翌日の昼休み。
カシリアは学院レストラン二階――ロイヤルラウンジで食事を取っていた。
窓の外を見下ろせば、下階の貴族席が一望できる。
そこは相変わらず、リリスの領域だった。
長いテーブルの中央。
自然と人が集まり、笑顔を向け、会話の中心になる位置。
――やはり、表向きは何も変わっていない。
カシリアはグラスを傾けながら、静かに待った。
しばらくして、扉が開く。
「殿下」
ナミスが戻ってきた。
「タロシア家について掴めたか?」
「はい。公爵家の使用人から得た情報によれば――リリス様が日常的に親しく接していたのは、侍女ロキナ、カスト公爵、そして亡きサリス公爵夫人のみです」
「……友人はいないのか」
思わず漏れた声は、想像以上に低かった。
「幼少期、サリス夫人とその両親が事故に遭い、夫人は長く寝たきりとなりました。その後、リリス様は放課後すぐ帰宅し、毎日夫人に学校の出来事を話していたそうです。夕食は必ず公爵と共に」
「……」
社交界の中心人物が、家では“娘”だった。
「しかし、夫人の死後――公爵の帰宅は遅くなり、父娘の交流も急激に減っています」
カシリアの指が、無意識にテーブルを叩いた。
「……妙だな」
妻を失えば、娘に寄るのが普通だ。
「最近はノーザンテリトリーへの巡察が増えています。バルド伯爵家との関係が絡んでいる可能性があります」
「……注視しろ」
「承知しました」
一拍置いて、カシリアは視線を再び窓へ戻した。
下階。
リリスは微笑みながら頷いている――だが、その動きは、ほんの僅かに遅れていた。
「今日の学院での様子は?」
「表面上は平常通りですが……会話の途中で、一瞬“抜ける”ことがあると複数証言があります」
「……そうか」
やはり、仮面は歪み始めている。
一方その頃。
リリスは必死に“平常”を演じていた。
社交界から静かに距離を取る――そう決めたはずなのに、急には変えられない。
あと二日。
王家学力試験。
そして――エリナとミカレンが到着する日。
指先に力が入りすぎ、カップがわずかに鳴った。
「……リリスさん?」
「え、あ……ごめんなさい。試験準備で少し疲れているだけです」
嘘だった。
疲れではない。
胸の奥に沈殿した、名前を付けられない感情だった。
昼休みが終わり、放課後。
「また明日ね」
形式的な挨拶を交わし、リリスは一人で校舎を出た。
誰かと帰る習慣が、最初からなかった。
母の元へ急いで帰る日々。
今は――帰る理由すら薄れている。
「……今日は、少し歩こう」
迎えの馬車を断り、門を抜け、街へ向かう。
周囲には学院生の群れ。
笑い声。
並んだ影。
その中で、一人だけ速度の違う足音。
リリスは無意識に歩調を落とした。
――誰かの気配。
背中が、冷えた。
だが、振り返らなかった。
振り返った瞬間、
「孤独」が現実になる気がしたから。
彼女はそのまま、知らずに進み続けた。
背後で、
もう一つの影が、確実に距離を詰めているとも知らずに。
カシリアは学院レストラン二階――ロイヤルラウンジで食事を取っていた。
窓の外を見下ろせば、下階の貴族席が一望できる。
そこは相変わらず、リリスの領域だった。
長いテーブルの中央。
自然と人が集まり、笑顔を向け、会話の中心になる位置。
――やはり、表向きは何も変わっていない。
カシリアはグラスを傾けながら、静かに待った。
しばらくして、扉が開く。
「殿下」
ナミスが戻ってきた。
「タロシア家について掴めたか?」
「はい。公爵家の使用人から得た情報によれば――リリス様が日常的に親しく接していたのは、侍女ロキナ、カスト公爵、そして亡きサリス公爵夫人のみです」
「……友人はいないのか」
思わず漏れた声は、想像以上に低かった。
「幼少期、サリス夫人とその両親が事故に遭い、夫人は長く寝たきりとなりました。その後、リリス様は放課後すぐ帰宅し、毎日夫人に学校の出来事を話していたそうです。夕食は必ず公爵と共に」
「……」
社交界の中心人物が、家では“娘”だった。
「しかし、夫人の死後――公爵の帰宅は遅くなり、父娘の交流も急激に減っています」
カシリアの指が、無意識にテーブルを叩いた。
「……妙だな」
妻を失えば、娘に寄るのが普通だ。
「最近はノーザンテリトリーへの巡察が増えています。バルド伯爵家との関係が絡んでいる可能性があります」
「……注視しろ」
「承知しました」
一拍置いて、カシリアは視線を再び窓へ戻した。
下階。
リリスは微笑みながら頷いている――だが、その動きは、ほんの僅かに遅れていた。
「今日の学院での様子は?」
「表面上は平常通りですが……会話の途中で、一瞬“抜ける”ことがあると複数証言があります」
「……そうか」
やはり、仮面は歪み始めている。
一方その頃。
リリスは必死に“平常”を演じていた。
社交界から静かに距離を取る――そう決めたはずなのに、急には変えられない。
あと二日。
王家学力試験。
そして――エリナとミカレンが到着する日。
指先に力が入りすぎ、カップがわずかに鳴った。
「……リリスさん?」
「え、あ……ごめんなさい。試験準備で少し疲れているだけです」
嘘だった。
疲れではない。
胸の奥に沈殿した、名前を付けられない感情だった。
昼休みが終わり、放課後。
「また明日ね」
形式的な挨拶を交わし、リリスは一人で校舎を出た。
誰かと帰る習慣が、最初からなかった。
母の元へ急いで帰る日々。
今は――帰る理由すら薄れている。
「……今日は、少し歩こう」
迎えの馬車を断り、門を抜け、街へ向かう。
周囲には学院生の群れ。
笑い声。
並んだ影。
その中で、一人だけ速度の違う足音。
リリスは無意識に歩調を落とした。
――誰かの気配。
背中が、冷えた。
だが、振り返らなかった。
振り返った瞬間、
「孤独」が現実になる気がしたから。
彼女はそのまま、知らずに進み続けた。
背後で、
もう一つの影が、確実に距離を詰めているとも知らずに。
