平安京の南の果て。田畑の間に粗末な邸がぽつりぽつりと建っているうらぶれたその地に、凛とした姫が住んでいた。
今にも朽ち果てそうな、小屋と呼んでも差し支えない襤褸家の狭い庭。細い身体を古びた浅葱の袿でくるんだその姫――藤原茗子の聡き双眸は、ただ一点に縫い留められている。
邸同様、庭も荒れ果てていた。枝を伸ばし放題にした梅の古木が、それでも律儀に白い花をつけている。
根元には名も知れぬ草が茂り、踏み石の隙間からも青いものが顔を出していた。それをじっと眺めていた茗子の唇の端が、僅かに持ち上がる。
――今年も、来てくれたのね。
手入れをする者などとうにいない。下人はおろか、女房のひとりも置けぬほど、この邸は傾いている。庭もまた然り。
されど茗子は、この庭が嫌いではなかった。
梅の幹をゆっくりと這い上がる一匹の蟲。親指ほどの長さの、薄緑色をした尺取り虫だった。体の中ほどを高くもたげて進む様がまるで小さな橋のようで、見ているだけで心が凪いでくる。
茗子は傍らに置いていた紙と筆を手に取り、素早く蟲の輪郭を写し取り始めた。
筆運びは淀みない。手を動かしながら、茗子の目は蟲の細部を逃さぬよう鋭く注がれている。
尺取り虫の節ごとに微妙に異なる色の濃淡。腹脚の小さな吸盤のような形。頭部のわずかな光沢。その一つ一つを、茗子は丁寧に、しかし素早く紙の上に再現していった。
筆が止まったのは、蟲が梅の枝の陰に隠れてしまったからだ。茗子はそっと筆を置き、出来上がったばかりの絵を光にかざす。
悪くない、と正直に思う。
これは自惚れではなくただの事実だ、とも思った。何せ、蟲のことで茗子に勝る者は、都広しといえどもそうはいないはずだ。
茗子の亡き母は、先々帝の第八王女であった。血筋はいいが、実の母……つまり茗子の祖母の身分がさほど高くなく、宮中では後ろ盾が得られず肩身の狭い思いをしていたという。
やがて時の大納言のもとへ嫁いだが、茗子を産んで数年後に彼岸の人となった。茗子の父もあとを追うように世を去り、生き残ったのは茗子ただ一人。
大納言だった茗子の父は持っているものを近隣の農民たちに惜しげもなく分け与える気前のいい人物だった。だがそのせいで蓄えがさほどなく、一人娘に残されたのは、左京の外れにあるこの古びた邸と、帝の血を引くという由緒だけだ。
縁者として茗子の世話を引き受けているのは、父の年の離れた弟……茗子からすると叔父にあたる、現大納言の藤原金忠である。
だが、叔父のそれは世話と呼べるものではなかった。年に一度か二度、使いを寄越して米を少し届けさせるだけで、顔を見せることすらない。
そもそも、茗子の父は金忠にとって異母兄。つながりの薄い姪の存在は、金忠にとって厄介事なのだ。しかし茗子は帝の孫。高貴な血筋を持つがゆえに無下にもできず……。
煙たがられていることは茗子も分かっていた。
だから、めったなことで助けは求めない。
茗子はうらぶれた左京の果てで、一人ひっそりと暮らしている。
だが、下を向くことはなかった。
悲しんでも仕方のないことは悲しまず、嘆いても変わらぬことは嘆かず、しかし目の前にあることには全力で向き合う――これは父と母の教えだ。
幼いころふた親の背を見て育った茗子は、十七の娘となった今、その志を胸の真ん中に置いている。気づけば父母と同じように、いつも前を向いていた。
二つの目で毎日眺めているのは草が生い茂った庭と、庭に生きる蟲たちだ。
めったに人が訪れぬ左京の果て。幼い茗子にとって、蟲は唯一の友だった。
いや、友というよりも師、あるいは隣人と言うべきかもしれない。
茗子は来る日も来る日も日輪のお出ましとともに庭に出て蟲を観察し、名を覚え、習性を学び、どこに何が棲んでいるかを頭に叩き込んだ。
