冷酷無情な射手の吸血鬼に救われた、人として生きることを諦めた娘

「……ふう」
 ワインの入ったグラスを置いたヴォーグは、煙管を片手に部屋から続くベランダに出る。
 風を浴びながら、空を見上げる。
 満天の星空が、夜闇を彩っていた。
 ――この景色だけは、変わらんな。
 空に向かって深く細く、息を吐き出した。
 
 そのころ優月は、足を眺めていたが、やめにしてベッドに入った。
 足はいつ治る? 本当に歩けるようになる? 二度と歩けなくなったら、どうしよう。
 そんな疑問と不安が、脳裏をよぎる。
 ヴォーグとの出会いによって、優月の〝当たり前〟がひっくり返ったのは確かである。傷は治さなければならない。放置などしてはならないと知って、驚いた。自分なんか、傷つくのが当然と思って、それを疑うこともしなかった。
 出会いがあったおかげで、まだ辛いけれど、ようやく〝傷つけられた〟に変わった。ある意味、負の連鎖から、少しは逃れられたのかもしれない。過去は変えられないけれど、未来はなんとかなるかも。そうであってほしいと願うことしかできない。
 歩けるようになったら、きちんとお礼を言わないと。別に礼なんかいいって言われそうだけど、それでも言わなきゃ、こっちの気がすまない。
 ――やっぱり、ヴォーグのこと、心配だな。
 怪我をしているのに、まるでそれを、感じさせないからなおさら。
 あたしのことは過去になったけれど、ヴォーグはずっと傷ついてる。しかも本人はそれをやめる気がないみたいだし、いや、むしろ傷つかなければ意味がないとすら、思ってるかもしれない。
 ――無傷の勝利の、なにが嫌なんだろ?
 優月はベッドの中で、首をかしげる。
 なんでそこまで、傷を負わなければならないのか、いつか聞いてみたいな。
 なんでこの国にきたのかも、どこの国の出身なのかも、知らないんだった。
 ――本当に、知らないことばっかり。
 仕方ないと言わんばかりに、優月は苦笑する。
 足は晒し木綿でぐるぐる巻きだから、状態がまったく分からないけれど、少しでも早くよくなって。
 そんな願いを込めて、優月は意識を手離した。
 
 ベランダにい続けたヴォーグは、満足したのか部屋の中へ移動する。
 ワインを最後の一口を飲み、コルクを瓶の口に押し込む。
 煙管をふかせるのも疲れたのか、いったんテーブルに置いた。
 細く長く節くれ立った、手を見つめる。
 ――この両手はもう穢れている。そもそも綺麗であったことなど、ないかもしれない。物心ついたときから、きっと汚れていたのだろう。
 ――人の温かみなど、光を知らず。知っていることといえば、冷たさと絶望、心を抉られるような、言葉の数々。(さげす)まれ、(うと)まれ、否定される。
 見たくもない、人の闇を見せつけられ、感じたくもない苦痛を、味わってきた。色眼鏡でしかものを見ない連中には、なにを言ったところで無意味。だから、嵐が過ぎ去るのを、ただただ待ち続けた。彼らのことをただの悪天候、と思うことにしたのだ。
 そういう考えをするようになって、ほんの少しだけ、気が軽くなったかのような気がした。気休めにしかならないけれど、それがどんなに救いになったか。
 物事を様々な面で見つつ考えることが、いかに大事か知ることができた。
 転ばされても、傷つけられても、何倍にも強くなって跳ね起きる。
 辛い経験をしても、様々なパターンを吸収し、次に生かすことを誓う。決して行動には移さなかった。奴らの怒りを買わないように。
 
 そんな、昔のことを思い出していた。