戦上手の冷遇妃は軍師となり溺愛される

 急いで文官の服に着替えて私は走る。
 行き先は、昨日涼と初めて会ったあの門の前だ。

「遅いぞ、白夜。来ないかと思った」

 涼が、私の姿を見て手を振る。

「置いて行ってくれても良かったのですけどね」
「そう言うな。この青虎国の命運は、白夜の作戦にかかっているんだ」

 はははっと明るく涼が笑う。
 
「昨日会った人間に、どうしてそんな重要なことを任せるのか分かりませんね」
「それが、涼様の良いところなんですよ」

 黒羽は、どうやら心の底から涼に傾倒しているらしい。
 
「さ、いくぞ」

 涼は、さっさと自分の馬に乗る。
 見事な黒毛の馬だ。
 大人しく涼の指示に従っている様を見れば、よく訓練された馬なのが見て取れる。

「では、白夜もどうぞ」

 黒羽に促されて、私も涼の用意してくれた馬に乗る。

「乗馬は?」
「その……ほどほど……」

 多少は乗れる。
 でも、得意ではない。
 ふ、振り落とさないでね。
 私は、ポンポンと馬の背を優しく叩く。
 馬は、ブルンと首を振った。
 不安だ。
 以前に砦の攻略に行った時には、私は荷馬車に乗っていたのよ。
 たくさんの絹も準備してたし。

「あ、いいよ。白夜は俺の馬に一緒に乗れ」
「え、それは……」

 女ってバレないだろうか。
 
「いいから。白夜の落馬を心配していたら、気になって前に進めないだろ。これから先、道だって整備されていないんだ」

 ほらっと涼が手を伸ばしてくる。
 うう……仕方ない。
 私は、涼の前に座らされる。
 背中に涼の体温を感じてドキドキする。
 涼に抱きかかえられる形に乗るのが、何だか照れくさい。

「せめて後ろが良いです」
「一々振り返っていられるか」

 私のなけなしの提案は、一蹴されてしまった。
 馬は進み始め、王宮を出ると馬は順調に王都を出る。
 先に黒羽が進み、先導する。
 私と涼の乗った馬は、その後を付いて行く。
 門番や行き交う衛兵は、黒羽が二言三言話せば、誰もがすんなりと通してくれる。

「順調ですね」
「ああ、青虎の領内は、どこも通行証があるし平気だ」
「問題は、砦」
「うん。向こうは青虎を警戒している。だから、迂回してキャラバンが通る道を使って近づかねばならないが……」

 涼が言葉につまる。

「危険?」
「そうだ。俺達は、旅の傭兵。赤虎の国から、大きな戦の気配を感じて流れてきたという設定だが……」
「信じてくれるかどうか……」
「まず、信じないだろうな」

 だけれども、砦に入らねば話にならない。

「涼様、旅の経験は?」
「ある。青虎の国を幼い頃に離れてから、三年前までずっと旅をして世界を回っていた」

 涼が、ジッと私を見つめる。

「昔、俺は赤虎の国に行ったことがある」
「え、そうなんですか?」
「ああ、そこで白夜そっくりの菫色の瞳の少女を見た」

 すごく綺麗だったと、涼は懐かしそうに話す。

「ひょっとして……キャラバン隊に混じっていませんでしたか?」

 私も思い出す。
 私を包むこの褐色の肌は、見覚えがある。
 赤虎国で昔見た、キャラバン隊だ。
 その中に、涼がいたのだろうか。
 振り返って見上げると、涼と目が合う。
 涼の瞳を見て、キャラバンの中に、少年がいたことに思い至る。
 私は、重い荷物を大人と一緒に運ぶ少年に、水をあげたのを覚えている。
 ああ、あの時も、この輝く深い瞳をすごく綺麗だと思った。

