小山の祠は参拝者に背を向けて建っているわけではない。祠の向く方向、そして積祈神社が向く方向、それぞれから直線を引っ張ると、それらは厳霊山で交わった。
大洪水で厳霊山の神社が流された。祀り納めるものを失ったことで、鬼の根源となる怨念は山に止まれなくなった。流れ出た鬼を再び封印するために、厳霊山の擬態として小山が造られ、その上に祠が建てられた。そして鬼を祀る母体として、積祈神社が建てられる。厳霊山にあった神社ほどの力はない。しかし祠に儀という縛りを設け、積祈神社に祀りという役割を担わすことによってなんとか鬼を抑え込んできた。
それも代々積祈神社を守ってきたオニモチのおかげだと足立は言う。そしてその役目を今は墨馬が負っていた。
「この地で鬼が産まれるっていうのは、本当でいいんですか?」
食い気味に陽平が尋ねる。陽平と美陽は足立に連れられ、積祈神社の社務所にいた。墨馬の住居にもなっている社務所。リビングのテーブルには三人と、そして墨馬が座っている。
「ここだけじゃないよ。日本各地、どこにでも鬼の生まれる地は存在する。でもどこも今じゃ鬼を抑える呪法も確立されているし、それぞれオニモチのように守り役もいる。鬼が産まれたなんて事例、ほとんど聞かないけどね」
窓から射す太陽の光が墨馬の左頬を照らす。そしてそれとは反対に顔の右側には影ができる。その光と影がアンニュイさを際立たせていた。
「それじゃあ、俺はたまたまクダショウの儀を行ってしまい、鬼を孕んだってことですか?」
「そうだね」と返した墨馬は残念そうに肩を落とし目を伏せる。そんな墨馬に諦めまいと食らいついたのが陽平だった。
「でも、鬼は落とせるって。蘆屋が言ってるのは本当でしょ!? 山地泉の法っていうの教えてもらったけど、これが嘘だっただけで」
蘆屋の名前を聞いた墨馬が苦い顔をする。足立もふいっと視線を逸らした。
「あの子が二人に教えたことは全てが嘘ではなくて、むしろほとんどは本当。でも重要なところだけが嘘」
希望の光を纏った陽平の瞳がすぐにくすむ。しかし当の本人である美陽は冷静なままだった。
「どの部分が嘘なんですか?」
墨馬の目がわずかに揺れる。美陽が一言一句を逃すまいとじっと見つめていた。
「一度人が孕んだ鬼は落ちることはないんだよ。本来ならば組織機関に連絡、保護、監察下に置かれ一生をすごす。ごめん、保護というのも都合のいい言葉で、本当は監禁に近いかな」
「監禁……」と陽平がつぶやく。困惑している陽平を美陽がちらっと横目に見た。
「じゃあ、蘆屋が言っていた山地泉の法というのもデタラメですか?」
「いや、うん、そういう呪法があるのは本当。でもこれは鬼を落とすための考え方じゃない。鬼は山で産まれ地で育ち、黄泉で産み落とされる。要は、泉は異界と現界が繋がる場所を指すんだ。孕む人はなおさら近づいてはいけない場所。でもそういう縛りは逆をつけば、その手順さえ踏まなければ封印という術に変わる」
「おいおい」と陽平が腰を浮かせる。
「そんな危険な場所、なんで封鎖してないん。青葉台の山もそうやし、あの沼もそうやし」
「祠と沼は鬼を封じるため、外に出さないための呪法であって、人の侵入を禁じる場所ではない。禁じることはよけいな憶測を呼び、過剰な興味をそそる。祠に生贄をささげるなんて、いたずらでもしようなんて人はいないでしょ。ただ、美陽君のような例を想定してなかった。これは本当に残念としか言いようがなくて」
部屋の中が静まり返る。
小学校が隣接している積祈神社は子供たちの遊び場には最適だった。今は夏休みの昼過ぎ。窓越しに可愛らしい声が聞こえてくる。鬼ごっこでもしているのか、社務所の前を子供たちが走り抜けていく。楽しそうな声と砂利を踏みつけていく音が通り過ぎ、遠くなる。あんな年のころは、まさかこんな事態になるとは想像もしていなかった。
