鉄と土の匂いがする。
ナミスの胸は硬く、けれど温かい。
その熱が、冷え切った私の頬を焼き、凍てついた心を溶かしていく。
一度決壊した涙腺は、もう私の意志では制御できなかった。
喉の奥から、ひっ、ひっ、と短い呼吸音が漏れる。
私は彼の衣服を握りしめた。
インクで汚れた手が、彼の清潔なシャツに黒い染みを作っていく。
汚している。
また、私は誰かを汚している。
けれど、離れられない。
この温もりを失えば、私は本当に粉々になって消えてしまいそうだった。
口を開くと、嗚咽と共に、心の底に沈殿していた泥のような言葉が溢れ出した。
「私って、本当はつまらない女なのね……」
しゃくり上げながら、私は言葉を吐き出す。
それは誰に向けたものでもない、私自身への呪詛だった。
「ナミスもそう思わない?私に愛嬌とか全然わからない……っ」
エリナのように、無邪気に笑うことができない。
ファティーナのように、器用に立ち回ることができない。
ただ正しくあろうとし、背筋を伸ばし、完璧な型に自分を押し込めてきた。
その結果がこれだ。
人形のように硬直した心は、誰の心も動かせなかった。
「男に媚びることなんて……全くわからない……」
カシリア殿下が求めていたのは、賢い参謀ではなく、可愛らしい恋人だったのかもしれない。
私が政治を語り、策略を巡らせている間に、あの子はただ笑っているだけで、殿下の心を奪っていった。
惨めだ。
滑稽だ。
知識も、教養も、誇りも、あの子の笑顔一つに勝てないなんて。
記憶の底から、父様と母様の顔が浮かび上がる。
優しかった母様。
私を見て悲しそうに笑っていた父様。
私は二人を幸せにしたかった。
理想の娘になりたかった。
でも、私は結局、何も成し遂げていない。
「パパを喜ばせることも……ママを喜ばせることも……なにもできなかった……」
涙がボロボロとこぼれ落ち、ナミスの胸を濡らす。
私は顔を埋めたまま、首を振った。
違う。
できなかったのではない。
私がいたから、駄目だったのだ。
「私が……私が生まれてこなかったら……ママとパパは、きっと今でも幸せなはずだ……」
母様が死んだのも、父様が苦しんでいるのも、全部私のせいだ。
私が「完璧なタロシア公爵令嬢」という重荷でなければ、父様はもっと自由に生きられたかもしれない。
母様だって、私を産まなければ、もっと長く生きられたかもしれない。
私は祝福されて生まれたのではない。
呪いとして、この世に落ちたのだ。
その事実に気づいた瞬間、身体中の力が抜け、私はただの肉塊のようにナミスに凭れかかった。
視界が涙で滲み、世界が歪んで見える。
ガーナー領の冷たい空気も、窓を打つ風の音も、遠い世界の出来事のようだ。
ここには私とナミスしかいない。
そして、ナミスさえも、本当は私を軽蔑しているに違いない。
こんなに醜く、泣き喚き、他人の服を汚す女を、誰が愛するというのか。
「誰も私のこと見ていない……」
カシリア殿下は、私を通してエリナを見ていた。
父様は、私を通して亡き母様を見ていた。
誰も「リリス」を見ていない。
「誰も私のこと愛していない……!」
叫び声が、部屋の空気を切り裂く。
認めたくなかった真実を、自らの口で紡ぐ痛み。
それは、ペンで腕を突くよりも遥かに鋭く、深く、魂を切り裂いた。
私は震える手で、自分の胸を叩いた。
空っぽだ。
ここには何もない。
愛も、希望も、未来も。
あるのは、肥大化したプライドと、腐りかけた虚栄心だけ。
「私はただの不良品……劣等品……何もできないのにプライドだけが高い、悪い女……」
息が続かない。
過呼吸気味に肩を上下させ、私はナミスの顔を見上げた。
視線が合う。
彼の瞳には、私の醜い顔が映っているはずだ。
目は赤く腫れ、髪は乱れ、ドレスはインクで汚れている。
「……そうでしょう?ナミス」
