罪人令嬢は、二度目の人生でも幸せになれない~誰にも愛されていないと信じたまま、私はまた笑う~

翌日の午後、王宮の練兵場には乾いた砂塵が舞い、高く掲げられたラペオ帝国の軍旗が風にはためいていた。

円形闘技場を囲む石造りの観客席は、好奇心と不安を滲ませた貴族たちで埋め尽くされ、その視線は中央の広場に注がれている。

照りつける太陽の下、ラペオ帝国第三王子コリンダは、装飾の施された曲刀を抜き放ち、切っ先を天に向けた。

「さあ、見せてもらおうか。メニアの『華』とやらを」

彼の声は朗々と響き、その全身からは猛獣のような覇気が立ち昇っている。

対する入場門から姿を現したのは、エリナであった。

彼女は動きやすい革の鎧を身につけ、手には無骨な訓練用の鉄剣を握っている。

貴族の令嬢とは思えぬ軽装、そして場違いなほどに明るい笑顔。

観客席からは、ひそひそとした嘲笑と、哀れみを含んだため息が漏れた。

「あのような田舎娘が、帝国の王子の相手など……」

「数秒で終わるだろう。見ているのも痛々しい」

だが、カシリアだけは、玉座の脇で静かに戦況を見守っていた。

彼の手には汗が滲んでいる。

リリスの予言通り、舞台は整った。

あとは、役者がどう踊るかだ。

「始め!」

審判の合図と共に、コリンダが疾風の如く踏み込んだ。

速い。

瞬きする間に間合いを詰め、曲刀が銀色の軌跡を描いてエリナの首元へと迫る。

エリナは反射的に鉄剣を掲げ、その一撃を受け止めた。

ガキンッ!

重い金属音が響き、火花が散る。

コリンダの腕力は圧倒的で、エリナの細い腕が悲鳴を上げるようにしなった。

「ほう、反応だけはいいな」

コリンダは獰猛に笑い、追撃を加える。

横薙ぎ、突き、斬り上げ。

帝国の剣術は合理的かつ攻撃的であり、息つく暇も与えない連撃がエリナを襲う。

エリナは防戦一方だった。

足を使って必死に回避し、剣で受け流すが、そのたびに後退を余儀なくされる。

実力差は歴然としていた。

正統な剣技において、コリンダは達人の域にあり、エリナの我流の剣術では太刀打ちできない。

「どうした!逃げ回るだけか!」

コリンダの剣がエリナの鎧を掠め、革が裂ける音がした。

観客席から悲鳴が上がる。

追い詰められた。

エリナの背中が、闘技場の壁にぶつかる。

逃げ場はない。

コリンダは勝利を確信し、最後の一撃を放つべく、大きく剣を振りかぶった。

「終わりだ!」

その瞬間、エリナの動きが変わった。

彼女は剣を構えるのではなく、地面に向かって身を屈めたのだ。

降参か?

誰もがそう思った刹那、エリナの右足が地面を抉るように蹴り上げられた。

バッ!

大量の砂塵が、コリンダの顔面めがけて噴き上がった。

「ぐあっ!?」

不意を突かれたコリンダは、反射的に目を閉じ、動きを止める。

視界を奪われた一瞬の隙。

騎士道精神など欠片もない、路地裏の喧嘩殺法。

だが、エリナの攻撃はそこで終わらなかった。

彼女はさらに踏み込み、無防備になったコリンダの股間へ、渾身の蹴りを叩き込んだ。

ドゴォッ!

鈍く、そして重い衝撃音が、静まり返った闘技場に響き渡った。

「ごふっ……!!」

コリンダの口から、空気が抜けるような音が漏れる。

彼の顔色は瞬時に土気色へと変わり、握っていた曲刀が手から滑り落ちた。

そのまま膝から崩れ落ち、地面に額を擦り付けて悶絶する。

帝国の猛獣は、芋虫のように身をよじらせ、声にならない呻き声を上げるだけとなった。

闘技場は、完全なる静寂に包まれた。

貴族たちは口をあんぐりと開け、目の前の光景を理解できずに凍りついている。

高潔なる決闘の場で、あろうことか「目潰し」と「金的」という、最も卑劣な手段で決着がついたのだ。

その静寂の中、エリナだけが、額の汗を拭いながら、晴れ晴れとした顔で仁王立ちしていた。

「……お、お前ぇぇー!!!」

ようやく呼吸を取り戻したコリンダが、涙目でエリナを指差し、震える声で叫んだ。

「戦い方、汚すぎるだろうがっ!?騎士の誇りはないのか貴様!?」

「誇りで腹は膨れないし、命は守れないよーだ!」

エリナは胸を張り、悪びれる様子もなく言い返した。

「負け犬の遠吠えは聞かないもーん!勝ったのは私だ!」

「ぐ、うぅ……この、野蛮な……!」

コリンダは再び激痛に襲われ、地面を叩いて悔しがった。

その姿を見て、カシリアは思わず手で顔を覆った。

笑いを堪えるべきか、頭を抱えるべきか、判断がつかなかったからだ。

リリス。

君の予見は正しかったが、この結末までは予想していなかっただろう。