戦上手の冷遇妃は軍師となり溺愛される

 朝、私は寝台で目覚めた。
 お腹の上が重い。
 見れば、白地に黒のトラ柄の大きな猫が乗っている。

「にゃあ!」

 ゴロゴロと喉を鳴らしながら、猫が私に挨拶する。
 えっと……これは?
 てか、すごく重いんだけれど。

「あ、ようやく目覚めましたね。お嬢様!」

 明るい夕夏の声がする。
 
「夕夏、この猫は?」

 モフモフの猫を抱き上げて、私は夕夏に尋ねる。
 ええっと、私は、昨日、幽霊退治をしていたのよ。
 それなのに、ここには猫……
 
「何をとぼけたことを言っているんですか。その猫が、幽霊ですよ」
「え、そうなの?」
「ええ、白蓮お嬢様が、猫を捕まえて天井から落ちて来たんです」

 ああ、では、昨日、私が布で捕らえたのは、この猫だったのか。
 
「賢い猫ですよね。ご飯をあげたら、そのままいついちゃいました」

 そ、そうなんだ……
 私の腕から、猫がピョンと飛び降りて、夕夏に擦り寄る。

「にゃあ!」

 猫がご機嫌で夕夏に擦り寄る。

「きゃあああ! 可愛い! 待っててね、おやつに茹でたささみをあげるから!」

 夕夏が嬉しそうに、台所に走って行く。
 じっと見ていた私を、猫はチラリと見てフイッとそっぽを向いてしまう。
 どうやら、猫は、擦り寄る相手で的確に見極めているようだ。
 確かに賢いかも。
 
「しかし……猫だったんだ」

 何が、幽霊の巣だ。
 猫が入り込んで、歩き回っていただけではないか。
 百年前の冷遇妃だっけ? 名前も知らない方だけれども、幽霊にされて可哀想だ。
 死んだ後にまで濡れ衣だなんて、なんて気の毒な話だ。
 
「同じ冷遇妃として祈ります。どうか、安らかに」

 私は、何となく手を合わせて祈る。

「にゃあ!」

 猫が、幽霊の代わりに返事をする。

「ねえ、白蓮お嬢様。この子の名前、どうしましょうか」
「え、飼うの?」
「もちろんです! こんなボロ宮に、安らぎを与えてくれるこの子と飼わないなんて、有り得ません!」

 どうやら、夕夏はもう猫に夢中なようだ。
 うん、これは、飼わないって言ったら、一生恨まれる。

「名前……ね。そうね……新月宮の猫だから……ヤミヨ(闇夜)なんてどう?」

 新月の夜。
 月の光もささない闇夜。
 幽霊に間違われた猫に相応しい名前だわ。

「ヤミヨですか。まあ、いいでしょう……」

 もっと可愛い名前が良かったと、ブツブツ夕夏は文句を言っていたが、猫は名前に満足したようで、ゴロゴロと喉を鳴らしていた。

 ◇ ◇ ◇

 相変わらず、西寧王の現れる気配すらない私達の新月宮。
 食事は、ちゃんと用意されるし、適当に宦官が御用伺いには来るから、ボロ屋なだけでそれほど不自由はない。
 だが、圧倒的に人手は足りない。

「ほら、白蓮お嬢様も、掃除手伝って下さい!」

 どうにも夕夏だけでは手が足りず、私も掃除に駆り出される日々。
 私、下女になったわけじゃないよね?
 後宮妃なんだよね?
 そう疑いたくなる日々だが、仕方ない。
 屋根は直さなければならないし、草も生い茂ってとても人の住んでいる場所とは思えない有様だ。
 時々、他の後宮妃の侍女が様子を見に来ては、掃除に精を出す私達の姿を見て、クスクスを笑ってどこかへいく。
 腹は立つが、仕方ない。
 ここで目くじら立てて、諍いを起こすのは、得策ではない。
 逆に涼しい顔で笑ってやれば良い。

 掃除をしていて、ふと気づいたことがある。
 朝、ご飯の後で、ヤミヨがいなくなる。
 どこへ行っているんだろうと私は、夕夏と一緒に後を付いて行ってみた。

「これは……大変」

 私達は、塀の端に大きな穴が空いているのを見つけた。
 誰にも気付かれない庭石の陰だ。

「すぐに宦官に伝えて、塞いでもらわないと。不審者が侵入すれば大ごとです」
「待って、夕夏。私、ここから出てみたい」
「白蓮お嬢様? また、良からぬことを……」

 夕夏の顔が引きつっている。

「でも、ほら。後宮の中にいては、この国の情報は全く入って来ないわ」

 制限された生活。
 後宮の中でも下位である新月宮を許可なく出ることは許されない。
 ほったらかしのくせに、どこにも出られない。私達は、籠の鳥なのだ。

「いや、でも、そんな!」
「大丈夫よ。男装して、文官のふりでもすれば、誰も気付かないって!」

 だって、ここは王宮だ。
 幾人もの人間が働いている。
 全ての人間を、皆が網羅している訳ではない。
 気をつけて振舞えば、誰も私が後宮妃だなんて、気付きもしないだろう。
 運の良いことに、ほったらかしの冷遇妃だし。