罪人令嬢は、二度目の人生でも幸せになれない~誰にも愛されていないと信じたまま、私はまた笑う~

執務室の重厚な扉が閉ざされ、カシリアは椅子に深く沈み込んでいた。

手元には、ガーナー領から届いたばかりの一通の手紙がある。

封蝋にはタロシア家の紋章。

そして、見慣れた、流れるような美しい筆跡。

カシリアは震える指先で羊皮紙の端を掴み、何度も読み返した文面に、再び視線を落とした。

『敬愛するカシリア殿下へ』

その書き出しだけで、胸が締め付けられるような痛みが走る。

ここ数日、王宮の内外は騒然としていた。

エリナの出自に関する噂は、火に油を注いだかのように燃え広がり、もはや隠蔽など不可能な状態にある。

「タロシア公爵の隠し子」

「次期公爵候補」

「リリス様は用済みの捨て駒」

心ない貴族たちの囁きが、回廊を歩くたびにカシリアの耳にこびりついて離れない。

オレのせいだ。

オレが彼女の腕を知らずに、気軽に雑魚扱いで戦わせたから。

オレが剣術でエリナに負け、やむを得ず彼女を招き入れたから。

その代償を、すべてリリス一人が背負わされている。

『ガーナー領にて発生した不幸な火災につきまして、ご心配をおかけし申し訳ございません。ですが、どうぞご安心ください』

カシリアは唇を噛み締めた。

謝るべきはオレの方だ。

君が火災に見舞われ、民の飢えに直面している時、オレはここで何をしていただろうか。

エリナと剣を交えていた。

『失われたものは多いですが、それ以上に私たちは多くのものを得ました。民は悲しみを乗り越え、かつてない結束力で復興へと歩み出しております。彼らの瞳には、絶望ではなく希望の灯火が宿っております』

手紙に綴られた言葉は、あまりにも力強く、そして清らかだった。

カシリアは息を吐き、天井を見上げた。

リリス。

君は、なんて強い人なんだ。

絶望的な状況下にあっても、民を導き、希望を見出している。

『殿下の慈悲深いご支援があったからこそ、私たちは立ち上がることができました。この地が再び黄金に輝く日も、そう遠くはないでしょう』

文字が滲んで見える。

支援金など、君の苦労に比べれば微々たるものだ。

それなのに君は、オレへの感謝と、変わらぬ忠誠を綴ってくる。

この手紙に嘘はない。

読めば読むほど、自分の罪の重さに押し潰されてしまいそうだ。

リリスは完璧だ。

完璧な婚約者であり、完璧な聖女だ。

その「完璧さ」が、彼女自身の血を流す努力の上に成り立っている仮面だとは気づかずに、カシリアはその美しさに縋り付いた。

『……貴方様の婚約者として恥じぬよう、引き続きこの身を捧げる所存です』

最後の一文を読み終えた時、カシリアの中で何かが定まった。

彼は手紙を丁寧に折りたたみ、引き出しの最も大切な場所にしまった。

そこには、エリナに関する報告書は入れない。

「……守らなければ」

カシリアは独り言ちた。

リリスがこれほどまでに気高く振る舞っているのだ。

オレもまた、彼女に相応しい「完璧な王子」であらねばならない。

カシリアは立ち上がり、姿見の前で乱れた襟元を正した。

鏡の中の自分は、青ざめてはいるが、王族としての威厳を取り繕っている。

社交界の噂など、オレが揉み消してやる。

リリスが戻ってくる場所は、オレの隣しかないのだと、世界に知らしめなければならない。

「ビアンナ」

カシリアは呼び鈴を鳴らし、控えていた近衛騎士を呼んだ。

扉が開き、ビアンナが入室してくる。

「タロシア公爵家に関する流言飛語について、取り締まりを強化する。……出所を特定し、厳罰に処せ」

「はっ」

でもカシリアは知っている。

小貴族にこの手は通じても、顕著な大貴族の行動を止めることなど、例え自分でも不可能。

厄介なことになった。