カシリアは眉間を揉み、溜息を吐いて椅子に深く座り直した。
執務机の上には、帝国からの書簡と、スパイからもたらされた報告書が並べられている。
羊皮紙に記されたインクの文字は、無機質な事実を告げていた。
『ラペオ帝国第三王子コリンダ、来月到着予定。随行員三十名』
表向きは学術交流のための留学。
だが、その実態は相互不可侵条約を維持するための、人質交換に過ぎない。
メニア王国が帝国に王女を送る代わりに、帝国は王子を寄越す。
均衡を保つための天秤の錘だ。
だが、報告書の続きには、錘としてはあまりに重く、鋭利な事実が記されていた。
『コリンダ王子および随行の若手貴族ら、道中の野営地にて連日剣術の稽古に励む。その気迫、尋常ならざるものあり』
カシリアは報告書を机に叩きつけた。
乾いた音が室内に響く。
ザットが影のように控えている。
「……リリスの言った通りだ」
カシリアは低く唸った。
あの日、リリスは完璧な無表情でこう告げたのだ。
『彼らは国力を誇示しに来るはずです。特にコリンダ王子は、入学式で剣術試合を申し込んでくるかもしれません』
当時は、彼女のあまりに具体的すぎる予言に、不快感すら覚えた。
なぜ、会ったこともない他国の王子の思考を、そこまで読み取れるのかと。
だが、事実は彼女の言葉をなぞるように進行している。
コリンダは単なる人質として飼い殺されるつもりなど毛頭ない。
王国の心臓部である学院で、その武威を示し、我々を恫喝するつもりだ。
「リリス……」
カシリアは窓の外、彼女がいるはずの南西の空を見上げた。
君は、どこまで見えていたのだ。
その瞳には、私の知らない未来が映っていたのか。
彼女の不在が、胸に空いた穴のようにスースーと風を通す。
彼女の冷徹な知性が、今は何よりも恋しく、そして恐ろしい。
「ザット。剣術に覚えのある者をリストアップしろと言ったな。集まっているか」
カシリアは立ち上がり、上着のボタンを留めた。
「はい、殿下。騎士科志望の者、および領地で個人的に訓練を受けていた者を中心に、三十名ほどが訓練場に待機しております」
「よろしい」
カシリアは腰に佩いた剣の柄を、親指で弾いた。
コリンダの挑発に乗るには、こちらも相応の手札を用意しなければならない。
学院には正式な剣術課程がない。
つまり、素人集団だ。
このままでは、帝国の武人たちに蹂躙され、笑い物にされる。
リリスの警告が無ければ、その屈辱的な未来が現実になっていただろう。
彼女が残してくれた「予知」という武器を、無駄にするわけにはいかない。
「行くぞ。彼らの腕を見定める」
訓練場には、既に熱気が渦巻いていた。
普段は馬術や身体訓練に使われる広場に、簡素な柵が設けられ、その周囲を多くの学生たちが取り囲んでいる。
カシリアの姿が見えると、波が引くように道が開け、次いでさざ波のような歓声が広がった。
「見ろ、カシリア殿下だ!」
「本当にいらっしゃったぞ。……なんて凛々しいお姿」
「殿下が直々に剣術のテストをなさるって本当か?」
「ああ、帝国の野蛮人たちに目にもの見せてやるためらしいぜ」
学生たちの顔には、不安よりも好奇心と興奮が勝っていた。
彼らはまだ知らない。
これから来るものが、単なる交流試合ではなく、国の威信を懸けた代理戦争であることを。
平和な温室で育った彼らにとって、これは刺激的なイベントに過ぎない。
カシリアは訓練場の中央に進み出た。
集められた三十名の候補生たちが、緊張の面持ちで整列する。
皆、体格は良いが、その立ち姿には隙が多い。
だが、その中で、余計に目立つ一人がいる
ちょ…?
エリナ?
執務机の上には、帝国からの書簡と、スパイからもたらされた報告書が並べられている。
羊皮紙に記されたインクの文字は、無機質な事実を告げていた。
『ラペオ帝国第三王子コリンダ、来月到着予定。随行員三十名』
表向きは学術交流のための留学。
だが、その実態は相互不可侵条約を維持するための、人質交換に過ぎない。
メニア王国が帝国に王女を送る代わりに、帝国は王子を寄越す。
均衡を保つための天秤の錘だ。
だが、報告書の続きには、錘としてはあまりに重く、鋭利な事実が記されていた。
『コリンダ王子および随行の若手貴族ら、道中の野営地にて連日剣術の稽古に励む。その気迫、尋常ならざるものあり』
カシリアは報告書を机に叩きつけた。
乾いた音が室内に響く。
ザットが影のように控えている。
「……リリスの言った通りだ」
カシリアは低く唸った。
あの日、リリスは完璧な無表情でこう告げたのだ。
『彼らは国力を誇示しに来るはずです。特にコリンダ王子は、入学式で剣術試合を申し込んでくるかもしれません』
当時は、彼女のあまりに具体的すぎる予言に、不快感すら覚えた。
なぜ、会ったこともない他国の王子の思考を、そこまで読み取れるのかと。
だが、事実は彼女の言葉をなぞるように進行している。
コリンダは単なる人質として飼い殺されるつもりなど毛頭ない。
王国の心臓部である学院で、その武威を示し、我々を恫喝するつもりだ。
「リリス……」
カシリアは窓の外、彼女がいるはずの南西の空を見上げた。
君は、どこまで見えていたのだ。
その瞳には、私の知らない未来が映っていたのか。
彼女の不在が、胸に空いた穴のようにスースーと風を通す。
彼女の冷徹な知性が、今は何よりも恋しく、そして恐ろしい。
「ザット。剣術に覚えのある者をリストアップしろと言ったな。集まっているか」
カシリアは立ち上がり、上着のボタンを留めた。
「はい、殿下。騎士科志望の者、および領地で個人的に訓練を受けていた者を中心に、三十名ほどが訓練場に待機しております」
「よろしい」
カシリアは腰に佩いた剣の柄を、親指で弾いた。
コリンダの挑発に乗るには、こちらも相応の手札を用意しなければならない。
学院には正式な剣術課程がない。
つまり、素人集団だ。
このままでは、帝国の武人たちに蹂躙され、笑い物にされる。
リリスの警告が無ければ、その屈辱的な未来が現実になっていただろう。
彼女が残してくれた「予知」という武器を、無駄にするわけにはいかない。
「行くぞ。彼らの腕を見定める」
訓練場には、既に熱気が渦巻いていた。
普段は馬術や身体訓練に使われる広場に、簡素な柵が設けられ、その周囲を多くの学生たちが取り囲んでいる。
カシリアの姿が見えると、波が引くように道が開け、次いでさざ波のような歓声が広がった。
「見ろ、カシリア殿下だ!」
「本当にいらっしゃったぞ。……なんて凛々しいお姿」
「殿下が直々に剣術のテストをなさるって本当か?」
「ああ、帝国の野蛮人たちに目にもの見せてやるためらしいぜ」
学生たちの顔には、不安よりも好奇心と興奮が勝っていた。
彼らはまだ知らない。
これから来るものが、単なる交流試合ではなく、国の威信を懸けた代理戦争であることを。
平和な温室で育った彼らにとって、これは刺激的なイベントに過ぎない。
カシリアは訓練場の中央に進み出た。
集められた三十名の候補生たちが、緊張の面持ちで整列する。
皆、体格は良いが、その立ち姿には隙が多い。
だが、その中で、余計に目立つ一人がいる
ちょ…?
エリナ?
