冷酷無情な射手の吸血鬼に救われた、人として生きることを諦めた娘

 ある日の夕方、洋館を訪ねた少年が、ヴォーグに連れられて、リビングへと通される。
 物珍しいものでいっぱいなのだろう、興味津々という顔をしている。
「見せ物じゃねぇんだよ。用件をさっさと言え」
 ヴォーグは椅子に座って、不満げに言い放つ。
「うっ……。面倒な人に絡まれて困ってる。確か、鎖国派の人達だったと思う」
「そんなのこの国には、ゴロゴロいるだろ。名は?」
 低い声でヴォーグが尋ねる。
「えーと、坂本(さかもと)(みのる)って言ったかもしれない」
「そいつ、殺していいか?」
「え……?」
 少年は明らかに、戸惑った表情をする。
「この洋館にきたってことは、誰かを殺してほしいと願ったんじゃないのか?」
 低い声で尋ねるヴォーグだが、怒りが垣間見える。
「……殺して。もう関わりたくないし」
 その雰囲気に気圧された少年が、腹を括って言った。
「分かった。……なんでもいい。お前が差し出すモノは?」
「これしかないのだけれど」
 少年はポケットから、小銭を差し出してきた。
「全財産ってことか。まあいい。明日の夜は絶対に、家から出るな。明後日、またこい」
「分かった」
 うなずいた少年を表まで送り、鍵をかけた。

「入るぞ」
 二階に上がったヴォーグは、優月がいる部屋の前で声を出す。
「どうぞ?」
 優月の声を聞いてから、ヴォーグがドアを開ける。
 そこにはベッドで寝ていた優月が、身を起こそうとしていた。
「起きなくていいのに」
 ヴォーグは慌てて駆け寄って、言いながら身体を支える。
「なにかあった?」
「依頼が入っただけだよ。それよりも足は?」
 ヴォーグが切り返す。
「痛みが酷くて、一睡もできないの」
 優月はしょんぼりとした声で言う。
「あれだけの傷だ。そうなっても仕方がない」
 低い声でヴォーグが言う。
「でも……。あたしはなにもお礼できないのに」
 優月は申しわけなさそうに、口にする。
「礼なんぞ要らん。気にするな」
 ヴォーグは低いが、優しさを込めた声で言う。
 優月はただただ、戸惑うことしかできない。
「……分かった」
「出かける前には顔を出す。それまで寝ていろ」
 こくんとうなずいた優月を寝かせたヴォーグは、部屋を出ていった。

 ――心の癒し方など、忘れてしまったからなぁ。
 自室に戻り、優月の姿を思い出して、ヴォーグは思う。
 ――痛みがあることが、普通になってしまっただけじゃない。なにもかもを、奪われ尽くした。生きることは地獄でしかない、と思ったかもしれない。そうでなければ、あんなにも自棄にはならないだろう。苦痛と呪いの言葉が、過ぎ去るのをじっと待つ。嫌だ、やめてと言えない。あの連中は、彼女の言葉に耳を貸さない。人として大事なものが、欠落しているような連中だ。人の痛みに気づかない者など、生きている価値はない。
 ヴォーグは無言で煙管をふかしながら、天井を見上げる。
 ――救ったはいいが、大変なのはこれからってことか。
 仕方ないと言わんばかりに、溜息を吐いた。