猫のヤミヨを追いかけて、私は男装をして塀の外へ出る。
赤虎国にいた時も、実家である宰相邸を男装で抜け出したことは、多少……何回か……わりと頻繁にあったから、男装には慣れている。だから、自然と振舞えているのか、誰も私を気に止めない。
夕夏は、新月宮に置いてきた。
もし、万一、誰かが新月宮を訪れたら、誤魔化してもらわねばならないもの。
私は、平然と塀の外を歩き、すれ違う役人に会釈する。
行き交うのは、赤虎の国とあまり変わらない人種。
元々、四つの国は百年ほど前には、一つの国であったというのだから、当然だ。
それが、四人の兄弟の跡目争いによって、四つの国に分かれて、未だに領土争いをしている。
天山と呼ばれる山には、祖王である白虎王が眠っているという。
確実に今の乱世で同族どうして争う姿をみれば、白虎王は号泣ものだろう。
ヤミヨを追いかけて、私は、石畳の道を歩く。
ヤミヨは、軽やかに塀に跳び乗り、私に来いと促しているようだった。
「いや、無理だから。塀は登れないし」
ヤミヨみたいに塀を越えることが出来ない私は、門から中を覗く。
中では、建物の前の広場で二十人ほどの兵が勇ましく稽古をしている最中だった。
青虎軍は、力が強く勇敢なことで有名な軍だ。
えっと……軍の隊服を着ているけれども人数がすごく少ない。
ということは、警護をする部隊か……近衛兵か。
何か特殊な部隊なのだろう。
兵士達の技は素晴らしく、槍を持ったまま宙がえりをしたり、木刀で試合をしていたりと、見ていて飽きない。
「何をしている」
つい夢中になって見ていたら、声を掛けられた。
声の方を見れば、青年が立っていた。
黒い髪。褐色の肌。
異国の血でも混じっているのだろうか?
珍しい。
いつか、虎国以外の国から来たキャラバン隊が、艶やかな美しい褐色の肌であったことを私は思い出した。
青年は、偉そうなわりに中で訓練している兵士達よりも華奢に見える。
ということは、貴族の御曹司か何かで、将校とかそんな役職の人なのかもしれない。
これは、逆らわない方が良さそうだ。
「あの……すみません。つい皆様の技に見惚れてしまっていました」
私は、しおらしく謝る。
「うん。ここの連中は、皆、一騎当千の精鋭だからな」
ニコリと人懐っこい笑顔を青年が私に向ける。
「えっと……身形からして文官だよな?」
「は、はい! 本日から図書係に任命されたのですが、広くてさっぱり場所が分からず、ここに迷って来てしまいました」
私は、あらかじめ考えていたデタラメを述べる。
「そうか……若いし、まだ慣れていないのかな? 名前は?」
「びゃ、白夜と申します」
さすがに白蓮と名乗るわけにもいかない。女の名前だし。
「白夜か。俺は……涼だ」
涼が、私に手を差し出してくる。
握手を求めているのだろう。
涼の手を取れば、涼の手が私の手を力強く掴む。
私よりも大きな手の平に、たくさんのマメがあるのが分かる。
これは、働いている者の手だ。
華奢に見えても、涼は訓練を怠らない真面目な人物なのだと、手からも分かる。
「ふうん。小さな細い手だな。文官と言ってもこれは……」
まずい。このまま握手を続けていれば、女だとバレてしまいそうだ。
「涼……あの」
「そこ! 涼様とお呼びしろ!」
兵士の中でひときわ長身の男が、私を怒鳴る。
「涼様。大丈夫ですか!」
駆け寄って来た兵士が、私をキッと睨む。
「大丈夫だ。こっちは、白夜。今、友達になった」
「涼様、あなたそんな……またどこの誰とも分からない者に……」
「だから、白夜だって。文官なんだそうだ」
カラカラと涼が笑うが、兵士は頭を抱えて首を横に振る。
ああ、うん。
私と夕夏を見ているようだ。
夕夏もいつもこんな風に私を心配して眉間に皺を寄せるのだ。
私は、涼と兵士の様子に、思わず吹き出して笑ってしまう。
「笑われていますよ? 涼様」
「それは、黒羽が過保護すぎるからだろ?」
「いえ、両方です。面白くって……ええっと、失礼いたしました。涼様と……黒羽様ですね。よろしくお願いいたします」