次に近隣の田畑や茂みを覗き、そこにいる蟲たちも把握した。庭の隅の朽ちた木の下には何が隠れているか。雨上がりの畦道には何が這い出してくるか。どの葉の裏に卵が産み付けられているか……。
そのすべてを、茗子は知っている。
ふた親が身罷ってからも、茗子の周りには蟲たちがいた。だから叔父に疎ましがられてもちっとも寂しくはない。
傾きかけた襤褸家に一人で住み、日がな蛾や蟻を眺めている一風変わった姫――貴族たちは、茗子を見てひそひそと何か囁く。その子弟らはあからさまに指をさし「あばら家の蟲姫さまだ!」とはやし立てた。
娘たちは密かにこう呼んだ。
「まぁみすぼらしい。あの方が……蟲愛づる悪姫」
茗子の周りに寄ってくる貴族などいなかった。
だが、むしろその方が好都合だった。
茗子は人よりも蟲を好む。蟲さえいれば、それでいいとさえ思う。
蟲たちの間には身分の差などない。ただ強い者が生き、弱い者は食われる。
美しいものが必ずしも無毒ではなく、醜く見えるものが人の役に立つこともある。
何より、人は人を騙すが、蟲は嘘を吐かない。
茗子は蟲ちのその正直さが好きだった。人の世の建前や欺瞞よりも、蟲の律儀な生き様の方がよほど清々しい。
こうして茗子はまっすぐ前を向き、蟲たちとともに過ごした。
頭の中にしまった蟲たちの知識は、やがて茗子の生計を支えることになった。
邸の近くにはいくつかの田畑があり、そこで汗を流す農民たちがいる。
彼らはとかく蟲に悩まされていた。稲の葉を食い荒らす虫、野菜の根を腐らせる虫、苗を枯らしてしまう虫。農民たちは呪いだの祟りだのと口にしながら、なす術もなく被害を嘆くばかり。
そんな折、十二になった茗子は蟲を見に田畑へ足を向けていた。
そこで一人の老農が頭を抱えていた。近づいて話を聞けば、田の一角だけ稲が黄色くなってきて困っているという。
茗子はしばらく田を眺め、稲の根元を覗き込み、土の中を少し掘ってみてから、静かに言った。
「根切り虫です。夜に出てきて根を噛み切るのです。このあたりに石灰を撒けば嫌がって離れていきます。それと、こちらの草を根元に敷いてみてください。根切り虫はこの草の匂いが苦手です」
老農は半信半疑だったが、試してみると驚くほど効果があった。
噂はすぐに広まった。あすこの姫様は蟲に詳しい。害虫が出たら聞きに行けと。
茗子は訪ねてきた農民たちから面倒がらずに……というより進んで蟲の話を聞き、その種類を特定して対処の仕方を教えた。
礼として米や野菜、丁寧に折られた布をもらった。蜂の巣の駆除を頼まれることもあれば、蚕の調子が悪いと相談を受けることもある。茗子にとっては、いずれも難しいことではない。何せみな、友なのだ。
蟲たちのお陰で茗子はなんとか口に糊することができた。豊かとは言えない暮らしだったがそれで十分だった。
襤褸家の中にあるのは几帳が一枚と、紙の束だ。
その紙には、茗子の手で蟲の姿が描いてある。自分のために残しているものもあるが、束のほとんどは売り物だった。
蟲の絵を売るようになったのは、茗子が十四の年だ。
きっかけは、六条のあたりに屋敷を持つという、とある貴族の使いだった。
その者は畑の横で芋虫を熱心に描き取っていた茗子の姿を見かけ、息せき切って近づいてきた。
「なんと、これは僥倖か!」
務めている邸の主が、ちょうど蟲の絵を描ける者を探しているのだという。
その使いの者は、芋虫の絵をしげしげと見て目を丸くした。
「まるで、紙の上を今にも這いまわりそうだ。わが主のために、他の蟲も描いて送ってはくれぬか」
その日から茗子は、六条の貴族より蟲の絵の注文を受けるようになった。
貴族の名は明かされなかった。ただ、中将と呼ばれていると使いの者は言った。
茗子はその中将なる人物の顔も知らぬまま、蟲の絵を仕上げては使いに渡し、代わりに銭と紙と墨を受け取っている。
