罪人令嬢は、二度目の人生でも幸せになれない~誰にも愛されていないと信じたまま、私はまた笑う~

大広間の空気は、張り詰めた弓弦のように緊張していた。

豪奢なシャンデリアの下、ラペオ帝国のコリンダ王子が放った一言は、メニア王国の貴族たちの矜持を土足で踏み躙るに等しい侮辱であった。

「骨のある奴がいない、だと……!」

一人の老伯爵が顔を朱に染め、震える手でワイングラスを握りしめた。

「無礼な!我が国の騎士道精神を愚弄するか!」

「野蛮な帝国の流儀を、この神聖な王宮に持ち込むなど言語道断!」

貴族たちの怒号が波のように押し寄せたが、コリンダはそれを心地よい音楽でも聴くかのように、口の端を歪めて笑った。

彼は卓上の肉をナイフで突き刺し、悠然と口へ運ぶ。

その野性的な所作は、洗練されたマナーを重んじるメニアの貴族たちにとって、それ自体が挑発であった。

「吠えるのは得意なようだな。だが、戦場では声の大きさなど何の役にも立たん」

コリンダは黄金色の瞳を光らせ、周囲を威圧的に見回した。

「いいだろう。我が国では貴族といえども、幼き頃より剣を握り、血と汗に塗れて武を磨く。……そこでだ、カシリア殿下」

彼は視線をカシリアへと固定した。

獲物を狙う猛獣の目だ。

「オレと、この学園の学生とで、剣術の試合をしたいのだが、どうかね?まさか、負けるのが怖くて精鋭騎士を学生のふりをして参加させるつもりなどないかね?」

カシリアは、グラスの縁を指でなぞりながら、内心で冷ややかな戦慄を覚えていた。

……恐ろしいな、リリス

彼の脳裏に、かつてリリスが進言した言葉が蘇る。

『帝国は武力を誇示し、必ず挑発してきます。彼らは実利主義。我が国の若者の質を見極め、将来の脅威度を測ろうとするでしょう』

一言一句、彼女の予見通りだ。

この場の空気、コリンダの傲慢な態度、そして提案の内容までもが、まるでリリスが書いた台本をなぞっているかのように進行している。

彼女は遠いガーナー領にいながら、この王宮の晩餐会を支配している。

カシリアの唇に、自嘲めいた笑みが浮かんだ。

オレたちは皆、彼女の手のひらの上で踊らされている道化に過ぎないのかもしれない。

だが、道化には道化の役割がある。

この舞台を、完璧に演じきらねばならない。

「……面白い提案だ」

カシリアは静かに口を開いた。

その声は、喧騒を切り裂くように響き渡り、貴族たちの怒号を鎮めた。

「我が国の学生たちもまた、文武両道を旨としている。貴殿の相手として不足はないだろう」

「ほう?自信がおありのようだ」

コリンダが身を乗り出す。

カシリアは不敵な笑みを返し、罠を仕掛けた。

「いいだろう。ちょうど学園には、少々剣術の心得がある女性がいてね。……彼女ならば、貴殿の退屈を紛らわせる相手になるかもしれん」

「女だと?」

コリンダは鼻を鳴らし、露骨に落胆の色を見せた。

「……ああ、噂に聞く『エリナ』という女か。タロシア公爵家の令嬢で、しかもカシリア王子が直々に引き上げたという」

彼は侮蔑を隠そうともせず、肩をすくめた。

「噂は聞いているがね。女に負けるつもりもなければ、女に期待するつもりもない。……戦場に華はいらんのだよ、殿下」

その言葉には、明確な軽蔑が含まれていた。

女に何ができる。

公爵家の令嬢ごときに、帝国の王子の相手が務まるはずがない。

その油断こそが、リリスの計算通りなのだろう。

カシリアは、心の中でエリナに詫びた。

すまない、エリナ。

君を政治の道具として、矢面に立たせることになる。

だが、これもリリスの名誉を守り、国の威信を保つためには必要なことなのだ。

「そうか。ならば明日、ぜひその目で確かめてもらうとしよう」

カシリアは余裕を持ってグラスを掲げた。

「彼女の剣が、貴殿の予想を裏切らないことを祈っているよ」

コリンダはふん、と鼻を鳴らし、自らのグラスを乱暴に合わせた。

乾杯の音が、硬質に響く。

それは翌日の決闘の合図であり、運命の歯車が噛み合う音でもあった。

きっと大丈夫だ。

リリスはすべてを見通している。