逢魔が時、斜陽の光が町を穏やかに照らし、目に映る景色はぼんやりと黄金色に染まっていく。
次々と灯る明かりがきらめき、かつて見たことのない美しさが一瞬にして広がった。
王都が、こんなに綺麗だったなんて――
夜の町をふらふらと歩くのは何年ぶりだろう。
幼いころ、母上と父上と町を歩くのが好きだったけれど、残念ながら、王都をひとりで歩くのはこれが初めてだ。
星に包まれたように美しい景色に気分が明るくなり、目的もなくただ雰囲気を楽しもうとあちこち歩き回る。
いつか父上や殿下と一緒に歩けるだろうか――そんなことは、今は考えなくていい。
せっかくの時間だ。
今こそ思い切り楽しもう。
すると、きらきらと光るアクセサリー店が目に留まった。
デザインが豊富で、私のセンスに合いそうだ。
幼い頃から宝石が好きだったし、たまには自分で選んで買ってみたい。
家には数え切れないほどのアクセサリーがあるけれど、多くはデザイナーが作ったものばかりで、自分で街で買ったものはほとんどないのだ。
まずは財布の中身を確かめようと、スカートのポケットから財布を取り出して数える。
8金貨――王都で買い物をしたことはないが、多分足りるだろう。
さあ行こう、と一歩踏み出した瞬間、後ろからドンとぶつかられて、バランスを崩して倒れた。
「いたっ!」
誰だ、よくも私にぶつかるなんて――と怒りをこめて振り返ると、相手は平民に見える老婆で、反対側に倒れていた。
怒りはあるが、相手は老人だ。
とがめ立てする気にはなれない。
立ち上がって作り笑いを作り、手を差し伸べる。
「大丈夫ですか?急ぐと怪我しますよ。立てますか?」
「ほ、本当に申し訳ございません、貴族様。用事で急いでおりまして……」
「いいのよ。気をつけて。」
老婆はそう言うと、急ぎ足で去っていった。
何か言ってあげたかったが、相手は老人だし、周りに貴族がいたら面倒になるだけだ。
気を取り直して店に入ろうとすると、違和感があった。
財布が――ない。
落としたかと地面を見回すが見当たらない。
ということは……さっきの老婆に盗られたのか?
老婆の行った方向を見ると、路地へ入っていくのが見えた。
もう年寄りだし、それほど遠くには行っていない。
私も急いで追いかけた。
路地に入ると唐突に暗くなり、両側にゴミが積まれて腐った臭気が漂っていた。
王都の華やかさはここには届かない。
「はぁ、はぁ」――少し走っただけで息が上がる。老婆一人なら怖くはない。だが、路地は袋小路になっているらしい。老婆は立ち止まり、財布の中身を確かめているようだった。私はゴミに触れないよう注意しながら慎重に近づく。
「あなた! 自分が何をしたか分かってるの?それは私の財布よ。これ以上進まないで、素直に返しなさい。そうすれば今回は許してあげる」
衛兵を呼んだら逃げられてしまうかもしれない。
冷静に説得して返させ、後で通報すればいい――そう思って声を張ると、老婆は突然嗤い出した。
「ヒヒヒヒ……金貨じゃ!金貨じゃ!」
意味が分からない。
平民が貴族を恐れないのだろうか。
あり得ない――何かおかしい。
背筋が寒くなり、距離を取る。
「ここは王都だよ?私が衛兵を呼べばどうなるか分かってるでしょ」
「ひゃはは、まさか貴族が一人で追いかけてくるとはな。財布を盗まれたら普通は衛兵を呼ぶだろうに」
言葉の調子がおかしい。
罠かもしれない――そう直感して逃げようとした瞬間、入口が何かに塞がれ、周囲は真っ暗になった。
「えっ!?」
前を塞いでいるのは、汚れた服を着た三人の大男。
路地の入り口を固め、外からはここが見えないようにしている。
背後に共犯者がいる――気づいたときには、私は獲物になっていたのだと悟った。
冷や汗が流れ、足がすくむ。
叫べば確かに誰かが気づくだろうが、口を開く瞬間に捕まるかもしれない。
前世の牢獄で見た凶悪犯たちの視線が脳裏に甦り、恐怖が全身を包む。
頭が真っ白になり、震えが止まらない。
それでも怯えているだけと悟られたくなくて、必死に平静を装う。
「あ、あなたたち、何をしようというの!私は公爵家の娘よ!分かっているでしょう、これがどういうことか!衛兵を呼べば――!」
男の一人が嗤った。
「へえ、公爵令嬢か。道理で世間知らずだ。こりゃ美味いぜ。」