「蘆屋は、俺らをだましてハルを鬼にしようとしたん? それは、なんで?」
「それは……僕から、訊いてみるよ」
墨馬は蘆屋の名前がでると毎回言葉を詰まらせる。煮え切らず、すぐには答えを出さない。美陽はそう感じていた。
「墨馬さんは積祈神社の神職をしていて、蘆屋は鬼に関する儀に携わっている。二人は知り合いなんですか? どういう関係性なんですか?」
「鋭いな」と口先でつぶやくと、後の言葉を再び押し込める。
「累はまだ子供だから、あの子もすべてを知らないと思うんだ。オニモチは鬼を産むこともできるし、鬼の発現を強制させることもできる。今では各地に点在して鬼を監視、処置するのが役割になってるから。累もそういう家系で育ったから、きっと興味を持ってしまったんじゃないかな」
「そうなんですか? 蘆屋って子供なんですか?」
「何かを隠してますか?」と美陽の言葉の裏が墨馬を責める。蛇が獲物に的を定めた目。瞳孔がきゅっと細まり、一点だけを狙う目。墨馬はついに美陽と目が合わせられなくなる。まるでサッと血液が巡りを止めたような感覚に陥る。
「蘆屋だって子供やろ。俺らだってまだ子供やし」
暗がりの部屋にパンと明かりが灯ったように、陽平の声がその場の空気を変えた。「いいところだったのに」と美陽が肩を落としたが、陽平を責めようとはしなかった。「だろ?」と問いかける陽平の顔に、美陽の眉が下がる。先日は自分のことを大人だと言っていたのに、本当に陽平は調子がいい。今でもキョトンとしている陽平を羨ましく思う。
「なあ墨馬さん、それじゃあハルが鬼になるのはもう止められないん?」
「いやそれは。蘆屋家にも相談したいところだけど、今は家を空けてるって聞くし」
「だけど、一昨日だってハルは! 急いでどうにかしないとって、ここに来たのに」
興奮しだす陽平をなだめたのは美陽だった。ぽんぽんと身体を叩いてやると悲しそうにしながらも落ち着きを取り戻す。美陽が墨馬に向き直った。
「蘆屋では無理なんですか?」
「そうだね。本当は、彼一人で背負える話じゃないんだよ」
「でも!」と陽平が声をあげる。足立は先ほどから黙ったままだ。墨馬に従って動くだけの存在なのだろうか。それとも祠を守る事以外は専門外なのだろうか。
「どうにか方法は考えるから。なんとか考えてみるから」
「美陽君、あんたはまだちゃんと意識もしっかりしとる。まだ美陽君という自我はある。うちもあんたを引き渡したくないと思った。だから墨馬さんに相談した。一度、墨馬さんに任せてみるしかないやろ」
ようやく足立が口を開く。納得のいかない陽平の焦りを美陽が感じ取る。
「なら、今現在少しでも出来ることはありますか?」
「沼の近くにはもういかないで。あと祠にも。さっきも言ったけど、オニモチは鬼を抑制する術も持ってる。ただ組織とも繋がってる。慎重に迅速に動いてみるから」
それしか方法はなさそうだと美陽が陽平に目配せする。陽平を安心させるように、穏やかに、少しだけ笑って見せる。困ったように笑う美陽に対し、どんな表情をすればいいか分からない。陽平は昨日美陽がみせた屈託のない笑顔を思い出す。美陽には笑っていてもらわなければ困る。だから陽平自身が落ち込んでいてはいけないと気持ちを奮い立たせる。
「分かった。難しいことは墨馬さんに任せる。俺はハルの傍にいる。何かあればすぐに墨馬さんに連絡する。だからハルは安心してていいからな」
小さい頃、敵の前に立ちはだかり美陽を守らんとしていた陽平の背中が目に浮かぶ。本当はビビっているくせに、不安なくせに、そんな顔を見せないために美陽に背中を向けていたくせに。変わってないなと美陽が思う。そしてそれが嬉しかった。
「墨馬さんはさ、なんでハルを助けたいと思ってくれたん? 一応、ハルみたいな人を見つけたら組織に連絡して渡すのも仕事のうちやんね?」