私は、恭しく頭を下げた。
「ほら、大丈夫だ。俺の真偽眼を信じろ」
涼が、自分の目を指さす。
自然と私は涼のキラキラした黒い瞳に魅入ってしまう。
吸い込まれるような深い黒。だけれでも限りなく明るい輝きを放つ素敵な目だ。
「涼様、ところで一つ相談があるのですが、よろしいでしょうか」
「なんだ?」
「兵站のことでございます」
私の耳が、兵站と聞いて、ぴくりと動く。
何それ、すごく興味ある。
「黄虎の国との国境で、戦っております兵士に兵站を送るのですが……」
言いかけて、チラリと黒羽が私を見る。
「白夜はもう向こうへ……」
「いえ、何かお力になれるかもしれませんから、ぜひ、聞かせて下さい! 私は、こう見えて兵法を研究しておりました!」
私は、食い気味に申しでる。
ちょっとだけ黒羽がドン引きしている。
断られるかもしれないが、言って損はないはずだ。
「まあ、ここで会ったのも天運かもしれないし、いいよ。黒羽、話せ」
涼に言われて、黒羽は渋々説明を始めた。
黒羽の説明によれば、黄虎国との国境では、膠着状態の戦が続いている。
ダラダラと幾年も警戒を互いに続けて、砦を守り続けている。
定期的に物資を補給して、いつ本格的な戦闘に変じても平気なように備えているのだそうだ。
普通なら、何ら問題はない。
だが、状況が少し変わった。
突然、輸入される小麦の価格に変動があったのだ。
小麦は、国内生産だけでは賄えず、緑虎国からも輸入している。
長く中立を保つ貿易国である緑虎国が、青虎にだけ高く売るような不正をするとは考えにくい。
「天候不順は半年ほど前に確かにあったんです。ですが、急すぎる価格の上昇に、準備した支度金では、予定の半分の小麦しか買えなかったと、調達兵から報告がありました。如何いたしましょう?」
「ふむ……黄虎の動きは?」
「それは、変わりないとのことです」
「なるほど……」
涼が考え込む。
私は、慌てて口を挟む。
「駄目です! すぐに今までの倍の物資をその前線に運ばなきゃ!」
「ほう……それはどうして?」
「すぐさま、本格的な戦が始まるからです!」
私は、断言した。
「は? たかが小麦の値段でですか? 鉄ならまだ分かりますが、どうしてそれが戦闘にかかわるんですか?」
「ええ、黒羽様。確かに、鉄だと、武器に直結するから分かりやすいです。ですが、今回の急激な小麦の値段の高騰。これは、おかしいです。私の故郷では、この間までまともな値段で小麦が売買されていました」
言えないけれども、赤虎の国の話だ。
私が口出しした会議で、小麦は正常な価格で取引されていた。
我が家に国王のがわざわざ訪れての秘密会議。
私は、茶を運んだ時にそのことを耳に挟んだ。
緑虎の国が、赤虎の国から古い小麦で良いから、小麦を買い戻したいと申し出があった。
赤虎の国からすれば、願ったりの良い話であった。
だが、普段は逆に緑虎からの輸入量の方が多い。しかも、最低限の取引量までしていされている。
なのに買い戻すとはどうしたのだろうと、首を捻っていたのだ。
私は、何かあるから警戒しろ、応じるなと口を挟んだのだが、国王は、聞き入れなかった。
女のくせに生意気だと、一蹴したのだ。
その後、砦を攻略した挙句に、青虎の国に厄介払いの政略結婚をさせられたというわけだ。
「ふうん。なるほど……」
涼の口角が上がる。
なんだが嬉しそうだ。
「どうやら、優秀な人材を俺達は確保したみたいだぞ。良かったな、黒羽」
「いいえ、何が良いのかさっぱり分かりませんが?」
涼が、私の腕をグッと掴む。
「ちょっと……文官としても余りに腕が細いのは気になるが、まあ、その辺は鬼のように訓練すれば何とかなるか」
「はい?」
うんうんと、涼が私を見て笑う。
「涼、俺もお前を同じ意見だ。これから大きな戦になる! 軍師として力を貸してくれ」
「ぐ、軍師?」
それはあまりに突拍子もない話ではないだろうか。
「とは言っても、これから俺が計画する小さな作戦に知恵を貸してほしいでけなんだけれどもな」
涼が笑う。
な、なんだ。じゃあ……いいかな?