蟲を描くことは、茗子にとって苦でも何でもない。むしろ喜びだ。
蠢く蟲をじっくりと観察し、細い触覚や棘のついた脚。小さな命の形を紙に写し取る。その時間は、茗子にとって祈りに似た静けさをもたらす。
絵のやり取りが続いてしばらくたったころ、茗子は絵と一緒に小さな紙切れを折り込んだ。
ほんのおまけのつもりだった。注文されてはいなかったが蟻の姿をさっと描き、そこに文を添えたのだ。
『今回お送りする蟲は庭の南側の梅の木に見つけたものです、今年は梅の実が大きく育っていますが、先日の雨でいくつか落ちてしまいました』
書いたのはそれだけだ。貴族が文を交わすときにつける歌や堅苦しい挨拶は入れなかった。返事など期待していなかったからだ。
ところが次の使いが来たとき、小さく折り畳まれた紙を渡された。
広げてみれば、几帳面だが堅苦しくはない文字で、こう書かれていた。
『梅の実の落ちるのはいと惜しきことに候。こちらも庭の草木を眺めるのが日課となりておりますれば、その無念のほど、いささか存じ申し候』
茗子は思わず笑った。
ごたいそうな歌や気取った漢詩はそこにない。ただ素直に、梅の実が落ちたことを惜しんでいる。
それだけの文が、温かく胸に沁みた。
以来、茗子は絵と一緒に必ず短い文を書き添えるようになった。
茗子が書くのは、いつも庭のことや蟲のことだった。
今日は見たことのない甲虫がいた。羽の裏が朱色で、光の当たり具合によって輝きが変わる。あんな色がこの世にあるとは……。そういったことを、思うままに記す。
返ってくる文はいつも短かったが、心がこもっていた。
『羽の朱色とは珍し。その蟲、以前にも見たことがございますか。同じ場所に毎年現れるものかどうか、来年も観察を。きっと、宝物のような蟲なのでしょう』
その文をしまった文箱が、茗子の宝物となった。
宝箱は少しずつ重くなっていった。中将なる人物がどのような方か、茗子には皆目見当がつかない。使いの者に聞いても詳しくは教えてもらえなかった。
若いのか老いているのか、ふくよかな方なのか細身なのか、ご機嫌のよい方なのかそうでないのか、何もかもがわ分からない。
思い描こうとすると、いつしか大好きな玉蟲の姿に変わっている始末。
ただ、文の端々から滲んでくるものがあった。
ある時、茗子は蟲の越冬について長々と書いた。卵の状態で土の中に潜むものと、成虫のまま枯れ葉の下で息を潜めるもの。そして蛹の姿で春を待つものとがあり、それぞれが寒さのもとで命を繋ぐ知恵を持っている、という内容である。
返ってきた文には、こう書かれていた。
『冬を過ごす蟲のこと、初めて知ることばかりにて、驚き申し候。枯れ葉の一枚が、これほど多くの命を守っているとは。今後は枯れ葉を掃かずに置いておくよう、庭師に申し付けました』
茗子はその文を読んで笑った。
すぐに実行するところが、この人らしい。
らしい、と思えるようになったのはいつからだろう。文を通じてしか知らない相手に、茗子は確かな人となりを感じていた。気取らず、好奇心が旺盛で、言葉に嘘がない。蟲への関心は本物だ。
ある日の文には、こう書いてあった、
『実は庭で自ら草木を育てています。薬になる草や、少々変わった性質を持つ植物ばかりにて、傍から見ればあまり見栄えのよいものではございません。九条の君は、草花が枯れてしまう時に、どのような心持ちになられますか』
九条の君とは、襤褸家の建っている地の名からとった、茗子の呼び名である。茗子はしばらく考えてから、書いた。
『多くの蟲は枯れた草の中に卵を産みます。枯れた庭は次の命の揺籠ですから、死んではおりませぬ。眠っているだけ』
次の文には、ただひと言あった。
『目覚めるのをゆっくり待ちます』
本当に、ゆっくり待つのだろうな。と茗子は思った。