陽平に問われた墨馬の目元が陰る。墨馬の考えている事、誰の為に動こうとしているのかを未だ読み取ることができない。印象はとても親切で優しい人のはずなのに、それを証明できない。
「僕たちのもう一つの仕事はね、人から鬼を守ることなんだよ」
さきほどまで鬼から人を守る話をしていたのに、墨馬から発されたのは真逆の言葉だった。どういうことか理解できない陽平が顔をしかめる。
「世の中にはね、希少となったからこそ喉から手が出るほど手に入れたいと思う輩がいるってこと」
そこまで話すと墨馬が顔をあげる。そこにあったのは、静かな優しさだった。騙すだとか、陥れるだとか、そんな相反する印象は受けなかった。
社務所の前で足立と別れた美陽と陽平は青葉台ではなく商店街の方へ向かう。小難しい話に疲れたと、陽平がアイスクリームを所望した。境内を歩いていると、鳥居の向こう側から誰かが歩いて来る。その背丈、顔、歩き方、そして二人を見てにこりと綻んだ顔を知っている。陽平が美陽の手を握った。
丁度鳥居をくぐる辺りで歩いて来た人物とすれ違う。陽平が美陽をぐいっと引っ張って速足に通り過ぎようとした。
「え、スルー!? 嘘やろ」
相変わらず蘆屋は二人を面白そうにする。
「お前に用ないから」
冷たく言い放たれた陽平の言葉に目を丸くする。まるでそんな対応をされるとは思ってもみなかったと言わんばかりだった。
「いきなりどしたん。なあ、美陽くん?」
気まずそうに顔をそむけた美陽がそのまま歩き出す。
「なんや二人ともご機嫌ナナメやん。まあ、しゃあないか」
どうやら事前に墨馬から話が伝わっているらしかった。振り返ることなく去っていく二人を呼び止める素振りはない。
「あーあ、思ったよりバレるん早かったな」
二人の背中が遠ざかっていく。蘆屋は暫くその場に立ち尽くしてから、肩をすくめた。残念と蘆屋が向かったのは拝殿に繋がる階段。そこを登りきったところに建っている社務所だった。
大洪水で厳霊山の神社が流された。祀り納めるものを失ったことで、鬼の根源となる怨念は山に止まれなくなった。流れ出た鬼を再び封印するために、厳霊山の擬態として小山が造られ、その上に祠が建てられた。そして鬼を祀る母体として、積祈神社が建てられる。厳霊山にあった神社ほどの力はない。しかし祠に儀という縛りを設け、積祈神社に祀りという役割を担わすことによってなんとか鬼を抑え込んできた。
それも代々積祈神社を守ってきたオニモチのおかげだと足立は言う。そしてその役目を今は墨馬が負っていた。
「この地で鬼が産まれるっていうのは、本当でいいんですか?」
食い気味に陽平が尋ねる。陽平と美陽は足立に連れられ、積祈神社の社務所にいた。墨馬の住居にもなっている社務所。リビングのテーブルには三人と、そして墨馬が座っている。
「ここだけじゃないよ。日本各地、どこにでも鬼の生まれる地は存在する。でもどこも今じゃ鬼を抑える呪法も確立されているし、それぞれオニモチのように守り役もいる。鬼が産まれたなんて事例、ほとんど聞かないけどね」
窓から射す太陽の光が墨馬の左頬を照らす。そしてそれとは反対に顔の右側には影ができる。その光と影がアンニュイさを際立たせていた。
「それじゃあ、俺はたまたまクダショウの儀を行ってしまい、鬼を孕んだってことですか?」
「そうだね」と返した墨馬は残念そうに肩を落とし目を伏せる。そんな墨馬に諦めまいと食らいついたのが陽平だった。
「でも、鬼は落とせるって。蘆屋が言ってるのは本当でしょ!? 山地泉の法っていうの教えてもらったけど、これが嘘だっただけで」
蘆屋の名前を聞いた墨馬が苦い顔をする。足立もふいっと視線を逸らした。
「あの子が二人に教えたことは全てが嘘ではなくて、むしろほとんどは本当。でも重要なところだけが嘘」
