戦上手の冷遇妃は軍師となり溺愛される

「ごめんね、夕夏。斥候として黄虎国の砦に行くことになった」

 新月宮に戻って開口一番に夕夏にそう告げれば、夕夏は卒倒して倒れそうになっていた。

「何が一体どうなったら、ほんの半日ほど目を離しただけでそんな恐ろしいことになるんですか」
「うん、それは私も不思議」

 でも、決まったものは仕方ない。
 それに、末席とはいえ私の住まいはこの青虎国の後宮の中にあるのだ。
 だったら、青虎国のために尽力するのも仕方ない。
 ……元々は、赤虎国にいた時に、周囲への影響も考えないで砦を攻略してしまった私の責任もあるのだし。

「それに、どうするんですか? さきほど清月宮の使者が来られて、明日のお茶会に誘われたんですよ?」
「え、お茶会?」
「はい。清月宮の主たる正妃の玉葉様直々のお誘いの茶会を欠席して、黄虎国の砦に行くなんて、前代未聞のことです」

 まあ、そうだろうな。
 そんなことは、赤虎国の後宮史にも、青虎国の後宮史にも、なんだったら黄虎国にも緑虎国にもないだろう。

「病気で行けませんとは……」
「無理ですね。病気と言った瞬間に薬師を呼ばれます。新月宮に白蓮様がいらっしゃらないことは、一瞬でバレます」

 だよね。
 場末のおんぼろ宮と言えども、後宮だもの。
 病気だとたばかれば、きっと薬師がやってきて騒ぎになる。

「じゃあ、夕夏が私の身代わりに茶会に出席……」
「それも無理ですね。玉葉様のお顔を私達は知りませんが、向こうは遠目ながらも白蓮様の顔は見ておられます。そんな特徴的な髪と瞳は、隠せません」

 それも、そう。
 ああ、私も布で顔を覆っておくべきだった?
 そんなの謁見で許されるわけないけど。
 
「茶会の開催時間は?」
「日中から日入までです」
「な、長いわ」

 日が天中に着く頃合から、日の入りまでなんて、そんなに長くお茶なんて飲んでいられないわ

「大丈夫です。清月宮の広い庭園で、各宮の妃が女官や下女を彩って華やかに催すそうですから。休憩も取れますわ」
「だったら、最初に正妃玉葉様にご挨拶して、退席しても……」

 そうよ。涼たちと約束したのは、日の入り前の時刻。
 さっさと途中で退席して、作戦に向かえばいい。

「いけません。さすがに超絶末席の新月宮とはいえ後宮妃がいなくなるなんて前代未聞でしょう」
「うう……」

 困った私は、一計を案じた。

 ◇ ◇ ◇

 翌日。
 私と夕夏は、美しい衣装に身を包み、清月宮へ向かった。
 赤虎国の実の父が、今生の別れとなるかもしれぬ娘のために作ってくれた衣装。
 蝶の羽のように軽やかで美しい。
 私の髪色に合うように、淡い色合いに銀糸を織り交ぜて、日の光に輝いている。
 最も、私も夕夏も、今日はベールを被っているから、髪の色は外には見えないのだが。

 婚礼の日に一度見ただけだが、新月宮とは違い豪華な造りの清月宮。
 鮮やかな衣装の美しい女官や後宮妃たちが、絢爛たる装飾の部屋に集う様は、天界の天女が遊ぶ姿を思わせた。

「本日はお招きありがとうございました」

 私は、夕夏を従えてベールを脱いで玉葉様に頭を下げる。

「えっと……どなたでしたか?」

 嫌みだ。知らないわけない。会ったのは、ほんの数日前だぞ?
 玉葉様は、末席の新月宮の私なんて、認めていないと仰せなのだ。
 だったら、誘わないでくれ。ひっそりと貴女に関わらない場所で生きていくから。

