冷酷無情な射手の吸血鬼に救われた、人として生きることを諦めた娘

「足は相変わらずのようで一安心。悪化してないと分かっただけでも、よしとしないと」
 坂埜の安堵した笑みに、優月は戸惑うことしかできない。
「ごめんなさい。なにも、言えなくて……」
「謝らないでいいんだよ。君はもう少し、素直になった方がいい。……ヴォーグ、もういいよ?」
 その言葉を受けて優月はさらに首をかしげる。
 
 坂埜の声が聞こえていたのだろう、すぐにヴォーグが入ってきた。
 ヴォーグは無言で優月を抱きかかえ、前の部屋に置いてあった椅子に移動させる。

 それが終わると、さっさと診察室へ。
 置いてあった丸椅子に座り、コートを脱ぐ。斬られて使い物にならないジャケットとワイシャツを脱いだ。
「はい?」
 坂埜は夥しい鮮血と深い傷の数々を見て、絶句する。
 これだけの傷を負っているのに、表情のひとつも変わらない。わけが分からない男である。
「これも外した方がいいだろう」
 絶句している坂埜を置き去りにして、ヴォーグはリヴォルバー二挺と、ライフルを床に置く。
「この馬鹿! 痛いのに痛いって言えないの、分かってるけどさ! それでも、痛みをそこまで隠さなくてもいいんじゃないの⁉」
「は? 隠す必要があるから、そうしているだけだ」
 にべもなく、ヴォーグが言い放つ。
「君は徹底的に、感情を表に出すことを嫌ってるけど! こんなに痛い思いをしているのに、無表情なんて! あんまりだよ!」
「なにがだ?」
 坂埜が珍しく感情を爆発させているので、ヴォーグは面食らいながら、しばし見つめる。
「痛いのを自覚しているのに〝他人事〟でしか考えられない君を見てるとね、哀しくなるんだよ! 他ならぬ君自身が、感情に蓋をしてる。誰かに感情を抑えろって、言われたわけじゃないんでしょう?」
「誰かに言われてはいそうですかと、聞く方がどうかと思うが? 俺はそんな方法でしか生きてこれなかった。俺にとっては、最善の選択をしたんだ」
 低い声でヴォーグが言う。
「最善? いいや、違うね。最も残酷な手段を取るしか、なかったように見えるけど?」
 坂埜は真っ向から、ヴォーグの意見を否定する。
「なんでこうも、鋭いんだよ。お前は」
 怒りに身を焼かれながら、ぽつりと口にする。
 坂埜は話に夢中で手が止まってしまったことを、内心で悔しく思う。
 手を動かしながら、言葉を返す。
「ずっと、診てきてるからね。……お説教はここまで」
 ヴォーグは、詰めていた息を吐き出す。
 すべての傷に手当てを終えるまで、今回はだいぶかかった。
 傷は両腕に、集中しているように見えた。
 ひとつひとつの傷に油紙をあてて、晒し木綿で固定する。
 上半身を晒し木綿で、巻かれたヴォーグは顔をしかめる。
 傷が痛んだのかもしれないと思いつつ、坂埜は余計な茶々は入れない。
 腕は刺し傷やら斬り傷で埋め尽くされているし、右脇腹と腹の傷は深いしで、治るのにはかなりの時間がかかると坂埜は思った。
「どれくらいで完治する?」
 ヴォーグが低い声で尋ねる。
「それ、かなり先だから。晒し木綿が外れるのは多分、十四日後かな」
「また長いじゃねぇか」
 ヴォーグは顔をしかめて、呟く。