突如、夜空を焦がすような轟音が広場を揺るがした。
陽動の火災現場へ人々が群がる背後で、本命の備蓄庫から巨大な火柱が立ち昇った。
乾燥しきった偽の穀物と、長年眠っていた古い木材が一気に爆ぜる。
その熱量は凄まじく、離れた場所にいるリリスの肌すらも焼くほどだった。
「あ……ああ……!」
ガロスが足を止める。
その視線の先で、彼の人生そのものである備蓄庫が、紅蓮の炎に飲み込まれていた。
彼の瞳孔が開く。
口が半開きになり、喉の奥から空気が漏れる音がする。
「私の……民の食糧が……!」
ガロスは絶叫し、炎へ向かって駆け出した。
理性などない。
あるのは、守るべきものを失う恐怖と、本能的な拒絶だけ。
彼は燃え盛る入り口へ手を伸ばし、自らの身を火中へ投じようとする。
「ダメです、ガロス卿!」
リリスの叫び声が響くより早く、彼女の目配せを受けたタロシア家の騎士たちが動いた。
「放せ!中にはまだ……まだ燃えていないものが!」
ガロスが暴れる。
大男の腕力が、今はただの錯乱した暴力となって空を切る。
騎士たちは無言で彼を取り押さえ、その腕を背後でねじ上げた。
「ぐ……っ!リリス様、命令を!彼らに放すよう命令を!」
ガロスがリリスを見る。
その目は血走り、涙と煤で汚れている。
救いを求める子供のような目。
リリスはドレスの裾を握りしめ、冷ややかな視線で見下ろした。
「……拘束しなさい」
彼女の声は低く、そして絶対的だった。
「領主を死なせるわけにはいきません。安全な場所へ運び、決して離さないように」
「な……リリス、様……?」
ガロスが絶望の色を浮かべて崩れ落ちる。
騎士たちは彼を引きずり、後方へと下がっていった。
リリスはその光景から目を逸らし、燃え盛る倉庫を直視した。
「全員、こちらへ!備蓄庫を救うのです!」
リリスは群衆に向かって叫んだ。
その指示に従い、人々はバケツリレーの列を組み直し、燃え盛る倉庫へと水を浴びせかける。
ジュウウウッ!
水が蒸発する音が虚しく響く。
火勢は衰えるどころか、夜風を吸い込んでさらに強まっていた。
中身の大半は枯れ葉と木屑だ。
一度火がつけば、燃え尽きるまで止まらない。
人々は煤まみれになりながら、必死に水を運び続ける。
「頑張れ!まだ間に合う!」
「俺たちの冬を、燃やさせるな!」
悲痛な叫び声。
リリスはその中心に立ち、自身もバケツを受け取って水を撒いた。
冷たい水が、熱された石壁に当たって弾ける。
無意味だ。
分かっている。
これは消火活動ではない。
完全なる焼失を確定させるための、時間稼ぎの儀式だ。
リリスの白い腕は泥と煤で汚れ、ドレスは見る影もない。
だが、その瞳だけは、炎を映して赤く、鋭く輝いていた。
燃えなさい。全て
リリスは心の中で繰り返した。
目の前で崩れ落ちる屋根。
舞い上がる火の粉。
それは、ガロス卿の善意の残骸であり、ナミスの希望の灰だ。
熱波が顔を打つたびに、罪悪感が焼印のように胸に押し付けられる。
苦しい。
息をするたびに、肺が灰で満たされるようだ。
けれど、止められない。
ここで火を消してしまえば、中身が偽物であることが露呈する。
完全に、痕跡もなく焼き尽くさなければならない。
「リリス様、もう……もう無理です!」
一人の若者が泣き叫んだ。
「水が足りない!火が強すぎる!」
リリスは彼の方を向き、毅然と言い放った。
「諦めてはいけません!最後の一滴まで、抗うのです!」
陽動の火災現場へ人々が群がる背後で、本命の備蓄庫から巨大な火柱が立ち昇った。
乾燥しきった偽の穀物と、長年眠っていた古い木材が一気に爆ぜる。
その熱量は凄まじく、離れた場所にいるリリスの肌すらも焼くほどだった。
「あ……ああ……!」
ガロスが足を止める。
その視線の先で、彼の人生そのものである備蓄庫が、紅蓮の炎に飲み込まれていた。
彼の瞳孔が開く。
口が半開きになり、喉の奥から空気が漏れる音がする。
「私の……民の食糧が……!」
ガロスは絶叫し、炎へ向かって駆け出した。
理性などない。
あるのは、守るべきものを失う恐怖と、本能的な拒絶だけ。
彼は燃え盛る入り口へ手を伸ばし、自らの身を火中へ投じようとする。
「ダメです、ガロス卿!」
リリスの叫び声が響くより早く、彼女の目配せを受けたタロシア家の騎士たちが動いた。
「放せ!中にはまだ……まだ燃えていないものが!」
ガロスが暴れる。
大男の腕力が、今はただの錯乱した暴力となって空を切る。
騎士たちは無言で彼を取り押さえ、その腕を背後でねじ上げた。
「ぐ……っ!リリス様、命令を!彼らに放すよう命令を!」
ガロスがリリスを見る。
その目は血走り、涙と煤で汚れている。
救いを求める子供のような目。
リリスはドレスの裾を握りしめ、冷ややかな視線で見下ろした。
「……拘束しなさい」
彼女の声は低く、そして絶対的だった。
「領主を死なせるわけにはいきません。安全な場所へ運び、決して離さないように」
「な……リリス、様……?」
ガロスが絶望の色を浮かべて崩れ落ちる。
騎士たちは彼を引きずり、後方へと下がっていった。
リリスはその光景から目を逸らし、燃え盛る倉庫を直視した。
「全員、こちらへ!備蓄庫を救うのです!」
リリスは群衆に向かって叫んだ。
その指示に従い、人々はバケツリレーの列を組み直し、燃え盛る倉庫へと水を浴びせかける。
ジュウウウッ!
水が蒸発する音が虚しく響く。
火勢は衰えるどころか、夜風を吸い込んでさらに強まっていた。
中身の大半は枯れ葉と木屑だ。
一度火がつけば、燃え尽きるまで止まらない。
人々は煤まみれになりながら、必死に水を運び続ける。
「頑張れ!まだ間に合う!」
「俺たちの冬を、燃やさせるな!」
悲痛な叫び声。
リリスはその中心に立ち、自身もバケツを受け取って水を撒いた。
冷たい水が、熱された石壁に当たって弾ける。
無意味だ。
分かっている。
これは消火活動ではない。
完全なる焼失を確定させるための、時間稼ぎの儀式だ。
リリスの白い腕は泥と煤で汚れ、ドレスは見る影もない。
だが、その瞳だけは、炎を映して赤く、鋭く輝いていた。
燃えなさい。全て
リリスは心の中で繰り返した。
目の前で崩れ落ちる屋根。
舞い上がる火の粉。
それは、ガロス卿の善意の残骸であり、ナミスの希望の灰だ。
熱波が顔を打つたびに、罪悪感が焼印のように胸に押し付けられる。
苦しい。
息をするたびに、肺が灰で満たされるようだ。
けれど、止められない。
ここで火を消してしまえば、中身が偽物であることが露呈する。
完全に、痕跡もなく焼き尽くさなければならない。
「リリス様、もう……もう無理です!」
一人の若者が泣き叫んだ。
「水が足りない!火が強すぎる!」
リリスは彼の方を向き、毅然と言い放った。
「諦めてはいけません!最後の一滴まで、抗うのです!」
