轟音と共に、備蓄庫の巨大な梁が焼け落ちた。
舞い上がった火の粉は、夜空の星さえも焼き尽くすかのように赤く輝き、降り注ぐ。
熱波が広場を支配し、人々の悲鳴と怒号が渦巻く。
バケツの水など、焼け石に水滴を落とすに等しい。
乾燥しきった藁と木屑、そしてリリスが用意させた可燃性の「ゴミ」たちは、餓えた獣のように酸素を貪り、猛り狂っていた。
もはや、それは火災ではない。
一つの時代の終わりを告げる、葬送の火であった。
「ああああぁっ!私の……私の民の糧が!」
ガロスの絶叫が、炎の爆ぜる音を切り裂いて響いた。
彼は獣のような力で身をよじり、拘束する騎士たちを振り解こうともがく。
その瞳は焦点が合わず、ただ燃え盛る倉庫の一点に釘付けになっている。
あの中には、彼が十年かけて積み上げた「善意」が詰まっているはずだった。
飢えを知らぬように、寒さに凍えぬように。
父が子を守るように蓄えた、慈悲の結晶。
それが今、音を立てて崩れ去ろうとしている。
「放せ!放してくれ!まだ……まだ奥の部屋なら!」
「なりません、閣下!」
タロシア家の騎士たちは無表情に、しかし鉄のような腕でガロスを地面に押さえつけた。
彼らは知っている。
あの中に守るべきものなど、最初から何一つないことを。
あるのは、燃えるために運び込まれた塵芥だけであることを。
ガロスは膝をつき、煤けた石畳に額を擦り付けた。
「頼む……誰か、誰か消してくれ……神よ……」
その背中は小さく震え、威厳ある領主の姿はどこにもなかった。
ただ、すべてを失った老人の、惨めな嗚咽だけが残された。
「水を絶やすな!壁を濡らしなさい!延焼を防ぐのです!」
リリスの声が枯れるほどに響く。
彼女はバケツリレーの列の先頭に立ち、自ら水を汲み、炎へ向かって浴びせかけていた。
純白だったドレスは泥と煤で黒く染まり、桜色の髪は汗で頬に張り付いている。
その姿は、痛々しくも美しい。
絶望的な状況に抗う、悲劇の乙女。
領民たちはその姿に鼓舞され、涙を流しながら水を運び続ける。
「リリス様が……あんなにか細い腕で……」
「俺たちも続くんだ!領主様の食糧を守れ!」
彼らの叫びが、リリスの耳に届く。
そのたびに、彼女の胸の奥で、冷たい刃が心臓をひと突きする。
ごめんなさい
リリスは心の中で謝罪を繰り返した。
守る価値などないのです。貴方たちが信じているのは、腐った幻想なのです
彼女がバケツの水を炎に投じるたび、水は瞬時に蒸発し、白い蒸気となって消える。
彼女は知っている。
どれだけ水をかけても、この火は消えない。
消してはならない。
骨組み一本残さず、完全に灰に還さなければ、私の嘘が露見する。
「……燃えなさい」
喧騒に紛れ、リリスは唇だけで呟いた。
その瞳は、涙で潤んでいるように見えたが、その奥底にある光は、目の前の炎よりも冷たく、暗かった。
やがて、決定的な瞬間が訪れた。
建物を支えていた主柱が、断末魔のような音を立てて折れる。
屋根が崩落し、大量の火の粉と黒煙がきのこ雲のように噴き上がった。
ドオオォン……!
