タロシア公爵邸の応接間は、張り詰めた静寂と、それを上回る高揚感に包まれていた。
カシリア殿下は立ち上がり、正面に座るカスト公爵に対し、深々と頭を下げた。
王太子としての威厳を保ちつつも、未来の義父に対する最大限の敬意を示す所作だった。
「カスト公爵。……改めまして、娘御リリス・タロシア嬢との婚約を、正式に申し込みたく存じます」
その声は朗々と響き、部屋の隅々まで染み渡った。
「リリス嬢とはすでに心を通わせ、彼女の同意も得ております。……どうか、私に彼女を一生守らせてください」
カスト公爵は、その言葉を噛み締めるように目を閉じた。
やがて目を開いた時、その瞳は涙で潤んでいた。
彼はゆっくりと立ち上がり、震える手でカシリアの両手を握りしめた。
「おお……殿下。……なんと、ありがたいお言葉」
公爵の声が上擦る。
「亡き妻サリスも……草葉の陰で喜んでいることでしょう。娘が、これほど素晴らしい方に見初められるとは」
「リリス!」
父は振り返り、私の名を呼んだ。
その顔は、私がここ数年見たこともないほどの喜びに満ちていた。
「おめでとう。……本当におめでとう。お前が王太子妃になる……これ以上の誉れはない」
私は静かに立ち上がり、完璧なカーテシーを見せた。
「ありがとうございます、お父様」
微笑む。
頬の筋肉が記憶している角度で、寸分違わぬ幸福な娘の仮面を被る。
これでいいのだ。
私がこの家を出ていけば、父の愛は迷うことなく新しい家族へと注がれる。
私の存在という「過去の楔」が抜かれ、タロシア家は真に統合される。
これは祝福なのだ。
私以外の全員にとっての。
「すごい……!リリス、おめでとう!」
弾けるような声と共に、エリナが私の手を取りに来た。
その手は温かく、力強く、そして無遠慮だった。
「王太子妃って、あのお城に住むんでしょ?すごいなあ、物語みたい!」
彼女の黄色の瞳には、一点の曇りも嫉妬もない。
純度百パーセントの善意と祝福。
それが何よりも私を傷つけるとも知らずに。
ミカレンも、控えめにハンカチで目元を押さえながら近づいてきた。
「リリス様……本当におめでとうございます。わたくしのような者が口を挟むことではありませんが……リリス様のお幸せを、心よりお祈りしております」
彼女たちの祝福は本物だ。
私が幸せになることを疑っていない。
私が「捨てられるための準備期間」に入ることなど、露知らずに。
「……ありがとう、エリナお姉様。ミカレン義母様」
私はエリナの手を握り返し、ミカレンに微笑んだ。
その瞬間、胸の奥で何かが冷たく砕ける音がした。
さようなら、私の家族になれなかった人たち。
私が去ることで、あなたたちはきっと、もっと幸せになれる。
カシリア殿下は立ち上がり、正面に座るカスト公爵に対し、深々と頭を下げた。
王太子としての威厳を保ちつつも、未来の義父に対する最大限の敬意を示す所作だった。
「カスト公爵。……改めまして、娘御リリス・タロシア嬢との婚約を、正式に申し込みたく存じます」
その声は朗々と響き、部屋の隅々まで染み渡った。
「リリス嬢とはすでに心を通わせ、彼女の同意も得ております。……どうか、私に彼女を一生守らせてください」
カスト公爵は、その言葉を噛み締めるように目を閉じた。
やがて目を開いた時、その瞳は涙で潤んでいた。
彼はゆっくりと立ち上がり、震える手でカシリアの両手を握りしめた。
「おお……殿下。……なんと、ありがたいお言葉」
公爵の声が上擦る。
「亡き妻サリスも……草葉の陰で喜んでいることでしょう。娘が、これほど素晴らしい方に見初められるとは」
「リリス!」
父は振り返り、私の名を呼んだ。
その顔は、私がここ数年見たこともないほどの喜びに満ちていた。
「おめでとう。……本当におめでとう。お前が王太子妃になる……これ以上の誉れはない」
私は静かに立ち上がり、完璧なカーテシーを見せた。
「ありがとうございます、お父様」
微笑む。
頬の筋肉が記憶している角度で、寸分違わぬ幸福な娘の仮面を被る。
これでいいのだ。
私がこの家を出ていけば、父の愛は迷うことなく新しい家族へと注がれる。
私の存在という「過去の楔」が抜かれ、タロシア家は真に統合される。
これは祝福なのだ。
私以外の全員にとっての。
「すごい……!リリス、おめでとう!」
弾けるような声と共に、エリナが私の手を取りに来た。
その手は温かく、力強く、そして無遠慮だった。
「王太子妃って、あのお城に住むんでしょ?すごいなあ、物語みたい!」
彼女の黄色の瞳には、一点の曇りも嫉妬もない。
純度百パーセントの善意と祝福。
それが何よりも私を傷つけるとも知らずに。
ミカレンも、控えめにハンカチで目元を押さえながら近づいてきた。
「リリス様……本当におめでとうございます。わたくしのような者が口を挟むことではありませんが……リリス様のお幸せを、心よりお祈りしております」
彼女たちの祝福は本物だ。
私が幸せになることを疑っていない。
私が「捨てられるための準備期間」に入ることなど、露知らずに。
「……ありがとう、エリナお姉様。ミカレン義母様」
私はエリナの手を握り返し、ミカレンに微笑んだ。
その瞬間、胸の奥で何かが冷たく砕ける音がした。
さようなら、私の家族になれなかった人たち。
私が去ることで、あなたたちはきっと、もっと幸せになれる。
