冷酷無情な射手の吸血鬼に救われた、人として生きることを諦めた娘

「……なに?」
「どうして、泣いている?」
「なんで泣いてるのか、分からないけれど。こんなに傷だらけになって、こんなに深い傷ばっかりだなんて、想像もしていなかったから。驚いたし、あなたの言葉は、とても哀しみに満ちてる気がする」
 その言葉を受けたヴォーグは、眉根を寄せる。
「忌み嫌ったりはしないのか? 俺の言葉が?」
「そんなことするわけないじゃないの。あたし、そんな色眼鏡、持ち合わせてないのよ。哀しいわよ、ホント。……人間離れしていることは分かるけれど、なんでこんなにも手が冷たいの?」
 ずっと思っていた疑問を、ヴォーグにぶつけてみる。
「そうか。……お前の言葉には驚かされてばかりだよ。……俺が人間ではない証の、ひとつでもある」
 低い声で、ヴォーグが言う。
「驚いてるのはお互い様でしょうに。人間じゃないって……?」
 優月は苦笑しつつ、首をかしげる。
「怯えさせてしまうかもしれないのが、不安だが。……吸血鬼と言った方が伝わるか?」
 仕方ないと言わんばかりに、ヴォーグが口にする。
「え? 血が必要なの?」
 優月が、首をかしげたまま尋ねる。
「人間には生きるために、水が欠かせないが。俺は血が飲み物みたいなもんだ。だが、人間からの血はもらっていない」
「血が飲み物……」
 それだけでも想像を、絶するのだろう。呟いたまま、優月が固まっている。
「無理もねぇな。お前の手が、冷え切っても困る」
 苦笑したヴォーグが大きな手を退けた。
「ちょっと頭が追いつかない……」
 申しわけなさそうに、優月が顔を伏せる。
「まあ、一気に言いすぎたからな。ここまでにしよう」
 ヴォーグは苦笑すると、ワイシャツを羽織って、優月の部屋を出た。
 
 ベッドに寝た優月は、先ほどの言葉を思い出す。
 人間じゃないことと、生きるために大事なモノを、差し出したこと。
 涙が際限なく、溢れ出してくる。
 どうしてそんなにも、残酷なことを、しなければならなかったのか?
 いつか、それを知りたい。
 それは優月の中で湧き上がってきた、ささやかな願いであった。
 話を聞いて疲れたのか、優月はすぐに意識を手離した。
 
 そのころヴォーグは、部屋のドアを僅かに開けて寝息を立て始めた優月を見つめて、安堵の息を吐く。
 眠ってくれたならなによりだ、と思いながら。
 
 自室に戻ったヴォーグは、ワイシャツのボタンを留めてコートを羽織る。
 二挺のリヴォルバーを撫でつつ、両腰に装備。
 壁にライフルが立てかけてあるのを確認しつつ、煙管を手に取った。
 ふうっと細く長く息を吐き出しながら、優月の様子を思い出す。
 忌み嫌うわけでも、拒絶するわけでもなく。ただ、涙した彼女の様子を見て、正直驚きしかなかった。それと戸惑いも。
 ――俺が今まで見てきた非情な人間達とは違う故に、戸惑ったのかもしれない。事実を知ろうが知るまいが、侮蔑と殺意しか向けてこなかった彼らとは。あの娘は興味深い。どう反応するのか見てみたい。
 そんなことを考えるヴォーグの横顔には、うっすらと笑みが浮かんでいた。