私は、戸惑いながらも涼の申し出を了承した。
ふと脳裏に、夕夏のため息を深くつく顔が思い浮かぶ。
また、怒られるかな……はは……。
赤虎国にいた時も、実家である宰相邸を男装で抜け出したことは、多少……何回か……わりと頻繁にあったから、男装には慣れている。だから、自然と振舞えているのか、誰も私を気に止めない。
夕夏は、新月宮に置いてきた。
もし、万一、誰かが新月宮を訪れたら、誤魔化してもらわねばならないもの。
私は、平然と塀の外を歩き、すれ違う役人に会釈する。
行き交うのは、赤虎の国とあまり変わらない人種。
元々、四つの国は百年ほど前には、一つの国であったというのだから、当然だ。
それが、四人の兄弟の跡目争いによって、四つの国に分かれて、未だに領土争いをしている。
天山と呼ばれる山には、祖王である白虎王が眠っているという。
確実に今の乱世で同族どうして争う姿をみれば、白虎王は号泣ものだろう。
ヤミヨを追いかけて、私は、石畳の道を歩く。
ヤミヨは、軽やかに塀に跳び乗り、私に来いと促しているようだった。
「いや、無理だから。塀は登れないし」
ヤミヨみたいに塀を越えることが出来ない私は、門から中を覗く。
中では、建物の前の広場で二十人ほどの兵が勇ましく稽古をしている最中だった。
青虎軍は、力が強く勇敢なことで有名な軍だ。
えっと……軍の隊服を着ているけれども人数がすごく少ない。
ということは、警護をする部隊か……近衛兵か。
何か特殊な部隊なのだろう。
兵士達の技は素晴らしく、槍を持ったまま宙がえりをしたり、木刀で試合をしていたりと、見ていて飽きない。
「何をしている」
つい夢中になって見ていたら、声を掛けられた。
声の方を見れば、青年が立っていた。
黒い髪。褐色の肌。
異国の血でも混じっているのだろうか?
珍しい。
いつか、虎国以外の国から来たキャラバン隊が、艶やかな美しい褐色の肌であったことを私は思い出した。
青年は、偉そうなわりに中で訓練している兵士達よりも華奢に見える。
ということは、貴族の御曹司か何かで、将校とかそんな役職の人なのかもしれない。
これは、逆らわない方が良さそうだ。
「あの……すみません。つい皆様の技に見惚れてしまっていました」
私は、しおらしく謝る。
「うん。ここの連中は、皆、一騎当千の精鋭だからな」
ニコリと人懐っこい笑顔を青年が私に向ける。
「えっと……身形からして文官だよな?」
「は、はい! 本日から図書係に任命されたのですが、広くてさっぱり場所が分からず、ここに迷って来てしまいました」
私は、あらかじめ考えていたデタラメを述べる。
「そうか……若いし、まだ慣れていないのかな? 名前は?」
「びゃ、白夜と申します」
さすがに白蓮と名乗るわけにもいかない。女の名前だし。
「白夜か。俺は……涼だ」
涼が、私に手を差し出してくる。
握手を求めているのだろう。
涼の手を取れば、涼の手が私の手を力強く掴む。
私よりも大きな手の平に、たくさんのマメがあるのが分かる。
これは、働いている者の手だ。
華奢に見えても、涼は訓練を怠らない真面目な人物なのだと、手からも分かる。
「ふうん。小さな細い手だな。文官と言ってもこれは……」
まずい。このまま握手を続けていれば、女だとバレてしまいそうだ。
「涼……あの」
「そこ! 涼様とお呼びしろ!」
兵士の中でひときわ長身の男が、私を怒鳴る。
「涼様。大丈夫ですか!」
駆け寄って来た兵士が、私をキッと睨む。
「大丈夫だ。こっちは、白夜。今、友達になった」
「涼様、あなたそんな……またどこの誰とも分からない者に……」
「だから、白夜だって。文官なんだそうだ」
カラカラと涼が笑うが、兵士は頭を抱えて首を横に振る。
ああ、うん。
私と夕夏を見ているようだ。
夕夏もいつもこんな風に私を心配して眉間に皺を寄せるのだ。
私は、涼と兵士の様子に、思わず吹き出して笑ってしまう。
「笑われていますよ? 涼様」
「それは、黒羽が過保護すぎるからだろ?」
「いえ、両方です。面白くって……ええっと、失礼いたしました。涼様と……黒羽様ですね。よろしくお願いいたします」
私は、恭しく頭を下げた。
