罪人令嬢は、二度目の人生でも幸せになれない~誰にも愛されていないと信じたまま、私はまた笑う~

カシリアは土埃を払い、ゆっくりと立ち上がった。

右腕の関節には、まだ鈍い痺れが残っている。

痛みよりも鮮烈なのは、背中に感じる視線の重さだ。

周囲を取り囲む学生たち、騎士候補生たち。

彼らの瞳には、畏怖と、そして抑えきれない好奇の色が浮かんでいる。

「……」

カシリアは無言でエリナを見下ろした。

彼女は乱れた金髪をかき上げ、小柄な体躯からは想像もつかないほどの存在感を放ちながら、不敵に立っている。

勝者としての余裕。

彼女をこのまま放逐すればどうなるか。

「王太子を倒した無名の女剣士」として、噂は瞬く間に広まるだろう。

尾ひれがつき、やがてそれは「タロシア公爵の隠し子」という真実へと人々を導く灯火となる。

リリスが必死に守ろうとした秘密。

公爵家の、そしてリリス自身の名誉が、白日の下に晒される。

それは避けなければならない。

だが、ここで彼女を捕縛し、不敬罪として処断すればどうなる。

王族の横暴、敗北を認めぬ狭量な王子として、求心力を失うだろう。

何より、目の前のこの獣のような少女の才能を、カシリア自身が惜しんでいる。

帝国に対抗するための最強のカードが、今、手元にあるのだ。

毒か、薬か。

カシリアは深く息を吸い込んだ。

肺に満ちる鉄と土の匂いが、思考を冷徹なものへと変えていく。

カシリアは右手を挙げ、ざわめく群衆を制した。

静寂が戻る。

彼はエリナに向き直り、その青い瞳で彼女を射抜いた。

「……見事だ」

低く、よく通る声が響く。

「型破りではあるが、実戦における強さは本物だ。我が国の騎士道にはない、生存への執念……それこそが、今の我々に欠けているものかもしれない」

カシリアは一歩、エリナに近づいた。

「エリナ・タロシア」

小声で、彼女にだけ聞こえるように名を呼ぶ。

エリナの眉がピクリと動く。

「お前のその腕、国のために使う気はないか」

「……給料は弾んでくれるんですか?」

エリナもまた、小声で、しかし即座に切り返してきた。

カシリアの口元が、微かに歪む。

この状況で金の話か。

リリスとは違う。

あまりにも違いすぎる。

だが、その俗物的なまでの正直さが、今は心地よい。

「ああ。……その代わり、私の目が届く範囲で暴れろ。勝手な真似は許さん」

カシリアは声を張り上げた。

「皆、聞け!このエリナを、対帝国特別戦闘指南役に任命する!彼女の戦い方は野蛮に見えるかもしれないが、実戦では綺麗事など通用しない。帝国の猛者たちと渡り合うため、彼女から泥臭さを学べ!」

宣言と共に、訓練場は再び大きな歓声に包まれた。

「指南役だって!?」

「すげぇ、女が教官かよ!」

「でもあの強さだ、文句ねぇよ!」

学生たちは単純だ。

強き者を称え、新たな英雄の誕生に熱狂する。

エリナは驚いたように目を丸くした後、ニッと歯を見せて笑った。

「了解です、殿下!ビシバシ鍛えてあげますよ、この温室育ちたちを!」

彼女は群衆に向かって手を振り、その姿は既に「場の中心」となっていた。

カシリアはその光景を見つめながら、拳を強く握りしめた。

賽は投げられた。

彼女を認めることで、タロシア家の秘密という爆弾の導火線に、自ら火をつけたのだ。

歓声の渦の中で、カシリアは一人、孤独な王の顔をして立ち尽くしていた。