死刑だと脅しても、男たちは顔色ひとつ変えない。
逆に目が一段と邪悪になる。
逃げ道はない。
腰の力が抜け、壁にもたれて少しずつ後退するしかできない。
男たちは一歩ずつゆっくりと近づき、私の抵抗を楽しんでいるようだ。
これが前世の牢獄よりも恐ろしい場所だと、はっきり分かった。
全身の震えは止まらず、無駄な抵抗はやめるしかないと本能が囁く。
――もし目的が金なら、お金を渡せば済むのではないか。
「お金は全部渡すから、お願い、やめて。通報もしないから、離して」
震えながら懇願すると、男たちは嘲るように笑った。
後ろから老婆の嗤い声がして、首筋に冷たい金属が触れた。
「――っ!」
振り向くと、老婆の手に短い鋭いナイフがあり、それが私の首筋に押し当てられていた。
反抗すれば首を切られるのだ。
絶望が全身を覆い、こらえてきた表情が崩れ始める。
心臓は激しく打ち、身体は固まって動けない。
入口の光は、男たちの体によって遮られ、暗闇が増す。
首筋のナイフの先だけがかすかに光を反射している。
逃げられない運命が前世の繰り返しのように迫る。
凶悪な目で私を見据える彼らの笑い声は、無数の針のように心を刺した。
「婆さん、見ろよ。お嬢ちゃんのアクセサリー、いいもんつけてるぜ」
「全部出せ、頼む。お願い、やめて」
涙が溢れ、汚い手を振り払おうとするが、すぐに押さえつけられる。
どうすればいいのか分からない。
怖くて、でも何もできない。
助けてと叫びたいが、声は喉に詰まる。
「こりゃ絶世の美人だぜ。隣国に売れば高く売れる」
「やめてください、お願いです。お金ならいくらでも出しますから」
しかし男たちの行為はやまない。
老婆がナイフを振りかざし、男たちに指示する。
「お嬢さんは大事な商品だ。壊すんじゃないぞ。処女は絶対に奪うなよ」
「へえ、上の口でも味見できれば十分だな」
彼らの笑い声は凍りつくように冷たい。
全身が痛み、逃げ場はない。
前世で奇跡的に救われたことが、今は無意味に思える。
逃れられない運命。
誰にも必要とされない私――「リリス」。
そうだ、私がいなければ皆は幸せになれるのだろう。
抵抗を諦め、ただ静かに泣きながら、迫る終焉を待つしかなかった。
次々と灯る明かりがきらめき、かつて見たことのない美しさが一瞬にして広がった。
王都が、こんなに綺麗だったなんて――
夜の町をふらふらと歩くのは何年ぶりだろう。
幼いころ、母上と父上と町を歩くのが好きだったけれど、残念ながら、王都をひとりで歩くのはこれが初めてだ。
星に包まれたように美しい景色に気分が明るくなり、目的もなくただ雰囲気を楽しもうとあちこち歩き回る。
いつか父上や殿下と一緒に歩けるだろうか――そんなことは、今は考えなくていい。
せっかくの時間だ。
今こそ思い切り楽しもう。
すると、きらきらと光るアクセサリー店が目に留まった。
デザインが豊富で、私のセンスに合いそうだ。
幼い頃から宝石が好きだったし、たまには自分で選んで買ってみたい。
家には数え切れないほどのアクセサリーがあるけれど、多くはデザイナーが作ったものばかりで、自分で街で買ったものはほとんどないのだ。
まずは財布の中身を確かめようと、スカートのポケットから財布を取り出して数える。
8金貨――王都で買い物をしたことはないが、多分足りるだろう。
さあ行こう、と一歩踏み出した瞬間、後ろからドンとぶつかられて、バランスを崩して倒れた。
「いたっ!」
誰だ、よくも私にぶつかるなんて――と怒りをこめて振り返ると、相手は平民に見える老婆で、反対側に倒れていた。
怒りはあるが、相手は老人だ。
とがめ立てする気にはなれない。
立ち上がって作り笑いを作り、手を差し伸べる。
「大丈夫ですか?急ぐと怪我しますよ。立てますか?」
「ほ、本当に申し訳ございません、貴族様。用事で急いでおりまして……」
「いいのよ。気をつけて。」
老婆はそう言うと、急ぎ足で去っていった。
何か言ってあげたかったが、相手は老人だし、周りに貴族がいたら面倒になるだけだ。
気を取り直して店に入ろうとすると、違和感があった。
財布が――ない。
落としたかと地面を見回すが見当たらない。
ということは……さっきの老婆に盗られたのか?
