罪人令嬢は、二度目の人生でも幸せになれない~誰にも愛されていないと信じたまま、私はまた笑う~

風が樫の木の葉を揺らし、木漏れ日が私のスカートの上に斑模様を描いた。

私は膝を抱え、遠くの景色を見つめたまま、小さな吐息を漏らした。

隣にはナミスがいる。

ただそれだけの事実が、今の私にとって唯一の確かな現実だった。

彼の手から渡された木のコップは、まだ私の指先に冷たい感触を残している。

「……ねえ、ナミス」

私は視線を空に向けたまま、独り言のように呟いた。

言葉にするのは怖かったけれど、この静寂と彼の温もりが、私の心の奥底に沈殿していた泥をかき混ぜる。

「カシリア殿下と……こんな風に過ごしたこと、一度もなかったわ」

口に出した瞬間、胸の奥がチクリと痛んだ。

認めたくなかった事実。

殿下とはいつも、完璧な婚約者として向き合っていた。

お互いに仮面を被り、美しい言葉を選び、傷つかない距離を保って。

「殿下は……優しい方です」

ナミスが静かに答える。

その声に、僅かな硬さが混じっているのを私は聞き逃さなかった。

「ええ、優しいわ。残酷なほどにね」

私は苦笑した。

頬に触れる風が、涙の跡を乾かしていく。

「私、殿下と約束したの。『もし他の女性を好きになったら、隠さず教えてほしい』って。そうしたら、私は身を引くからって」

ナミスが息を呑む気配がした。

「でも、殿下は何も仰らない。……エリナのこと、隠していらっしゃる」

手紙に綴られた嘘。

私を安心させるための、優しく、そして汚い嘘。

それが私をどれほど傷つけ、孤独に追いやったか、殿下は想像さえしていないだろう。

「私は……ただ、嘘のない言葉が欲しかった。」

涙がまた滲んでくる。

欲しいものは、宝石でもドレスでも、王妃の座でもなかった。

ただ、泥にまみれた私の手を、汚いまま握り返してくれる誰かが欲しかっただけなのに。

ナミスの手が、私の震える肩に触れた。

その手は大きく、温かく、そして微かに震えていた。

「……殿下は、間違っています」

彼は絞り出すような声で言った。

主君への批判。

それは騎士にとって最大の禁忌であるはずだ。

だが、彼は私のためにその禁を破った。

「リリス様の心を踏みにじり、誠実さを裏切り……あの方は、リリス様の愛に値しない」

ナミスは車椅子から身を乗り出し、私の顔を覗き込んだ。

その瞳には、燃えるような怒りと、深い悲哀が宿っている。

「嘘のない関係が欲しいと仰いましたね。……僕を見てください、リリス様」

私は濡れた瞳で彼を見つめ返した。

「僕は嘘をつきません。リリス様が魔女だろうと、罪人だろうと……リリス様が流した涙の重さを、僕だけは知っています。リリス様がどれほど孤独に耐え、歯を食いしばって立っていたか……僕だけは、忘れません」

彼の指が、私の頬を伝う涙を拭った。

その指先は粗く、剣だこで硬かったけれど、どんな絹よりも優しかった。

「だから……羨む必要などありません。リリス様はもう、一人ではないのですから」

「ナミス……」

私は彼の手に自分の手を重ねた。

彼の体温が、凍えていた私の血管に流れ込んでくる。

罪悪感と安堵が入り混じった、奇妙で甘美な感覚。

私はこの温もりに縋りつきたかった。

もう、誰も信じられない世界で、この手だけが温かいと、本能が叫んでいた。

「ありがとう……」

私は掠れた声で礼を言った。

それ以外の言葉が見つからなかった。

ナミスは何も言わず、ただ私の手を握り返した。

風が止み、世界が静止する。

遠くの市場の喧騒も、王都の華やかな欺瞞も、ここには届かない。

ただ、二人の呼吸音だけが重なり合う。

私は目を閉じた。

瞼の裏に浮かぶカシリア殿下の笑顔が、少しだけ遠ざかった気がした。

代わりに、目の前の不器用な騎士の真剣な眼差しが、焼き付いて離れない。

……これでいい

私は心の中で呟いた。

愛されることなんて、もう望まない。

私はナミスの肩に頭を預けた。

彼は拒絶しなかった。

その硬い肩の感触に、私は久しぶりに深い安息を覚えた。

「……少しだけ、眠ってもいい?」

「ええ。僕がついていますから」