中将さま、と呼ばれているその人の、いつしか茗子は心の中で『玉蟲の君』と呼ぶようになっていた。
今にも朽ち果てそうな、小屋と呼んでも差し支えない襤褸家の狭い庭。細い身体を古びた浅葱の袿でくるんだその姫――藤原茗子の聡き双眸は、ただ一点に縫い留められている。
邸同様、庭も荒れ果てていた。枝を伸ばし放題にした梅の古木が、それでも律儀に白い花をつけている。
根元には名も知れぬ草が茂り、踏み石の隙間からも青いものが顔を出していた。それをじっと眺めていた茗子の唇の端が、僅かに持ち上がる。
――今年も、来てくれたのね。
手入れをする者などとうにいない。下人はおろか、女房のひとりも置けぬほど、この邸は傾いている。庭もまた然り。
されど茗子は、この庭が嫌いではなかった。
梅の幹をゆっくりと這い上がる一匹の蟲。親指ほどの長さの、薄緑色をした尺取り虫だった。体の中ほどを高くもたげて進む様がまるで小さな橋のようで、見ているだけで心が凪いでくる。
茗子は傍らに置いていた紙と筆を手に取り、素早く蟲の輪郭を写し取り始めた。
筆運びは淀みない。手を動かしながら、茗子の目は蟲の細部を逃さぬよう鋭く注がれている。
尺取り虫の節ごとに微妙に異なる色の濃淡。腹脚の小さな吸盤のような形。頭部のわずかな光沢。その一つ一つを、茗子は丁寧に、しかし素早く紙の上に再現していった。
筆が止まったのは、蟲が梅の枝の陰に隠れてしまったからだ。茗子はそっと筆を置き、出来上がったばかりの絵を光にかざす。
悪くない、と正直に思う。
これは自惚れではなくただの事実だ、とも思った。何せ、蟲のことで茗子に勝る者は、都広しといえどもそうはいないはずだ。
茗子の亡き母は、先々帝の第八王女であった。血筋はいいが、実の母……つまり茗子の祖母の身分がさほど高くなく、宮中では後ろ盾が得られず肩身の狭い思いをしていたという。
やがて時の大納言のもとへ嫁いだが、茗子を産んで数年後に彼岸の人となった。茗子の父もあとを追うように世を去り、生き残ったのは茗子ただ一人。
大納言だった茗子の父は持っているものを近隣の農民たちに惜しげもなく分け与える気前のいい人物だった。だがそのせいで蓄えがさほどなく、一人娘に残されたのは、左京の外れにあるこの古びた邸と、帝の血を引くという由緒だけだ。
縁者として茗子の世話を引き受けているのは、父の年の離れた弟……茗子からすると叔父にあたる、現大納言の藤原金忠である。
だが、叔父のそれは世話と呼べるものではなかった。年に一度か二度、使いを寄越して米を少し届けさせるだけで、顔を見せることすらない。
そもそも、茗子の父は金忠にとって異母兄。つながりの薄い姪の存在は、金忠にとって厄介事なのだ。しかし茗子は帝の孫。高貴な血筋を持つがゆえに無下にもできず……。
煙たがられていることは茗子も分かっていた。
だから、めったなことで助けは求めない。
茗子はうらぶれた左京の果てで、一人ひっそりと暮らしている。
だが、下を向くことはなかった。
悲しんでも仕方のないことは悲しまず、嘆いても変わらぬことは嘆かず、しかし目の前にあることには全力で向き合う――これは父と母の教えだ。
幼いころふた親の背を見て育った茗子は、十七の娘となった今、その志を胸の真ん中に置いている。気づけば父母と同じように、いつも前を向いていた。
二つの目で毎日眺めているのは草が生い茂った庭と、庭に生きる蟲たちだ。
めったに人が訪れぬ左京の果て。幼い茗子にとって、蟲は唯一の友だった。
いや、友というよりも師、あるいは隣人と言うべきかもしれない。
茗子は来る日も来る日も日輪のお出ましとともに庭に出て蟲を観察し、名を覚え、習性を学び、どこに何が棲んでいるかを頭に叩き込んだ。
次に近隣の田畑や茂みを覗き、そこにいる蟲たちも把握した。庭の隅の朽ちた木の下には何が隠れているか。雨上がりの畦道には何が這い出してくるか。どの葉の裏に卵が産み付けられているか……。
