罪人令嬢は、二度目の人生でも幸せになれない~誰にも愛されていないと信じたまま、私はまた笑う~

ナミスは寝台の上で、力のない、けれど安心させるような微笑みを浮かべていた。

「ご心配には及びません、リリス様。……医師の話では、車椅子があれば移動も可能とのこと。あと一月もすれば歩けるようになり、三月もあれば完全に回復すると」

その声は枯れ枝のように脆かったが、私を気遣う響きに満ちいていた。

「騎士としては、為すべきことをしたまでです。貴方様が無事であれば、この身の傷など勲章に過ぎません」

私は胸の前で手を組み、安堵の吐息を漏らした。

「……良かった。本当に、良かった」

言葉とは裏腹に、心臓は冷たい鎖で締め上げられるように痛んだ。

彼が「為すべきこと」と言い切るその献身が、私の愚かさを際立たせる。

私の不注意が、未来ある若者の肉体を一時的とはいえ奪い、病床に縛り付けたのだ。

「でも、貴方にこれほどの痛みを強いたのは、私の過ちです。……後で父に連絡し、十分な療養金を請求させますわ」

せめてもの償いとして、金銭的な補償を申し出る。

しかし、ナミスは首を横に振った。

「その必要もありません。カシリア殿下より、既に過分なほどの療養金を頂きました」

彼は少し恥ずかしそうに視線を落とした。

「ですが……その金は全て、領地の赤字補填に回しました。父のやり方は甘いかもしれませんが、民が飢えるのを黙って見てはいられませんので」

私は息を呑んだ。

なんという、愚直なまでの清らかさだろうか。

自身の治療や将来よりも、傾きかけた領地と民を優先する。

この親子は、魂の根底において似通っている。

あまりにも優しく、あまりにも無防備な善意。

「……そうですか。ナミスは、とてもお優しい方なのですね」

私は目を細め、聖女のような慈愛に満ちた表情を作った。

だが、その内側で、罪悪感がタールのように広がっていく。

この優しさが、この領地を殺しているのだ。

戦闘で傷つき、満足に働けなくなった者たちを「体面」という名の温床で飼い殺しにする。

それは今のナミス自身にも当てはまる。

彼もまた、このままでは「守られるべき弱者」として、この停滞した箱庭に埋もれていくことになるだろう。

私はこの領地を救うために来た。

だが、その「救済」とは何か。

それは、彼らが大切に守ってきたこの「優しい地獄」を破壊することだ。

効率を求め、利益を追求し、働けない者を切り捨てる。

それはつまり、今のナミスのような負傷者や、彼が守ろうとした弱者たちを、冷徹に選別することを意味する。

いけない。

彼は私の命の恩人だ。

彼に、私の汚い計画を知らせてはならない。

罵倒されるのは私一人でいい。

彼は、この館の奥で、清らかな領主の息子のままでいなければならない。

「……感謝します、ナミス。貴方のその心こそが、この領地の宝ですわ」

私は決意を固めた。

彼を守るために、彼を「排除」する。

私の計画に、彼の潔白な魂は邪魔だ。

「ところで、ナミス卿。領地の運営について、少し教えていただけますか?」

私は話題を変えた。

声のトーンを、世間話をするような軽やかなものに戻す。

「父君ガロス卿は、民の救済に熱心だと伺いました。具体的にはどのような備えを?」

「はい。父は……万が一の飢饉や災害に備え、北の倉庫に大量の穀物を備蓄しています。古くなったものから順に、困窮した民へ配給する仕組みです」

やはり。

「救済」という名の甘い蜜。

その倉庫こそが、領民たちの自立心を奪い、ガロスへの依存を生み出している元凶だ。

「なるほど。素晴らしい備えですわ。……それに、近々お祭りがあると聞きましたが?」

「ええ、十数日後に『豊穣の感謝祭』があります。本来は収穫を祝うものですが、近年は父が備蓄庫を開放し、民に振る舞い酒や食事を提供する場となっています」

ナミスは懐かしそうに語った。

「その日は、領民総出で広場に集まり、夜通し火を焚いて祝うのです。……私も、体が動けば参加したかったのですが」

「まあ、それは残念ですわね」

私は同情の言葉を述べつつ、脳内で冷徹なパズルを組み上げていた。

条件は揃った。

十数日後の祭り。

人々の注意が広場に向けられ、警備が手薄になる夜。

そして、ガロスの善意の象徴である「備蓄庫」。

「教えてくださってありがとう、ナミス。……少し、領内の風に当たってきますわ」

私は立ち上がり、深々と頭を下げた。

「お大事になさってください。貴方が一日も早く、その足で大地を踏みしめられるよう、祈っております」

それは嘘偽りのない本心だった。

だが、そのために私がこれから行うことは、貴方が知れば軽蔑するであろう所業だ。

部屋を出て、長い廊下を歩きながら、私は計画の全貌を描き切った。

カシリア殿下からの支援金。

これを使って、大量の「偽の食糧」を用意する。

木の葉や屑藁を袋に詰め、穀物に見せかけたものだ。

それを祭りの前日までに、人目を盗んで備蓄庫の本物の食糧とすり替える。

そして、祭りの夜。

賑やかな喧騒と焚き火の煙に紛れ、倉庫に火を放つ。

自然発火、あるいは不審火として処理すればいい。

倉庫は激しく燃え上がり、中身は灰燼に帰す。

そうすれば、どうなるか。

「備蓄食糧の焼失」という緊急事態が発生する。

ガロス卿の善意の源泉は断たれ、領地は一夜にして飢餓の危機に瀕するだろう。

そこで、私が「王家からの特使」として、新たな救済策を提示する。

ただし、それは無償の施しではない。

労働と競争を条件とした、厳しい復興支援だ。

食糧がない以上、民は私の提示する条件を飲むしかない。

ガロス卿も、自身の管理不足で備蓄を失った責任を感じ、私の改革案に反対できなくなる。

そして、すり替えた本物の食糧は、秘密裏に市場へ流し、あるいは労働の対価として少しずつ配給する。

「……完璧ですわ」

残酷だ。

民の安らぎを焼き払い、恐怖と飢えを利用して支配する。

悪役令嬢そのものの所業。

けれど、これでいい。

ナミスが「優しい領主の息子」として清らかに眠っている間に、私はこの領地を地獄の業火で焼き清め、黄金を生む土壌へと変えてみせる。