罪人令嬢は、二度目の人生でも幸せになれない~誰にも愛されていないと信じたまま、私はまた笑う~

またの日。

リリスは病室の椅子に腰を下ろし、膝の上で手を重ねた。

窓から差し込む午後の光が、彼女の銀髪を透かし、部屋の淀んだ空気を切り裂くように降り注いでいる。

ナミスは枕に頭を預けたまま、吸い込まれるような瞳で彼女を見つめていた。

その視線には、疑いの色など微塵もない。

あるのは、女神を仰ぐような、痛々しいほどの崇拝と信頼だけだ。

「ナミス、今日は市場の再建案について、少し進展がありましたの」

リリスは手元の羊皮紙を広げた。

そこには、緻密な図面と数値が並んでいる。

新しい交易ルートの開拓、特産品である薬草のブランド化、そして街道の整備計画。

どれもが論理的で、希望に満ちた青写真だ。

だが、そのすべてが虚構である。

この紙に描かれた未来図は、リリスが夜なべをして書き上げた「夢物語」に過ぎない。

彼女が本当に実行しようとしているのは、破壊と灰燼から始まる、もっと血なまぐさい現実だ。

「……ガロス卿とも相談し、まずは備蓄庫の管理体制を見直すことから始めようと思っています。これで、冬の間の食料配給も、より効率的になるはずですわ」

滑らかな舌が、甘い毒のような嘘を紡ぐ。

ナミスは弱々しく頷き、その頬に一筋の涙が伝った。

「……ありがとうございます、リリス様」

ナミスの声が震えた。

彼はシーツの上から、リリスの手を求めて指を伸ばした。

骨と皮ばかりになった、痩せた手。

かつて剣を握り、リリスを地獄から救い出した強靭な手は、今は枯れ木のように脆い。

リリスはその手を、自らの白く滑らかな手で包み込んだ。

温かい。

その体温が、リリスの皮膚を通して、心臓へと直接突き刺さる。

「貴女は、我が領の……いいえ、私の希望です」

ナミスは言葉を絞り出した。

「体が動かず、父の補佐もできない不甲斐ない私の代わりに……貴女のような方が、こうして領民のために尽くしてくださる。……神に感謝します」

その言葉の一つ一つが、鋭利な刃物となってリリスの良心を切り刻む。

彼は信じているのだ。

目の前の少女が、清らかな慈愛を持ってこの地を救おうとしていると。

まさか彼女が、彼が守ろうとした食糧庫を焼き払い、父ガロスの権威を失墜させ、恐怖によって民を支配しようと画策しているなどとは、夢にも思わないだろう。

「……大袈裟ですわ、ナミス」

リリスは微笑んだ。

口角を完璧な角度に引き上げ、聖女の仮面を貼り付ける。

「私はただ、カシリア殿下の婚約者として、恥じぬ振る舞いをしているだけ。……それに、貴方は私の命の恩人ですもの。これくらいの恩返し、当然ですわ」

嘘だ。

恩返しではない。

これは、貴方から全てを奪うための準備なのだ。

リリスは彼の手を握る力を、少しだけ強めた。

その感触に、ナミスは安らぎを覚えたように目を細める。

もし、真実を告げればどうなるか。

『私は貴方の父上のやり方を否定し、すべてを壊します』と言えば。

彼は絶望し、私を軽蔑し、そして自らの無力を呪いながら、朽ちていくだろう。

清廉な彼に、汚れた現実を見せてはならない。

彼はこの薄暗い部屋の中で、美しい夢を見たまま眠っていればいい。

「……どうか、安心して休んでくださいね」

リリスはもう片方の手で、ナミスの乱れた前髪を優しく撫でた。

「貴方が目覚める頃には、きっと全てが良い方向へ変わっていますから」

「はい……信じています、リリス様」

ナミスは幸福そうに微笑み、ゆっくりと瞼を閉じた。

その寝顔は、母に守られた幼児のように無垢だった。

リリスはその顔を見つめ続け、胸の奥で湧き上がる嘔吐感を必死に抑え込んだ。

病室を出て、扉を閉めた瞬間、リリスの膝から力が抜けた。

冷たい石壁に背中を預け、ズルズルと座り込む。

呼吸が荒い。

心臓が早鐘を打っている。

自分の手が、ひどく汚れているような気がした。

「……っ、う……」

喉の奥から、嗚咽が漏れそうになるのを手で押し留める。

私は、なんて酷い女なのだろう。

彼を利用し、欺き、その信頼を踏み台にして、自分の欲望を満たそうとしている。

カシリア殿下の隣に立つ資格など、やはり私にはないのかもしれない。

けれど、もう止まれない。

ナミスのあの純粋な笑顔を守るには、彼を「排除」するしかないのだ。

この矛盾こそが、私に課された罰なのだろうか。