そのすべてを、茗子は知っている。
ふた親が身罷ってからも、茗子の周りには蟲たちがいた。だから叔父に疎ましがられてもちっとも寂しくはない。
傾きかけた襤褸家に一人で住み、日がな蛾や蟻を眺めている一風変わった姫――貴族たちは、茗子を見てひそひそと何か囁く。その子弟らはあからさまに指をさし「あばら家の蟲姫さまだ!」とはやし立てた。
娘たちは密かにこう呼んだ。
「まぁみすぼらしい。あの方が……蟲愛づる悪姫」
茗子の周りに寄ってくる貴族などいなかった。
だが、むしろその方が好都合だった。
茗子は人よりも蟲を好む。蟲さえいれば、それでいいとさえ思う。
蟲たちの間には身分の差などない。ただ強い者が生き、弱い者は食われる。
美しいものが必ずしも無毒ではなく、醜く見えるものが人の役に立つこともある。
何より、人は人を騙すが、蟲は嘘を吐かない。
茗子は蟲ちのその正直さが好きだった。人の世の建前や欺瞞よりも、蟲の律儀な生き様の方がよほど清々しい。
こうして茗子はまっすぐ前を向き、蟲たちとともに過ごした。
頭の中にしまった蟲たちの知識は、やがて茗子の生計を支えることになった。
邸の近くにはいくつかの田畑があり、そこで汗を流す農民たちがいる。
彼らはとかく蟲に悩まされていた。稲の葉を食い荒らす虫、野菜の根を腐らせる虫、苗を枯らしてしまう虫。農民たちは呪いだの祟りだのと口にしながら、なす術もなく被害を嘆くばかり。
そんな折、十二になった茗子は蟲を見に田畑へ足を向けていた。
そこで一人の老農が頭を抱えていた。近づいて話を聞けば、田の一角だけ稲が黄色くなってきて困っているという。
茗子はしばらく田を眺め、稲の根元を覗き込み、土の中を少し掘ってみてから、静かに言った。
「根切り虫です。夜に出てきて根を噛み切るのです。このあたりに石灰を撒けば嫌がって離れていきます。それと、こちらの草を根元に敷いてみてください。根切り虫はこの草の匂いが苦手です」
老農は半信半疑だったが、試してみると驚くほど効果があった。
噂はすぐに広まった。あすこの姫様は蟲に詳しい。害虫が出たら聞きに行けと。
茗子は訪ねてきた農民たちから面倒がらずに……というより進んで蟲の話を聞き、その種類を特定して対処の仕方を教えた。
礼として米や野菜、丁寧に折られた布をもらった。蜂の巣の駆除を頼まれることもあれば、蚕の調子が悪いと相談を受けることもある。茗子にとっては、いずれも難しいことではない。何せみな、友なのだ。
蟲たちのお陰で茗子はなんとか口に糊することができた。豊かとは言えない暮らしだったがそれで十分だった。
襤褸家の中にあるのは几帳が一枚と、紙の束だ。
その紙には、茗子の手で蟲の姿が描いてある。自分のために残しているものもあるが、束のほとんどは売り物だった。
蟲の絵を売るようになったのは、茗子が十四の年だ。
きっかけは、六条のあたりに屋敷を持つという、とある貴族の使いだった。
その者は畑の横で芋虫を熱心に描き取っていた茗子の姿を見かけ、息せき切って近づいてきた。
「なんと、これは僥倖か!」
務めている邸の主が、ちょうど蟲の絵を描ける者を探しているのだという。
その使いの者は、芋虫の絵をしげしげと見て目を丸くした。
「まるで、紙の上を今にも這いまわりそうだ。わが主のために、他の蟲も描いて送ってはくれぬか」
その日から茗子は、六条の貴族より蟲の絵の注文を受けるようになった。
貴族の名は明かされなかった。ただ、中将と呼ばれていると使いの者は言った。
茗子はその中将なる人物の顔も知らぬまま、蟲の絵を仕上げては使いに渡し、代わりに銭と紙と墨を受け取っている。
蟲を描くことは、茗子にとって苦でも何でもない。むしろ喜びだ。