ナミスの胸は硬く、けれど温かい。
その熱が、冷え切った私の頬を焼き、凍てついた心を溶かしていく。
一度決壊した涙腺は、もう私の意志では制御できなかった。
喉の奥から、ひっ、ひっ、と短い呼吸音が漏れる。
私は彼の衣服を握りしめた。
インクで汚れた手が、彼の清潔なシャツに黒い染みを作っていく。
汚している。
また、私は誰かを汚している。
けれど、離れられない。
この温もりを失えば、私は本当に粉々になって消えてしまいそうだった。
口を開くと、嗚咽と共に、心の底に沈殿していた泥のような言葉が溢れ出した。
「私って、本当はつまらない女なのね……」
しゃくり上げながら、私は言葉を吐き出す。
それは誰に向けたものでもない、私自身への呪詛だった。
「ナミスもそう思わない?私に愛嬌とか全然わからない……っ」
エリナのように、無邪気に笑うことができない。
ファティーナのように、器用に立ち回ることができない。
ただ正しくあろうとし、背筋を伸ばし、完璧な型に自分を押し込めてきた。
その結果がこれだ。
人形のように硬直した心は、誰の心も動かせなかった。
「男に媚びることなんて……全くわからない……」
カシリア殿下が求めていたのは、賢い参謀ではなく、可愛らしい恋人だったのかもしれない。
私が政治を語り、策略を巡らせている間に、あの子はただ笑っているだけで、殿下の心を奪っていった。
惨めだ。
滑稽だ。
知識も、教養も、誇りも、あの子の笑顔一つに勝てないなんて。
記憶の底から、父様と母様の顔が浮かび上がる。
優しかった母様。
私を見て悲しそうに笑っていた父様。
私は二人を幸せにしたかった。
理想の娘になりたかった。
でも、私は結局、何も成し遂げていない。
「パパを喜ばせることも……ママを喜ばせることも……なにもできなかった……」
涙がボロボロとこぼれ落ち、ナミスの胸を濡らす。
私は顔を埋めたまま、首を振った。
違う。
できなかったのではない。
私がいたから、駄目だったのだ。
「私が……私が生まれてこなかったら……ママとパパは、きっと今でも幸せなはずだ……」
母様が死んだのも、父様が苦しんでいるのも、全部私のせいだ。
私が「完璧なタロシア公爵令嬢」という重荷でなければ、父様はもっと自由に生きられたかもしれない。
母様だって、私を産まなければ、もっと長く生きられたかもしれない。
私は祝福されて生まれたのではない。
呪いとして、この世に落ちたのだ。
その事実に気づいた瞬間、身体中の力が抜け、私はただの肉塊のようにナミスに凭れかかった。
視界が涙で滲み、世界が歪んで見える。
ガーナー領の冷たい空気も、窓を打つ風の音も、遠い世界の出来事のようだ。
ここには私とナミスしかいない。
そして、ナミスさえも、本当は私を軽蔑しているに違いない。
こんなに醜く、泣き喚き、他人の服を汚す女を、誰が愛するというのか。
「誰も私のこと見ていない……」
カシリア殿下は、私を通してエリナを見ていた。
父様は、私を通して亡き母様を見ていた。
誰も「リリス」を見ていない。
「誰も私のこと愛していない……!」
叫び声が、部屋の空気を切り裂く。
認めたくなかった真実を、自らの口で紡ぐ痛み。
それは、ペンで腕を突くよりも遥かに鋭く、深く、魂を切り裂いた。
私は震える手で、自分の胸を叩いた。
空っぽだ。
ここには何もない。
愛も、希望も、未来も。
あるのは、肥大化したプライドと、腐りかけた虚栄心だけ。
「私はただの不良品……劣等品……何もできないのにプライドだけが高い、悪い女……」
息が続かない。
過呼吸気味に肩を上下させ、私はナミスの顔を見上げた。
視線が合う。
彼の瞳には、私の醜い顔が映っているはずだ。
目は赤く腫れ、髪は乱れ、ドレスはインクで汚れている。
「……そうでしょう?ナミス」