地響きと共に、備蓄庫は完全な瓦礫の山へと変わった。
一瞬、世界から音が消えた。
誰もが手を止め、呆然と目の前の光景を見つめる。
あるのは、赤々と燃え続ける残骸と、立ち昇る黒い煙だけ。
食糧は、すべて燃えた。
「……終わった」
誰かが呟いた。
その言葉は、波紋のように広がり、深い絶望となって人々を覆った。
ガロスは力尽きたように脱力し、騎士の腕の中で動かなくなった。
その目は虚空を見つめ、魂が抜け落ちたかのように光を失っている。
リリスは、ふらりとその場に膝をついた。
演技ではない。
極度の緊張と、罪の重圧が、彼女の体を内側から蝕んでいた。
手のひらに伝わる石畳の熱さ。
鼻孔を突く焦げ臭い匂い。
これが、私が選んだ道の結果。
破滅への善意を殺し、偽りの希望を焼き払い、絶望の上に新しい秩序を築く。
リリスは顔を上げ、燃え続ける炎を見据えた。
舞い上がった火の粉は、夜空の星さえも焼き尽くすかのように赤く輝き、降り注ぐ。
熱波が広場を支配し、人々の悲鳴と怒号が渦巻く。
バケツの水など、焼け石に水滴を落とすに等しい。
乾燥しきった藁と木屑、そしてリリスが用意させた可燃性の「ゴミ」たちは、餓えた獣のように酸素を貪り、猛り狂っていた。
もはや、それは火災ではない。
一つの時代の終わりを告げる、葬送の火であった。
「ああああぁっ!私の……私の民の糧が!」
ガロスの絶叫が、炎の爆ぜる音を切り裂いて響いた。
彼は獣のような力で身をよじり、拘束する騎士たちを振り解こうともがく。
その瞳は焦点が合わず、ただ燃え盛る倉庫の一点に釘付けになっている。
あの中には、彼が十年かけて積み上げた「善意」が詰まっているはずだった。
飢えを知らぬように、寒さに凍えぬように。
父が子を守るように蓄えた、慈悲の結晶。
それが今、音を立てて崩れ去ろうとしている。
「放せ!放してくれ!まだ……まだ奥の部屋なら!」
「なりません、閣下!」
タロシア家の騎士たちは無表情に、しかし鉄のような腕でガロスを地面に押さえつけた。
彼らは知っている。
あの中に守るべきものなど、最初から何一つないことを。
あるのは、燃えるために運び込まれた塵芥だけであることを。
ガロスは膝をつき、煤けた石畳に額を擦り付けた。
「頼む……誰か、誰か消してくれ……神よ……」
その背中は小さく震え、威厳ある領主の姿はどこにもなかった。
ただ、すべてを失った老人の、惨めな嗚咽だけが残された。
「水を絶やすな!壁を濡らしなさい!延焼を防ぐのです!」
リリスの声が枯れるほどに響く。
彼女はバケツリレーの列の先頭に立ち、自ら水を汲み、炎へ向かって浴びせかけていた。
純白だったドレスは泥と煤で黒く染まり、桜色の髪は汗で頬に張り付いている。
その姿は、痛々しくも美しい。
絶望的な状況に抗う、悲劇の乙女。
領民たちはその姿に鼓舞され、涙を流しながら水を運び続ける。
「リリス様が……あんなにか細い腕で……」
「俺たちも続くんだ!領主様の食糧を守れ!」
彼らの叫びが、リリスの耳に届く。
そのたびに、彼女の胸の奥で、冷たい刃が心臓をひと突きする。
ごめんなさい
リリスは心の中で謝罪を繰り返した。
守る価値などないのです。貴方たちが信じているのは、腐った幻想なのです
彼女がバケツの水を炎に投じるたび、水は瞬時に蒸発し、白い蒸気となって消える。
彼女は知っている。
どれだけ水をかけても、この火は消えない。
消してはならない。
骨組み一本残さず、完全に灰に還さなければ、私の嘘が露見する。
「……燃えなさい」
喧騒に紛れ、リリスは唇だけで呟いた。
その瞳は、涙で潤んでいるように見えたが、その奥底にある光は、目の前の炎よりも冷たく、暗かった。
やがて、決定的な瞬間が訪れた。
建物を支えていた主柱が、断末魔のような音を立てて折れる。
屋根が崩落し、大量の火の粉と黒煙がきのこ雲のように噴き上がった。
ドオオォン……!
地響きと共に、備蓄庫は完全な瓦礫の山へと変わった。
一瞬、世界から音が消えた。
誰もが手を止め、呆然と目の前の光景を見つめる。
あるのは、赤々と燃え続ける残骸と、立ち昇る黒い煙だけ。
食糧は、すべて燃えた。
「……終わった」
誰かが呟いた。
その言葉は、波紋のように広がり、深い絶望となって人々を覆った。
ガロスは力尽きたように脱力し、騎士の腕の中で動かなくなった。
その目は虚空を見つめ、魂が抜け落ちたかのように光を失っている。
リリスは、ふらりとその場に膝をついた。
演技ではない。
極度の緊張と、罪の重圧が、彼女の体を内側から蝕んでいた。
手のひらに伝わる石畳の熱さ。
鼻孔を突く焦げ臭い匂い。
これが、私が選んだ道の結果。
破滅への善意を殺し、偽りの希望を焼き払い、絶望の上に新しい秩序を築く。
リリスは顔を上げ、燃え続ける炎を見据えた。