老婆の行った方向を見ると、路地へ入っていくのが見えた。
もう年寄りだし、それほど遠くには行っていない。
私も急いで追いかけた。
路地に入ると唐突に暗くなり、両側にゴミが積まれて腐った臭気が漂っていた。
王都の華やかさはここには届かない。
「はぁ、はぁ」――少し走っただけで息が上がる。老婆一人なら怖くはない。だが、路地は袋小路になっているらしい。老婆は立ち止まり、財布の中身を確かめているようだった。私はゴミに触れないよう注意しながら慎重に近づく。
「あなた! 自分が何をしたか分かってるの?それは私の財布よ。これ以上進まないで、素直に返しなさい。そうすれば今回は許してあげる」
衛兵を呼んだら逃げられてしまうかもしれない。
冷静に説得して返させ、後で通報すればいい――そう思って声を張ると、老婆は突然嗤い出した。
「ヒヒヒヒ……金貨じゃ!金貨じゃ!」
意味が分からない。
平民が貴族を恐れないのだろうか。
あり得ない――何かおかしい。
背筋が寒くなり、距離を取る。
「ここは王都だよ?私が衛兵を呼べばどうなるか分かってるでしょ」
「ひゃはは、まさか貴族が一人で追いかけてくるとはな。財布を盗まれたら普通は衛兵を呼ぶだろうに」
言葉の調子がおかしい。
罠かもしれない――そう直感して逃げようとした瞬間、入口が何かに塞がれ、周囲は真っ暗になった。
「えっ!?」
前を塞いでいるのは、汚れた服を着た三人の大男。
路地の入り口を固め、外からはここが見えないようにしている。
背後に共犯者がいる――気づいたときには、私は獲物になっていたのだと悟った。
冷や汗が流れ、足がすくむ。
叫べば確かに誰かが気づくだろうが、口を開く瞬間に捕まるかもしれない。
前世の牢獄で見た凶悪犯たちの視線が脳裏に甦り、恐怖が全身を包む。
頭が真っ白になり、震えが止まらない。
それでも怯えているだけと悟られたくなくて、必死に平静を装う。
「あ、あなたたち、何をしようというの!私は公爵家の娘よ!分かっているでしょう、これがどういうことか!衛兵を呼べば――!」
男の一人が嗤った。
「へえ、公爵令嬢か。道理で世間知らずだ。こりゃ美味いぜ。」
死刑だと脅しても、男たちは顔色ひとつ変えない。
逆に目が一段と邪悪になる。
逃げ道はない。
腰の力が抜け、壁にもたれて少しずつ後退するしかできない。
男たちは一歩ずつゆっくりと近づき、私の抵抗を楽しんでいるようだ。
これが前世の牢獄よりも恐ろしい場所だと、はっきり分かった。
全身の震えは止まらず、無駄な抵抗はやめるしかないと本能が囁く。
――もし目的が金なら、お金を渡せば済むのではないか。
「お金は全部渡すから、お願い、やめて。通報もしないから、離して」
震えながら懇願すると、男たちは嘲るように笑った。
後ろから老婆の嗤い声がして、首筋に冷たい金属が触れた。
「――っ!」
振り向くと、老婆の手に短い鋭いナイフがあり、それが私の首筋に押し当てられていた。
反抗すれば首を切られるのだ。
絶望が全身を覆い、こらえてきた表情が崩れ始める。
心臓は激しく打ち、身体は固まって動けない。
入口の光は、男たちの体によって遮られ、暗闇が増す。
首筋のナイフの先だけがかすかに光を反射している。
逃げられない運命が前世の繰り返しのように迫る。
凶悪な目で私を見据える彼らの笑い声は、無数の針のように心を刺した。
「婆さん、見ろよ。お嬢ちゃんのアクセサリー、いいもんつけてるぜ」
「全部出せ、頼む。お願い、やめて」
涙が溢れ、汚い手を振り払おうとするが、すぐに押さえつけられる。
どうすればいいのか分からない。
怖くて、でも何もできない。
助けてと叫びたいが、声は喉に詰まる。
「こりゃ絶世の美人だぜ。隣国に売れば高く売れる」
「やめてください、お願いです。お金ならいくらでも出しますから」
しかし男たちの行為はやまない。
老婆がナイフを振りかざし、男たちに指示する。
「お嬢さんは大事な商品だ。壊すんじゃないぞ。処女は絶対に奪うなよ」
「へえ、上の口でも味見できれば十分だな」
彼らの笑い声は凍りつくように冷たい。
全身が痛み、逃げ場はない。
前世で奇跡的に救われたことが、今は無意味に思える。
逃れられない運命。
誰にも必要とされない私――「リリス」。
そうだ、私がいなければ皆は幸せになれるのだろう。
抵抗を諦め、ただ静かに泣きながら、迫る終焉を待つしかなかった。
