野々宮は定休日のこの日。店の奥で揺り椅子に座りながら、ぼんやりと昔のことを思い出していた。
今でも衝撃的だと思わざるを得ない、ヴォーグ・ホーエンツォルとの出会いを。
* * *
あれはまだ、野々宮が三十歳だったころ。
店を構えて、間もない時でもあった。身寄りのない女達を雇い、女性のみの接客をしていた。
同じ女であれば、会話もしやすく、やりやすいと考えたのだ。
最初は怖がっていた女達も、少しずつやりがいを、楽しさを見出して、傷を過去のものとし、前に進もうとしていた。
そんな矢先だった。
雨が降りしきる中、ボロボロのスーツを着た男が店を訪れる。
スーツの隙間からは晒し木綿が顔を覗かせていて、女達はさあっと奥に引っ込んでしまう。
仕方なく、野々宮が対応する。
「ここは男性禁制だよ」
「服屋だろここは? 寺じゃあるまいし」
言い放つ男は、恐ろしいほど鋭い目をしているくせに、顔立ちが整いすぎていた。目の色も変わっていた。
「ちょっと事情があってね。男性は入れないんだよ。諦めて帰ってくれない?」
「そのわけを聞いてから決めてもいいだろ。他ってわけにいかねぇんだ」
野々宮は渋い顔をしながら、カウンターにある椅子に座る。
「あとで、そちらさんの事情も教えてもらうよ」
「構わねぇよ。ここでの話は誰にも言わん」
見た目がよすぎる男は、見ればボロボロのスーツを着ていた。細かいところまで気が回っていないのか、雑に作られている印象を持った。それをあらためて確認しつつ、野々宮は口を開く。
「そういうことなら。ここで働いてる女達は皆、男達に傷つけられて、逃げ出して居場所がないところを、わたしが拾ったのさ」
「それで?」
ふむとうなずく男の美しさといったら、たまったものではない。野々宮はそれに触れず、話を進める。
「最初は女であっても怖がって、仕事どころじゃなかったんだ。けど、根気強く寄り添う時間をかけていくと、なんとか仕事もできるようになった。この調子ならって思っていたまさにそのタイミングで、あんたがきた。わけは話したよ」
「……俺の番か。見てのとおり、今仕立ててもらっている店が、雑な仕事をするもんでな。斬れてもいないのに、破けるとかありえないだろ?」
まったく、と言わんばかりに、男は溜息を吐く。
「斬れてもいないって、どういうことだい?」
「俺は暗殺者を、生業としている。得物は鉄砲を小型化したこれだ」
男はごとりと腰に帯びていたリヴォルバーを、カウンターに置く。
「飛び道具なのに、なんで服が斬れるようなことが?」
きょとんとした野々宮が、さらに尋ねる。
「俺は無傷の勝利を、よしとしない。勝つならなおさら、痛みを背負わねば」
今でも衝撃的だと思わざるを得ない、ヴォーグ・ホーエンツォルとの出会いを。
* * *
あれはまだ、野々宮が三十歳だったころ。
店を構えて、間もない時でもあった。身寄りのない女達を雇い、女性のみの接客をしていた。
同じ女であれば、会話もしやすく、やりやすいと考えたのだ。
最初は怖がっていた女達も、少しずつやりがいを、楽しさを見出して、傷を過去のものとし、前に進もうとしていた。
そんな矢先だった。
雨が降りしきる中、ボロボロのスーツを着た男が店を訪れる。
スーツの隙間からは晒し木綿が顔を覗かせていて、女達はさあっと奥に引っ込んでしまう。
仕方なく、野々宮が対応する。
「ここは男性禁制だよ」
「服屋だろここは? 寺じゃあるまいし」
言い放つ男は、恐ろしいほど鋭い目をしているくせに、顔立ちが整いすぎていた。目の色も変わっていた。
「ちょっと事情があってね。男性は入れないんだよ。諦めて帰ってくれない?」
「そのわけを聞いてから決めてもいいだろ。他ってわけにいかねぇんだ」
野々宮は渋い顔をしながら、カウンターにある椅子に座る。
「あとで、そちらさんの事情も教えてもらうよ」
「構わねぇよ。ここでの話は誰にも言わん」
見た目がよすぎる男は、見ればボロボロのスーツを着ていた。細かいところまで気が回っていないのか、雑に作られている印象を持った。それをあらためて確認しつつ、野々宮は口を開く。
「そういうことなら。ここで働いてる女達は皆、男達に傷つけられて、逃げ出して居場所がないところを、わたしが拾ったのさ」
「それで?」
ふむとうなずく男の美しさといったら、たまったものではない。野々宮はそれに触れず、話を進める。
「最初は女であっても怖がって、仕事どころじゃなかったんだ。けど、根気強く寄り添う時間をかけていくと、なんとか仕事もできるようになった。この調子ならって思っていたまさにそのタイミングで、あんたがきた。わけは話したよ」
「……俺の番か。見てのとおり、今仕立ててもらっている店が、雑な仕事をするもんでな。斬れてもいないのに、破けるとかありえないだろ?」
まったく、と言わんばかりに、男は溜息を吐く。
「斬れてもいないって、どういうことだい?」
「俺は暗殺者を、生業としている。得物は鉄砲を小型化したこれだ」
男はごとりと腰に帯びていたリヴォルバーを、カウンターに置く。
「飛び道具なのに、なんで服が斬れるようなことが?」
きょとんとした野々宮が、さらに尋ねる。
「俺は無傷の勝利を、よしとしない。勝つならなおさら、痛みを背負わねば」