希望の光を纏った陽平の瞳がすぐにくすむ。しかし当の本人である美陽は冷静なままだった。
「どの部分が嘘なんですか?」
墨馬の目がわずかに揺れる。美陽が一言一句を逃すまいとじっと見つめていた。
「一度人が孕んだ鬼は落ちることはないんだよ。本来ならば組織機関に連絡、保護、監察下に置かれ一生をすごす。ごめん、保護というのも都合のいい言葉で、本当は監禁に近いかな」
「監禁……」と陽平がつぶやく。困惑している陽平を美陽がちらっと横目に見た。
「じゃあ、蘆屋が言っていた山地泉の法というのもデタラメですか?」
「いや、うん、そういう呪法があるのは本当。でもこれは鬼を落とすための考え方じゃない。鬼は山で産まれ地で育ち、黄泉で産み落とされる。要は、泉は異界と現界が繋がる場所を指すんだ。孕む人はなおさら近づいてはいけない場所。でもそういう縛りは逆をつけば、その手順さえ踏まなければ封印という術に変わる」
「おいおい」と陽平が腰を浮かせる。
「そんな危険な場所、なんで封鎖してないん。青葉台の山もそうやし、あの沼もそうやし」
「祠と沼は鬼を封じるため、外に出さないための呪法であって、人の侵入を禁じる場所ではない。禁じることはよけいな憶測を呼び、過剰な興味をそそる。祠に生贄をささげるなんて、いたずらでもしようなんて人はいないでしょ。ただ、美陽君のような例を想定してなかった。これは本当に残念としか言いようがなくて」
部屋の中が静まり返る。
小学校が隣接している積祈神社は子供たちの遊び場には最適だった。今は夏休みの昼過ぎ。窓越しに可愛らしい声が聞こえてくる。鬼ごっこでもしているのか、社務所の前を子供たちが走り抜けていく。楽しそうな声と砂利を踏みつけていく音が通り過ぎ、遠くなる。あんな年のころは、まさかこんな事態になるとは想像もしていなかった。
「蘆屋は、俺らをだましてハルを鬼にしようとしたん? それは、なんで?」
「それは……僕から、訊いてみるよ」
墨馬は蘆屋の名前がでると毎回言葉を詰まらせる。煮え切らず、すぐには答えを出さない。美陽はそう感じていた。
「墨馬さんは積祈神社の神職をしていて、蘆屋は鬼に関する儀に携わっている。二人は知り合いなんですか? どういう関係性なんですか?」
「鋭いな」と口先でつぶやくと、後の言葉を再び押し込める。
「累はまだ子供だから、あの子もすべてを知らないと思うんだ。オニモチは鬼を産むこともできるし、鬼の発現を強制させることもできる。今では各地に点在して鬼を監視、処置するのが役割になってるから。累もそういう家系で育ったから、きっと興味を持ってしまったんじゃないかな」
「そうなんですか? 蘆屋って子供なんですか?」
「何かを隠してますか?」と美陽の言葉の裏が墨馬を責める。蛇が獲物に的を定めた目。瞳孔がきゅっと細まり、一点だけを狙う目。墨馬はついに美陽と目が合わせられなくなる。まるでサッと血液が巡りを止めたような感覚に陥る。
「蘆屋だって子供やろ。俺らだってまだ子供やし」
暗がりの部屋にパンと明かりが灯ったように、陽平の声がその場の空気を変えた。「いいところだったのに」と美陽が肩を落としたが、陽平を責めようとはしなかった。「だろ?」と問いかける陽平の顔に、美陽の眉が下がる。先日は自分のことを大人だと言っていたのに、本当に陽平は調子がいい。今でもキョトンとしている陽平を羨ましく思う。
「なあ墨馬さん、それじゃあハルが鬼になるのはもう止められないん?」
「いやそれは。蘆屋家にも相談したいところだけど、今は家を空けてるって聞くし」
「だけど、一昨日だってハルは! 急いでどうにかしないとって、ここに来たのに」
興奮しだす陽平をなだめたのは美陽だった。ぽんぽんと身体を叩いてやると悲しそうにしながらも落ち着きを取り戻す。美陽が墨馬に向き直った。
