冷酷無情な射手の吸血鬼に救われた、人として生きることを諦めた娘

 それから月が変わったころ、ヴォーグの傷は完治となり、依頼を再開した。
 所用で曇り空の中、一人出かけて洋館に帰ろうとしたとき、男に声をかけられる。
「お尋ねしたいことが、あるのですが」
「ん?」
「ひっ!」
 ヴォーグが振り返ると、気弱そうな男が小さく悲鳴を上げる。
「なにを聞きたいんだ?」
「その姿……もしや、あの洋館に住んでいるお方では?」
「だったらなんだ?」
 あっさりヴォーグが認めると、男が咳払いをする。
「こほん、実は依頼をしたいと思っておりまして。お時間、いただけます?」
「手短にな」
 低い声で言うと、男が喋り出した。
「実はもしあなたがかの有名な〝射手の神〟であるのなら、知り合いを殺めてほしいのです」
「理由は?」
「娘への執着が、酷いからです」
「それだけで、殺してくれって言うんだから、よほどなんだろうが。それで? お前はなにを、差し出す?」
「これを。成功報酬も、含んでます」
 男は怯えつつ、札束を二十枚ほど渡してくる。
 最初は千円札かと思って(あらた)めると、一万円札だった。
「念のためにもう一度聞くが、本当に殺していいんだな? そいつの名は?」
「殺してください。そうするしかないのです。名は戸崎(とざき)小助(しょうすけ)
「明日の夜に決行する。家から出るな」
「分かりました」
 男は一礼して、離れていった。
 
「まったく。依頼が絶えねぇな」
 呟きながら、ヴォーグは洋館に帰る。
 ライフルを自室に置くと、優月の部屋の前までいき、ドアを叩く。
「どうぞー」
「帰ったぞ」
「お帰りなさい」
 ベッドから上半身を、起こした優月が言う。
「いない間、歩いたりは?」
「してないよ。そんな変な勇気ない」
「確かに、それは変だな」
 くつくつと、ヴォーグが嗤う。
「大分かかったみたいだけど、なにかあった?」
 優月が首を、かしげる。
「依頼を受けただけだ。明日の夜、出向く」
「分かった。気をつけてね」
「おう。あまり無理して、起きていなくていいからな。用があればまた声をかける」
「うん。ありがと」
 優月は笑顔を見せた。
「休めよ? それが一番の薬だからな」
 ヴォーグはそれだけ言い残し、優月の部屋を出ていった。

 その足で自室に向かう。
 ワインのコルクを捻って、グラスに注ぐ。
 その音を聞きながら、ヴォーグは溜息を吐く。
「歩けないというのは、かなり堪えるだろうな」
 優月の様子を、思い出しながら呟く。
 笑顔を見せているが、どうにも強がっているように見えてしまうのだ。
 根が独りだから、というのも、あるかもしれない。
 本音を聞き出したいところだが、そう簡単にはいかないだろう。
 ――もっと、会話をしていくしかないな。
 ヴォーグは少し暗い顔をしながら、グラスをかたむけた。