「大変に失礼をしております。私は、新月宮を預かる白蓮にございます」

 嫌みには屈しない、大人の返答をして私は微笑む。
 私の微笑みに、玉葉様の可愛らしいお顔が歪む。
 これは、幼くていらっしゃる。
 大人びた化粧を厚く塗ることで誤魔化していらっしゃるが、私よりも年下だ。

「本日はベールを被っていらっしゃるのね」
「はい。庭園でのお茶会と聞きました。日に焼けると肌が赤くなるものですから」
「あら、そんな繊細な方には見えませんのに」

 ホホホと玉葉が笑う。
 一々嫌みを言わないと、私と話せない呪いにでもかかっているのだろうか。

「貴女は、赤虎国の国王の実の娘ではなく、養女なんですってね」

 玉葉が冷笑する。

「ええ、赤虎国の宰相の娘でございます」
「まあ大変。小さな赤虎国の宰相様のお嬢様! それで連れて来られた侍女がたったお一人なのね」 

 こ、こいつ……。
 確かに赤虎国は、青虎国の半分ほどの大きさ。小さいのは確かだけれども、同盟国だぞ?
 同盟国の宰相の娘に、こんな分かりやすいマウントってどうよ。
 玉葉の態度に、私の血管はぶちぎれそうだが、それでも私は笑顔を絶やさない。

「ええ、不躾がございましたら申しわけありませんので、綺羅綺羅しい皆様のご様子を隅で眩しく見守らせていただきますね」

 訳せば、「お前とは気が合いそうもないから、離れておくわ。近寄ってくんな」を優雅に言い返したのだ。
 だが、玉葉は気付かなかったようだ。
 
「殊勝な態度、よろしくってよ。努々、出過ぎた真似をしようとはせず大人しくしておくことね」

 なんて言って、周囲の侍女たちと笑い合っている。
 勝手に言ってろ! と、心の中で叫びながら、私はしずしずと玉葉の前から下がる。

「よくぞ耐えました」

 夕夏が小声で褒めてくれる。

「いつ白蓮お嬢様がブチ切れて玉葉様に殴りかかるかとひやひやしておりました」
「あんな小娘に本気は出さないわよ」

 ちょっとヤバかったけど。
 私も夕夏もベールを被り、庭園に出る。
 私は、もっとも新月宮に近い、庭園の隅の小さな東屋に座る。
 そこにも女官によってお茶は振舞われるが、私に媚を売っても何の得もないことをよく知っている後宮の侍女や女官たちは、最低限のお菓子とお茶を用意した後は、さっさとどこかへ行ってしまった。
 もちろん、別に気にはしない。
 そんなこともあろうかと、私と夕夏は、自分が食べる分の食料と水の入った竹筒は持って来た。
 お茶と僅かなお菓子をいただけただけで、ありがたいくらいだ。
 それに、とっても好都合なことに、ここには私と夕夏だけ。
 これからの計画には、すごく助かる。
 私は、ゆっくりお茶に口を付ける。
 上等でまろやかな口触りのお茶。
 花の香りがする。これは、今のジャスミンの香りだ。
 庭園の中央の大きな東屋では、賑やかに他の後宮妃と玉葉が集い、ドッと笑い声が上がっている。
 みんな、玉葉に媚びるのに必死そうだ。
 賑やかな集団の中に、みすぼらしい身形の老婆が混じっている。
 皆、真剣に老婆の話を聞いているようだ。

「夕夏、あのお婆さんが誰だか分かる?」
「ああ、あれは妖術師の獏です。なんでも、玉葉様のお気に入りで、占いや薬の処方が得意なんだそうです」
「占いと薬……ね」
「ええ、眠れない夜に、睡眠薬を処方したり、たちどころに効く熱さまし、肌あれを防ぐ薬、そんなのを処方してくれたり、今日の服の吉兆を占ってくれたりするのだそうです。玉葉様は、すっかり信頼して、何でも相談しているという話です」