「ほら、大丈夫だ。俺の真偽眼を信じろ」
涼が、自分の目を指さす。
自然と私は涼のキラキラした黒い瞳に魅入ってしまう。
吸い込まれるような深い黒。だけれでも限りなく明るい輝きを放つ素敵な目だ。
「涼様、ところで一つ相談があるのですが、よろしいでしょうか」
「なんだ?」
「兵站のことでございます」
私の耳が、兵站と聞いて、ぴくりと動く。
何それ、すごく興味ある。
「黄虎の国との国境で、戦っております兵士に兵站を送るのですが……」
言いかけて、チラリと黒羽が私を見る。
「白夜はもう向こうへ……」
「いえ、何かお力になれるかもしれませんから、ぜひ、聞かせて下さい! 私は、こう見えて兵法を研究しておりました!」
私は、食い気味に申しでる。
ちょっとだけ黒羽がドン引きしている。
断られるかもしれないが、言って損はないはずだ。
「まあ、ここで会ったのも天運かもしれないし、いいよ。黒羽、話せ」
涼に言われて、黒羽は渋々説明を始めた。
黒羽の説明によれば、黄虎国との国境では、膠着状態の戦が続いている。
ダラダラと幾年も警戒を互いに続けて、砦を守り続けている。
定期的に物資を補給して、いつ本格的な戦闘に変じても平気なように備えているのだそうだ。
普通なら、何ら問題はない。
だが、状況が少し変わった。
突然、輸入される小麦の価格に変動があったのだ。
小麦は、国内生産だけでは賄えず、緑虎国からも輸入している。
長く中立を保つ貿易国である緑虎国が、青虎にだけ高く売るような不正をするとは考えにくい。
「天候不順は半年ほど前に確かにあったんです。ですが、急すぎる価格の上昇に、準備した支度金では、予定の半分の小麦しか買えなかったと、調達兵から報告がありました。如何いたしましょう?」
「ふむ……黄虎の動きは?」
「それは、変わりないとのことです」
「なるほど……」
涼が考え込む。
私は、慌てて口を挟む。
「駄目です! すぐに今までの倍の物資をその前線に運ばなきゃ!」
「ほう……それはどうして?」
「すぐさま、本格的な戦が始まるからです!」
私は、断言した。
「は? たかが小麦の値段でですか? 鉄ならまだ分かりますが、どうしてそれが戦闘にかかわるんですか?」
「ええ、黒羽様。確かに、鉄だと、武器に直結するから分かりやすいです。ですが、今回の急激な小麦の値段の高騰。これは、おかしいです。私の故郷では、この間までまともな値段で小麦が売買されていました」
言えないけれども、赤虎の国の話だ。
私が口出しした会議で、小麦は正常な価格で取引されていた。
我が家に国王のがわざわざ訪れての秘密会議。
私は、茶を運んだ時にそのことを耳に挟んだ。
緑虎の国が、赤虎の国から古い小麦で良いから、小麦を買い戻したいと申し出があった。
赤虎の国からすれば、願ったりの良い話であった。
だが、普段は逆に緑虎からの輸入量の方が多い。しかも、最低限の取引量までしていされている。
なのに買い戻すとはどうしたのだろうと、首を捻っていたのだ。
私は、何かあるから警戒しろ、応じるなと口を挟んだのだが、国王は、聞き入れなかった。
女のくせに生意気だと、一蹴したのだ。
その後、砦を攻略した挙句に、青虎の国に厄介払いの政略結婚をさせられたというわけだ。
「ふうん。なるほど……」
涼の口角が上がる。
なんだが嬉しそうだ。
「どうやら、優秀な人材を俺達は確保したみたいだぞ。良かったな、黒羽」
「いいえ、何が良いのかさっぱり分かりませんが?」
涼が、私の腕をグッと掴む。
「ちょっと……文官としても余りに腕が細いのは気になるが、まあ、その辺は鬼のように訓練すれば何とかなるか」
「はい?」
うんうんと、涼が私を見て笑う。
「涼、俺もお前を同じ意見だ。これから大きな戦になる! 軍師として力を貸してくれ」
「ぐ、軍師?」
それはあまりに突拍子もない話ではないだろうか。
「とは言っても、これから俺が計画する小さな作戦に知恵を貸してほしいでけなんだけれどもな」
涼が笑う。
な、なんだ。じゃあ……いいかな?
私は、戸惑いながらも涼の申し出を了承した。
ふと脳裏に、夕夏のため息を深くつく顔が思い浮かぶ。
また、怒られるかな……はは……。