蠢く蟲をじっくりと観察し、細い触覚や棘のついた脚。小さな命の形を紙に写し取る。その時間は、茗子にとって祈りに似た静けさをもたらす。
絵のやり取りが続いてしばらくたったころ、茗子は絵と一緒に小さな紙切れを折り込んだ。
ほんのおまけのつもりだった。注文されてはいなかったが蟻の姿をさっと描き、そこに文を添えたのだ。
『今回お送りする蟲は庭の南側の梅の木に見つけたものです、今年は梅の実が大きく育っていますが、先日の雨でいくつか落ちてしまいました』
書いたのはそれだけだ。貴族が文を交わすときにつける歌や堅苦しい挨拶は入れなかった。返事など期待していなかったからだ。
ところが次の使いが来たとき、小さく折り畳まれた紙を渡された。
広げてみれば、几帳面だが堅苦しくはない文字で、こう書かれていた。
『梅の実の落ちるのはいと惜しきことに候。こちらも庭の草木を眺めるのが日課となりておりますれば、その無念のほど、いささか存じ申し候』
茗子は思わず笑った。
ごたいそうな歌や気取った漢詩はそこにない。ただ素直に、梅の実が落ちたことを惜しんでいる。
それだけの文が、温かく胸に沁みた。
以来、茗子は絵と一緒に必ず短い文を書き添えるようになった。
茗子が書くのは、いつも庭のことや蟲のことだった。
今日は見たことのない甲虫がいた。羽の裏が朱色で、光の当たり具合によって輝きが変わる。あんな色がこの世にあるとは……。そういったことを、思うままに記す。
返ってくる文はいつも短かったが、心がこもっていた。
『羽の朱色とは珍し。その蟲、以前にも見たことがございますか。同じ場所に毎年現れるものかどうか、来年も観察を。きっと、宝物のような蟲なのでしょう』
その文をしまった文箱が、茗子の宝物となった。
宝箱は少しずつ重くなっていった。中将なる人物がどのような方か、茗子には皆目見当がつかない。使いの者に聞いても詳しくは教えてもらえなかった。
若いのか老いているのか、ふくよかな方なのか細身なのか、ご機嫌のよい方なのかそうでないのか、何もかもがわ分からない。
思い描こうとすると、いつしか大好きな玉蟲の姿に変わっている始末。
ただ、文の端々から滲んでくるものがあった。
ある時、茗子は蟲の越冬について長々と書いた。卵の状態で土の中に潜むものと、成虫のまま枯れ葉の下で息を潜めるもの。そして蛹の姿で春を待つものとがあり、それぞれが寒さのもとで命を繋ぐ知恵を持っている、という内容である。
返ってきた文には、こう書かれていた。
『冬を過ごす蟲のこと、初めて知ることばかりにて、驚き申し候。枯れ葉の一枚が、これほど多くの命を守っているとは。今後は枯れ葉を掃かずに置いておくよう、庭師に申し付けました』
茗子はその文を読んで笑った。
すぐに実行するところが、この人らしい。
らしい、と思えるようになったのはいつからだろう。文を通じてしか知らない相手に、茗子は確かな人となりを感じていた。気取らず、好奇心が旺盛で、言葉に嘘がない。蟲への関心は本物だ。
ある日の文には、こう書いてあった、
『実は庭で自ら草木を育てています。薬になる草や、少々変わった性質を持つ植物ばかりにて、傍から見ればあまり見栄えのよいものではございません。九条の君は、草花が枯れてしまう時に、どのような心持ちになられますか』
九条の君とは、襤褸家の建っている地の名からとった、茗子の呼び名である。茗子はしばらく考えてから、書いた。
『多くの蟲は枯れた草の中に卵を産みます。枯れた庭は次の命の揺籠ですから、死んではおりませぬ。眠っているだけ』
次の文には、ただひと言あった。
『目覚めるのをゆっくり待ちます』
本当に、ゆっくり待つのだろうな。と茗子は思った。
中将さま、と呼ばれているその人の、いつしか茗子は心の中で『玉蟲の君』と呼ぶようになっていた。