 ああ、だからあんなにみんな老婆……獏の話を聞いているのね。
 これは、こちらには見向きもしないだろう。

「でも、気になるわよね。なぜあんなに露骨に私に敵意を見せてくるのか」
「それは、理由があるんです。なんと、西寧様が白蓮お嬢様を一目見た時に『綺麗だ』と呟いたそうなんです! 西寧王は、色恋に興味を示さない方なんだそうで、本当に珍しいことなんですって」

 夕夏は、噂話が好きな下女に教えてもらったのだそうだ。
 さすが、後宮。この手のゴシップはすぐ話が広まる。
 
「でも、姿は見せなかったじゃない。聞き間違えじゃない?」

 そんなに私を気に入ったなら、輿入れ当日から今日まで、その西寧王が一度も新月宮へ来ないなんて変だ。
 寵愛がほしいわけじゃない。
 でも、あまりに冷遇されている現状を考えると、西寧王が私を綺麗だなんていったという話は、信じがたい。

「さあ。何か理由があるんでしょうかね?」
「夕夏。玉葉様の御出自は?」
「ええっと、西寧王が王になられた二年前に正妃となられて、前王の頃から仕える太政大臣の娘だそうです」
「なんだ、自分も王族ではないんじゃない」

 同族嫌悪……自分が、王族の出身ではないことに、引け目を感じているから、あんな風に私をあからさまに見下すのかもね。

「その……西寧王は、新月宮にもお寄りになりませんが、玉葉様の元へもめったにお越しにならないそうです」
「え、どうして?」

 玉葉が、私に嫉妬したとすれば、玉葉から西寧王を拒否してはいないだろう。
 西寧王の足が、玉葉の方へと向かないのだ。

「さあ……それは分かりません。一説によると西寧王がその……不能なんじゃないかって噂もありますが」

 夕夏が顔を真っ赤にする。

「ありうるわね、不能説!」
「白蓮お嬢様、そのような大きな声で、不能だなんて、そんな……はしたない」

 いや、話題を振ったのは、夕夏なんだけれどもね。
 まあ、いいや。

「玉葉様は大変みたいですよぉ。お父様の太政大臣からは、子が早く見たいと毎日催促があるみたいでして」
「子が生まれて王家の外戚になれば、太政大臣にとっては良いことだらけだものね。国を牛耳ることができるし」
「ええ。ですから、白蓮お嬢様。他の妃には子どもが出来ては正妃様は困るのです」

 なるほど。
 自分の所には寄り付かない西寧王。その西寧王が私を気に入ったならば、それは正妃玉葉には面白くないどころの騒ぎではない。
 万一にも私に子が出来たりしたら、一大事だ。

 あ……。
 目の前のお茶が気になる。
 どうしよう。これ、ちょっと飲んだけれども大丈夫だろうか。
 まさか命を狙う薬は入っていないだろうけれども、不妊になるような薬くらいは、混ざっていても不思議ではない。
 美味しかったお茶が、急に怖い物に思えてくる。
 ……油断したな。
 これからは、出される物には気をつけよう。
 夕夏と私は、こっそりお茶を捨てる。
 お菓子も、包んで持って帰って、食べたことにしてしまおう。
 義理程度に他の後宮妃たちに挨拶もしてみたが、皆、私を無視した。
 ひょっとしたら、私を気の毒に思うような人もいるのかもしれないが、正妃の庭で私の味方なんて出来るわけがないのだ。

「刻限的にそろそろですね」

 夕夏が太陽の動きを見て、刻限を図る。

「ええ、そうね。始めるわよ」

 私は、東屋の陰に隠れて、夕夏と衣装を替える。
 夕夏は、ベールを被って俯く。
 私は、夕夏の姿でベールを被って新月宮へと向かう。
 途中で幾人かの女官とすれ違ったが、誰も私が白蓮だとは気づかない。

「あら、どちらへ?」

 一度侍女に聞かれたが、「はい。白蓮お嬢様の忘れ物を取りに参ります」と答えれば、「あら、間抜けな主人だと侍女も大変ね」とクスクスと笑われてすんなりと通ることができた。

 急いで新月宮へ戻って文官の服に着替えたら、涼たちと合流しなければならない。