吸い込んだ。

鉄と土、そして微かな薬品の匂い。

それは、私がこれから生きていく世界の匂いだった。

寝台に下ろされると、沈み込むような感覚が全身を包んだ。

ナミスは毛布を引き上げ、私の肩まで隙間なく覆った。

彼は去ろうとはしなかった。

寝台の縁に腰を下ろし、震えの止まらない私の背中に、大きな手を添える。

とん、とん、とん。

一定のリズムで、優しく背中を叩く。

それは言葉のない子守唄だった。

「……ナミス」

「ここにいます。どこにも行きません」

私の問いかけを先回りして、彼は静かに答えた。

「眠ってください、リリス様。……目覚めた時も、僕はここにいますから」

その言葉は、どんな甘い愛の囁きよりも、今の私には救いだった。

エリナの笑顔も、ファティーナの手紙も、カシリア殿下の嘘も、今は遠い。

意識が急速に泥濘のような眠りへと沈んでいく。