「やっぱり白蓮だ。会えて嬉しい」

 甘く優しく涼が耳元で囁く。
 心の臓がドキリと跳ね上がる。
 私の心臓と同じ様に、涼の心臓の音も早い。

「だ、駄目です。白蓮だということは、内密に」

 末席とはいえ、私は、後宮妃だ。
 涼に惹かれてはならない。たとえ、西寧王が、私に見向きもしないとしてもだ。
 この温かい胸に身をもたれさせてはいけないのだ。
 顔が熱い。

「ずっと、キミにもう一度会いたかった」

 涼の声に、応えたい自分を私はグッと押し殺す。
 だって、私が臣下である涼と結ばれることがあれば、涼が不幸になる。
 私だけでなく涼が咎められて、罰せられる。
 私の身は、西寧王の所有物なのだ。

「涼様、私は、その……」

 本当は、新月宮の後宮妃なんです。
 西寧王の元へ、赤虎の国から政略結婚で嫁いで来た身なのです。
 だから、涼様にお応えできません。
 そう言いたいのに、上手く言葉が口から出てくれない。
 声が震える。

「応えなくっていい。良いんだ、白蓮」

 涼は、少し寂しそうにそう言った。


 ◇ ◇ ◇

 まず緑虎の国境の川を越え、そこからぐるりと北上して、緑虎と黄虎の国境を越えると、とうとう砦へと向かう黄虎の道に出た。
 傭兵に見えるだろうか。
 商人か吟遊詩人を名乗った方が、騙せたんじゃないだろうか。
 そんな迷いが頭の中にグルグルと生まれては消えて、私を悩ませる。

「大丈夫だって。何があっても、お前だけはちゃんと生きて逃がすから」
「それを大丈夫だとは言いません」

 不吉なことを言わないでほしい。
 私は涼を犠牲にして、逃げ帰りたくはない。

「白れ……」
「私は、白夜です!」

 ここで気を抜くと、本当に危険だ。
 その……涼に白蓮と呼ばれれば、心が跳ねてドキドキする。
 冷静になれなくなる。
 少し前を進んでいた黒羽が、ピタリと止まる。
 
「涼様、前から兵士です」
「ああ、黒羽。頼んだぞ」

 黒羽は、傭兵の経験があると作戦を立てる時に聞いた。
 だから、それらしい応対は、黒羽に任せるのが一番だ。

「どこから来た!」
「緑虎国だ。緑虎国で、穀物を狙う山猿退治を生業にしていたんだが、まあ、賃金が安い。だから、戦があるって噂を聞いて、ここまで来たんだが……まだ間に合うか?」
「ふうん。傭兵志願か」

 兵士が、ジロリと黒羽を眺める。
 長身で、立派な体躯の黒羽を見て、「なるほど」と、兵士が唸る。
 黒羽が立派な兵士だとは、誰の目にも明らかだ。
 ……問題は、私達だ。

「そっちの二人は?」
「ああ、俺の仲間だ。旅の途中で一緒になった。一人は十分に戦えるが、もう一人は……まあ、知恵が回るから連れて来ただけで、あまり稼ぎにはなりそうもない」

 やれやれと、黒羽がため息をつけば、兵士が嗤う。

「確かに。華奢過ぎて、雇ってもらうことも難しいし、たとえ雇ってもらったところで、一瞬でおっ死んでしまいそうだ」
「まあ、違いねえ!」

 兵士と黒羽は、二人でドッと笑い出す。
 馬鹿にされるのは、好きじゃないが、仕方ない。

「おい! 小さいの! お前、そんなじゃ帰った方が賢明だぞ!」
「はあ、でも、村にはもう米粒一つありませんで」

 私は、準備していた作り話をする。
 設定を決めていた。
 黒羽は、屈強な山村の傭兵。涼は、キャラバンの護衛。私は、貧乏の末に傭兵志願した見習い兵。
 だから、何を聞かれようが、それなりに応えられるはずだ。

「まあ、その華奢な身体じゃあ、碌に畑も耕せないだろうからな」

 また兵士が嗤う。
 どうやら、信じてくれたようで、私達は、兵士に通してもらる。
 幾度か似たようなやり取りをした末に、ついに砦へ着いた。

 私は、「ははは」と笑って、やり過ごす。