その日の夜、眠りにつきながら優月は考える。
沁みついて離れない、過去の全てを、打ち明けてみようか、と。
泣いてしまうかもしれない。震え出すかもしれない。軽蔑されるかもしれない。それになにより、怖くて仕方がない。
でも、それでも。話してみなければなにも分からない。
――ここまでしてくれてるんだから、少しでもお礼の気持ちも込めないと。
そんなことを思いながら、優月は眠りについた。
そのころヴォーグは煙管を使い、一服していた。その横顔はあまりに、険しく暗い。
優月に話したことを、後悔しているのではなく。
――あいつのことが、心配なんだろうな。
徹底的に傷つけられ、己の意思を捻じ曲げられた。長い間まともに、歩くことすらできない。傷が治るだけでは、ダメなんだろう。
――俺にできることと言えば、傍にいて話を聞くくらいだしな。心の癒し方なんて分からない。
紫煙を吐き出すヴォーグは、顔をしかめることしかできなかった。
翌朝、ヴォーグが優月の部屋を訪れる。
優月は上半身を起こして待っていたらしく、ヴォーグが言う。
「待たせたのなら謝る」
「いいの」
にっこりと優月が笑う。
「どうしたんだ?」
無理に明るく振る舞っているように見えたヴォーグが問う。丸椅子に腰かける。
「え?」
「俺には無理をしているように見えるんだが?」
その言葉を受けた優月は、苦笑を浮かべる。
「なんで分かっちゃうのよー。もう。ちょっと長くなるけど、昔の話したくて」
「時間はたっぷりあるし、構わねぇよ」
「よかった。あたしが憶えているのは……」
優月は遠い目をして語り始めた。
* * *
母が殴り殺されたのが、最初の記憶である。
当時五つだった優月は、母に声をかけ、起こそうと必死になる。
その様子を周りで見ていた、少し年上の少年らが嘲笑いながら、優月を殴る。
今まで感じたことのない痛みに戸惑い、涙が溢れた。
優月だけが残され、少年らの標的は自然と、彼女に定められた。
それから数年が過ぎ、十歳になっても殴られ続けていた。
ボロボロの着物で、長い髪は都合よく引っ張られ、平気で人の心を殺すような言葉を、空気を吸うかの如く、口にする。
少年らは上で、優月にはなにをしてもいい。こいつらは、優月の母を殴り殺しているのに、罪の意識がなにもない。
人を殺めたのなら、警察に突き出されるべきなのに。罪を償うべきは、お前達なのに。
そんな言葉は、決して口にはしない。
殴られてでも、生きなくては、ならなかったからだ。母のように死なないように、必死だったのだ。
足が傷だらけで歩けなくても、歩かなければ、死んでしまうのではないかという恐怖。早くこの負の連鎖から、逃れたいと願う気持ち。でも、逃れられやしないとも思う諦め。
沁みついて離れない、過去の全てを、打ち明けてみようか、と。
泣いてしまうかもしれない。震え出すかもしれない。軽蔑されるかもしれない。それになにより、怖くて仕方がない。
でも、それでも。話してみなければなにも分からない。
――ここまでしてくれてるんだから、少しでもお礼の気持ちも込めないと。
そんなことを思いながら、優月は眠りについた。
そのころヴォーグは煙管を使い、一服していた。その横顔はあまりに、険しく暗い。
優月に話したことを、後悔しているのではなく。
――あいつのことが、心配なんだろうな。
徹底的に傷つけられ、己の意思を捻じ曲げられた。長い間まともに、歩くことすらできない。傷が治るだけでは、ダメなんだろう。
――俺にできることと言えば、傍にいて話を聞くくらいだしな。心の癒し方なんて分からない。
紫煙を吐き出すヴォーグは、顔をしかめることしかできなかった。
翌朝、ヴォーグが優月の部屋を訪れる。
優月は上半身を起こして待っていたらしく、ヴォーグが言う。
「待たせたのなら謝る」
「いいの」
にっこりと優月が笑う。
「どうしたんだ?」
無理に明るく振る舞っているように見えたヴォーグが問う。丸椅子に腰かける。
「え?」
「俺には無理をしているように見えるんだが?」
その言葉を受けた優月は、苦笑を浮かべる。
「なんで分かっちゃうのよー。もう。ちょっと長くなるけど、昔の話したくて」
「時間はたっぷりあるし、構わねぇよ」
「よかった。あたしが憶えているのは……」
優月は遠い目をして語り始めた。
* * *
母が殴り殺されたのが、最初の記憶である。
当時五つだった優月は、母に声をかけ、起こそうと必死になる。
その様子を周りで見ていた、少し年上の少年らが嘲笑いながら、優月を殴る。
今まで感じたことのない痛みに戸惑い、涙が溢れた。
優月だけが残され、少年らの標的は自然と、彼女に定められた。
それから数年が過ぎ、十歳になっても殴られ続けていた。
ボロボロの着物で、長い髪は都合よく引っ張られ、平気で人の心を殺すような言葉を、空気を吸うかの如く、口にする。
少年らは上で、優月にはなにをしてもいい。こいつらは、優月の母を殴り殺しているのに、罪の意識がなにもない。
人を殺めたのなら、警察に突き出されるべきなのに。罪を償うべきは、お前達なのに。
そんな言葉は、決して口にはしない。
殴られてでも、生きなくては、ならなかったからだ。母のように死なないように、必死だったのだ。
足が傷だらけで歩けなくても、歩かなければ、死んでしまうのではないかという恐怖。早くこの負の連鎖から、逃れたいと願う気持ち。でも、逃れられやしないとも思う諦め。