「蘆屋では無理なんですか?」
「そうだね。本当は、彼一人で背負える話じゃないんだよ」
「でも!」と陽平が声をあげる。足立は先ほどから黙ったままだ。墨馬に従って動くだけの存在なのだろうか。それとも祠を守る事以外は専門外なのだろうか。
「どうにか方法は考えるから。なんとか考えてみるから」
「美陽君、あんたはまだちゃんと意識もしっかりしとる。まだ美陽君という自我はある。うちもあんたを引き渡したくないと思った。だから墨馬さんに相談した。一度、墨馬さんに任せてみるしかないやろ」
ようやく足立が口を開く。納得のいかない陽平の焦りを美陽が感じ取る。
「なら、今現在少しでも出来ることはありますか?」
「沼の近くにはもういかないで。あと祠にも。さっきも言ったけど、オニモチは鬼を抑制する術も持ってる。ただ組織とも繋がってる。慎重に迅速に動いてみるから」
それしか方法はなさそうだと美陽が陽平に目配せする。陽平を安心させるように、穏やかに、少しだけ笑って見せる。困ったように笑う美陽に対し、どんな表情をすればいいか分からない。陽平は昨日美陽がみせた屈託のない笑顔を思い出す。美陽には笑っていてもらわなければ困る。だから陽平自身が落ち込んでいてはいけないと気持ちを奮い立たせる。
「分かった。難しいことは墨馬さんに任せる。俺はハルの傍にいる。何かあればすぐに墨馬さんに連絡する。だからハルは安心してていいからな」
小さい頃、敵の前に立ちはだかり美陽を守らんとしていた陽平の背中が目に浮かぶ。本当はビビっているくせに、不安なくせに、そんな顔を見せないために美陽に背中を向けていたくせに。変わってないなと美陽が思う。そしてそれが嬉しかった。
「墨馬さんはさ、なんでハルを助けたいと思ってくれたん? 一応、ハルみたいな人を見つけたら組織に連絡して渡すのも仕事のうちやんね?」
陽平に問われた墨馬の目元が陰る。墨馬の考えている事、誰の為に動こうとしているのかを未だ読み取ることができない。印象はとても親切で優しい人のはずなのに、それを証明できない。
「僕たちのもう一つの仕事はね、人から鬼を守ることなんだよ」
さきほどまで鬼から人を守る話をしていたのに、墨馬から発されたのは真逆の言葉だった。どういうことか理解できない陽平が顔をしかめる。
「世の中にはね、希少となったからこそ喉から手が出るほど手に入れたいと思う輩がいるってこと」
そこまで話すと墨馬が顔をあげる。そこにあったのは、静かな優しさだった。騙すだとか、陥れるだとか、そんな相反する印象は受けなかった。
社務所の前で足立と別れた美陽と陽平は青葉台ではなく商店街の方へ向かう。小難しい話に疲れたと、陽平がアイスクリームを所望した。境内を歩いていると、鳥居の向こう側から誰かが歩いて来る。その背丈、顔、歩き方、そして二人を見てにこりと綻んだ顔を知っている。陽平が美陽の手を握った。
丁度鳥居をくぐる辺りで歩いて来た人物とすれ違う。陽平が美陽をぐいっと引っ張って速足に通り過ぎようとした。
「え、スルー!? 嘘やろ」
相変わらず蘆屋は二人を面白そうにする。
「お前に用ないから」
冷たく言い放たれた陽平の言葉に目を丸くする。まるでそんな対応をされるとは思ってもみなかったと言わんばかりだった。
「いきなりどしたん。なあ、美陽くん?」
気まずそうに顔をそむけた美陽がそのまま歩き出す。
「なんや二人ともご機嫌ナナメやん。まあ、しゃあないか」
どうやら事前に墨馬から話が伝わっているらしかった。振り返ることなく去っていく二人を呼び止める素振りはない。
「あーあ、思ったよりバレるん早かったな」
二人の背中が遠ざかっていく。蘆屋は暫くその場に立ち尽くしてから、肩をすくめた。残念と蘆屋が向かったのは拝殿に繋がる階段。そこを登りきったところに建っている社務所だった。
